192 朝の作戦会議
フィオーナがランシード卿に連れて行かれた翌朝。
ちなみに、フィオーナは領主邸で晩餐をともにし、そのまま領主邸に宿泊している。
なんでもランシード卿の説明によると、王族が領地に訪れているのに領主邸に泊まらないことは、領主を蔑ろにしていることになるので、絶対にやっちゃいけないことだそうだ。フィオーナは嫌がっていたけど。
そういうわけで、ノヴァエラ商会創設メンバー6人揃っての朝食だった。
いつもだったら、お店の休日以外は各自バラバラに朝食を取るのだが、今日はニーシャの招集で全員が集合していた。
現在午前6時半。
「みんな、おはよう。それと、早朝から集まってくれてありがとうね」
リビングのテーブルについたメンバーたちにニーシャがが語りかける。
「みんなに集まってもらったのは、今後の方針について報告するためよ」
その言葉にみんな真剣な表情になり、視線がニーシャに集中する。
「まずは現状確認からだけど、今、我らノヴァエラ商会には40億ゴル近くの資金があるわ」
その数字にざわつきが起こる。「40億ッ!」「そんなに……」「多すぎてどれくらい凄いのか、分からないニャ」、そんな声が3人娘たちから漏れてくる。
俺とルーミィはすでに知っている内容なので、とくに驚いたりはしない。
「この資金を元に、大々的な商会の拡張を行うわ」
誰かがゴクリとツバを飲む音が響いた。
「まずは既に確定したことから報告するわね。ウチの両隣の2件と裏の土地だけど、買収が完了したわ」
「え〜!?」
「よく買えたニャ」
「土地ってそんなに簡単に買えるんですか?」
「相場の2倍の値段で持ちかけたら、一発オーケーだったわよ」
「2倍……」
「1件1億ゴルですぅ」
「それでも、ウチの総資産からしたら、ごく一部ニャ」
やはり、3人とも驚いている。
俺も最初に聞いた時は、大胆だなと驚いた。
だが、こっち方面は俺は素人同然だ。
ニーシャの頭脳に任せるべきだろう。
「隣の1件はポーション生産工場よ。魔法建築士を大量導入して、急ピッチで完成させるわ。完成予定は2週間後よ」
「早っ!」
「2週間!」
魔法建築士というのは、その名の通り土魔法を主体とした魔法を駆使して建築を行う者だ。
建設速度は通常の何倍にもなるが、そのぶん費用もバカ高くなる。
だけど、ニーシャはお金よりも速さを取った。
資金は大量にあるので、使うべきところにはガンガン使っていくべきだと。
「新工場では、回復ポーションだけでなく、マナポーションや状態異常ポーションなど、ポーション全般の生産を行う予定よ。できれば、ドーピングポーションに類するものも出来るとさらにいいわね」
ドーピングポーションはステータスを一時的に変化させるポーションだ。
他のポーション類とは異なり、ドーピングポーションは遺物。
今のところは、人工的には作り出せないとされている。
これを俺たちの手で作り出すのが、ノヴァエラ商会のひとつの目標だ。
現時点ではドーピングポーションはダンジョンでのドロップ品でしか入手出来ない状態。
品薄で高価、一部のトップパーティーがボス戦で使用するくらいの数量しか出回っていない。
ドーピングポーションが人の手で作れるようになれば、ダンジョン攻略に大きな貢献が出来る。
誰もが気軽にドーピングポーションを使えるようになれば、安全性も高まるし、攻略速度も上がるだろう。
是非とも達成したい目標だ。
「工場はもちろん、魔法操作を用いての大量生産よ。これから50人ほど雇う予定。ミリアとカーサには彼らを率いてポーション工場を運営してもらいたいわ。そこで、ポーション開発主任にミリア、ポーション生産主任にカーサを任命するわ。頑張ってちょうだいね。それとアルはポーション開発顧問にするから、二人は気軽にアルを頼ってちょうだいね」
ミリアには俺が作った小型の自動ポーション開発魔道具を元に、大規模な開発魔道具を製造してもらうことになる。
今まで何度かミリアとは打ち合わせをしてきた。
まだ完成には至っていないが、俺は手応えを感じている。
きっと上手く行くだろう。
一方、カーサには魔道具の運営を任せることになる。新たに雇用した人々を指導し、生産を実行するのが彼女の役目だ。
彼女もきっと上手くやってくれるだろう。
「反対の隣1件は、アルとビスケの工房よ」
「師匠と一緒ですか。嬉しいですぅ」
「ビスケはこの工房の主任に任命よ」
「え〜、そんなエライ立場なんですかぁ!?」
「ええ、まあ、こっちもアルには顧問になってもらうけど、責任者はあなたよ」
「責任感を感じるですぅ」
「そこは慣れてもらわないとね」
「はい……頑張るですぅ」
責任のある立場。
ビスケは尻込みするかと思ったけど、俺が思っていたよりもやる気があるようだ。
この1ヶ月でだいぶ自信をつけたのだろう。
「でも、広い工房に私と師匠の二人きりだともったいないです。こっちも人を雇うのですか?」
「ええ、それなんだけど、セレス教会から大口の依頼が入っているのよ」
「えっ? なんですか?」
緊張気味にビスケが尋ねる。
「ステンドグラスと巨大聖像の作成依頼よ」
「ええええ〜〜〜〜!!!」
「アルにも協力してもらうけど、それでも人手不足でしょ?」
「はい、そう思いますですぅ」
「だから、こっちも人を雇う予定よ」
「そうなんですかぁ」
「ただ、熟練の職人を引き抜くのは難しいから、他の工房からの派遣っていうかたちをとることになるでしょうね」
「派遣ですかぁ……」
「自分より年上の職人を使うのは大変でしょうけど、頑張ってね。あなたには彼らには作れないものを作れる能力があるんだからね。自分を卑下する必要はないわ。自信を持ってやってちょうだい」
「はい。やってみるですぅ」
戸惑いながらも、なんとか挑戦してみようという気概を感じる。
これなら、大丈夫かな。
「それでウチの裏手の土地だけど、従業員寮にするわ」
「寮ですか……」
「雇用も奴隷もこれから大量に増えるわ。この家は私たちだけの住処にして、これから加わる人はそっちに住んでもらうわ。土地に関しては以上ね」
一息ついたニーシャがルーミィに向かって言う。
「そして、ルーミィ」
「はい」
「あなたには、ここノヴァエラ商会パレート本店の店長を任せるわ」
「はい」
責任ある立場を任されたルーミィだが、その表情に変わりはない。
やっぱり、ルーミィは大物になるかも。
「それでアルは――好きにやってちょうだい」
「え?」
なにか役目を振られると思ったら、好きにしろとの言葉。
意外に思っていると――。
「もちろん、他のメンバーのサポートはしてあげてもらいたいんだけど、アルには自由に物づくりしてもらいたいのよ」
「…………」
「今まで商会のことを考えて、ダンジョンに潜らせたり、連れ回したりで、好きな物づくりに打ち込めなかったでしょ。これからは好きなだけやってちょうだい」
「いいのか?」
「ええ、それがウチの商会にとって一番いいと考えたのよ。中級回復ポーションを作ったときみたいに、また、とんでもないものを作ってくれることを期待しているわ」
とんでもないものか。
エラく期待されたものだ。
「最後になったけど、商会の今後のプランだけど、全国展開するわ」
その言葉に、全員の視線が集まる。
俺も聞いていなかった話なので驚いた。
「冒険者ギルドが設置されている町すべてに、ウチの商会の支店を置くことにするわ」
「ええええ〜〜〜〜!!!」
他の街に出店することは想像していたけど、まさか、いきなりの大規模展開とは……。
ニーシャも思い切ったことするなあ。
「せっかくの資金があるんだもの。遊ばせておくのはもったいないわ。さいわい、勅許状があるから出店も簡単に出来るし、ここは攻めの一番よ。一気に大商会の仲間入りするわ」
壮大なプランを語るニーシャ、その顔は本当にトップを取れそうな自信に満ち溢れていた。




