208 神水作り
「ごめん、待たせた?」
「いいえ、平気よ」
ニーシャとの話が思っていた以上に長引いてしまった。
階段を下りた俺は工房に向かい、カーサに声をかけた。
カーサはポーション作りの器具を拭いているところだった。
テーブルの上にはいくつかの試験管や容器が並べられている。
「それじゃあ、早速だけど、神水作りを見せてもらってもいいかな?」
「ええ、いいわよ」
カーサは拭き終わった器具の中から1本の試験管を手に取り、椅子に座る。
「神水作りはいかに不純物が入らないようにするかが大切なの」
「ああ」
神水は不純物が0.001%以下でなければならない。
極めて精度の高い技術が必要とされる。
カーサは試験管に向かって集中し始めた。
「まずは、試験管を清めるわ。【清潔】――」
俺は【魔力解析】を唱え、カーサの手順を魔力的にも見落とさないように観察する。
カーサが唱えたのは普通のクリーンだ。特に変わったことはしていない。
「次に純水を作り出すの。【創造水】――」
これも普通の手順だ。
「そして、最後に魔力を込めていくわ」
カーサが試験管内の純水に魔力を込めていく。
これまでは特に気になることはなかったが、この段階に来て俺は「おっ」と思った。
魔力を込める速度が非常にゆっくりなのだ。
普通だったら一瞬で終わるはずなのに、カーサはゆっくりゆっくりと慎重に魔力を流し込んでいく。
「――出来たわ」
カーサが試験管に蓋をし、顔を上げたのは、魔力を込め始めてから1分後だった。
「ずいぶんと時間をかけるんだな」
「久しぶりだし、慎重にやったからだわ。カンを取り戻せば半分くらいの時間に短縮できると思うわ」
「ちょっといいか?」
「ええ」
カーサから試験管を受け取り、【遺物解析】で中身を調べる。
「うん、間違いなく神水が出来ている。ありがとう、カーサ」
「いいえ、役に立てたなら嬉しいわ」
2つの目的物のうち1つがこうも簡単に手に入るとは……。少し拍子抜けだ。
でも、自分で作ろうと試行錯誤していたら、かなり時間がかかっただろう。
カーサのおかげで、その過程をすっ飛ばすことが出来た。感謝感謝。
「やっぱり、ゆっくりと魔力を注ぎ込むのがポイントか?」
「ええ、そうね。知ってると思うけど、魔力は水に溶け込むときに、周囲のものも一緒に巻き込もうとするの」
「ああ、そうだな」
「だから、不純物を巻き込まないように、細心の注意を払いながらやらなきゃいけなから、どうしても時間がかかるのよ」
「なるほどな」
「魔力を注ぐスピードが速いと、どうしてもそこのコントロールがおろそかになってしまうのよ」
「だから、ゆっくりとやっていたのか」
「ええ」
「俺も試してみるな」
カーサから空の試験管を受け取る。
彼女がやったのと同じように、【清潔】で試験管を清め、【創造水】で純水を注ぐ。
問題はこの先だ。
俺は彼女を見習って、ゆっくりと魔力を注いでいく。不純物を巻き込まないように注意して――。
だが、これが難しい。
魔力だけを注ぎ込んでいるつもりなんだけど、どうしても極わずかだが不純物が入り込んでしまう。
まるで俺の魔力に吸い込まれるように。
「ダメか……」
完成品を【遺物解析】で調べてみたけど、やっぱり普通のマナウォーターだった。
「難しいな、コレ」
「アルでも失敗するのね」
「いや、俺だっていっぱい失敗してきたぞ」
「アルはなんでも出来ちゃうイメージだったから、失敗する姿を見て安心したわ」
カーサは軽やかに笑う。
「私も作れるようになるまで苦労したからね。コツをつかむまでは大変かも」
「そうか。まあ、頑張ってみるよ。協力してくれてありがとう。どうしてもダメだったら、また声かけるよ」
「ええ、いつでも力になるわ」
カーサにお礼を述べて、俺は自室に戻る。
工房より私室の方が、大気中の不純物が少ない気がするからだ。
テーブルに向かい、試行錯誤を始める。
今日は午前10時から予定があるから、制限時間は2時間半ほど。それまでに上手くいくと良いのだが――。
試験管に純水を入れ、魔力を注いでいく。
いろんな注ぎ方でトライしてみるが、どれも上手くいかない。
容器に関しても、試験管だけでなく、ビーカーや大きな鍋など、様々なサイズを試してみる。
しかし、どれも上手くいかない。
2時間近くかけて思いつく限りの方法を試したがダメだった。
そこで、最後の手段で挑戦してみる。
それは極限まで魔力を絞ってみる方法だ。
これだと30分くらいかかりそうだから、後回しにした手段だ。
もうこれくらいしか方法を思いつかないので、時間はかかるが試してみるしかない。
俺は集中し、極限まで絞った魔力を試験管に注いていく――。
――30分後。
「あああああああああ、ダメだああああああああ!!」
30分かけたこの方法でも、やっぱりダメだった。
俺の魔力量が多すぎるのが原因だろうか。
「こりゃあ、神水の生産はカーサに任せるしかないのかなあ」
そう思いながら、天井を見上げる。
俺と天井の間には、目に見えない大気が充満している。
そして、その大気は多くの不純物を含んでいる。
普段は意識しない存在が、これほど憎いと思ったことはなかった。
――と、そこで俺はふと閃いた。
「大気中の不純物が入り込んでダメなら、大気がないところでやれば良いんじゃないか?」
俺は純水を詰めた試験管を【虚空庫】に放り込み、【虚空庫】内で純水に魔力を込めてみる。
【虚空庫】は中に入れてある物に魔力的な操作が可能なのだ。
その結果、あれだけ苦労したのがなんだったのか、と思えるほどいとも容易く神水が作れてしまった。
「こんなに簡単に作れるのかよ!」
思わずツッコミを入れるが、この方法で神水を作れるなら大量生産も余裕だ。
後は、スライムから万物素を作れるかだけど、これは明日のスライム到着待ちだ。
時計を確認すると、もう約束の時間だ。
俺は慌てて部屋を出た。




