190 宴の翌朝
『紅の暁』の凱旋の宴に参加した翌日。
俺はいつも通り午前4時に起床すると、ダンジョンに潜って遺物集めに向かった。
もう、これは日課と言える。
3時間近くみっちり狩りまくって、午前7時前に帰宅。
我が家の扉を開けると、いつもより騒がしかった。
昨日から雇った新入り5人娘がニーシャとルーミィの指示の下、開店準備に勤しんでいたのだ。
ニーシャの話では、彼女たちはルーミィほどではないが十分に優秀で、一週間もあれば店を任せられるだろう、とのこと。
これでニーシャも手が空き、次の行動に移れるな。
彼女たちに挨拶して、2階に上がる。
リビングでは、ビスケ、ミリア、カーサの3人組が朝食を取っていたのだが――。
「カーサ、顔色悪いぞ」
「カーサちゃん、昨日も飲み過ぎたですぅ」
案の定、カーサは二日酔いのようだ。
「強くないんだから、あんま無理するなよ。【回復】――」
「ありがとう、アル。楽になったわ。今度から気をつけるようにするわ」
「といいつつ、次も飲み過ぎちゃうに100ゴルニャ」
ニャハハと笑うミリア。
うん。俺もそう思う。
「そういえば、フィオは?」
「まだ起きてこないですぅ」
「フィオも遅くまで飲んでたニャ」
俺が先に引き上げたときも、楽しそうに飲んでいたもんな。
まったく、しょうがないヤツだ……。
俺も3人の輪に加わり、朝食を取る。
朝食が済んだら、4人揃って1階へ。
工房へ向かう前に、店舗部を覗いてみる。
店内は開店早々の時間帯なのに、大勢の冒険者たちで賑わっていた。
ニーシャの指導のおかげが、彼女たちが優秀だからか、新入りの売り子たちは慌てることなく、テキパキとお客さんたちを捌いている。
この調子なら、問題なさそうだな。
そんな光景を眺めながら、俺たちは工房へ向かう。
「売り子が増えたから、俺たちはより一層生産に打ち込めるな。みんな、頑張っていこう」
「はいっ!」
「はいですぅ!」
「はいニャ!」
俺たちは自分の仕事に取りかかった――。
◇◆◇◆◇◆◇
「おはよ〜〜」
午前10時過ぎ。
鍛冶に没頭していたら、フィオーナが起きてきた。
「おはよ…………ちょ、おま」
「ん?」
寝ぼけまなこを擦りながら現れたフィオーナはパジャマ姿だった。
さすがにこの格好はないだろ……。
一国の王女とは思えない、だらけきった格好だった。
「ちゃんと着替えて、顔洗って来い」
「え〜」
「ほらほら」
フィオーナを階段へと追いやる。
渋々ながらも、諦めたフィオーナは階段を登っていく。
店内からは見えないから良かったものの、それでも3人娘にはバッチリ見られてしまった。
「本当に王女さまかニャ?」
「信じられないですぅ」
「衝撃ですね」
ほら、フィオーナがだらしないから、早くも疑われているじゃないか。
まあ、その方が都合が良いっていえば良いんだけど……。
いくらなんでも、もう少しちゃんとして欲しい…………。
フィオーナがちゃんと着替えて降りてきたのは、その10分後だった。
「あらためておはよ〜」
「ああ、おはよ。最初からその格好で来いよ」
「えへへ」
「朝メシ食ったか?」
「ううん、まだ〜」
「なんか出してやるから、リビングで食べて来い」
「え〜、やだ〜、ここがイイ」
フィオーナが駄々をこねる。
まあ、これくらいなら甘えさせてもいいか。
「ほら、サンドイッチ。それなら、ここで食べれるだろ」
「やった〜。いっただきま〜す」
俺が手渡すと、すぐさまサンドイッチにかぶりついた。
「はむはむ。うん、やっぱ、アルの料理はサイコーだな〜」
「ほら、飲み物も」
「ありがと」
昨日と同じくグァバソーダだ。
脂っこいサンドにはスッキリしたソーダが合うだろう。
「このお肉美味しいね〜。なんのお肉?」
「ミノタウロス」
「えっ!?」
驚くフィオーナ。
まさか、自分が昨日戦った相手だとは思わなかったようだ。
絶品のミノ肉にハチミパウダーをまぶしたサンドイッチ。
美味いに決まっている。
「ミノタウロスのお肉ってこんなに美味しかったっけ?」
「ハチミパウダーのおかげだな」
「ああ、美味しいよね〜、ハチミパウダー。でも、料理長のとちょっと味が違うよね?」
「ああ、ちょっとブレンドが違うからな。それにひと手間加えているし」
ウチのハチミパウダーは、ダイコーン草を乾燥させる前に、魔力を流してひと手間加えている。
「そうなんだ〜。私はこっちの味の方が好きかな〜」
俺が作った補正も入っているんだろう。
昔から、フィオーナは俺が作った料理を美味しいって言ってくれる。
「ところで、今日の予定はどうなってんだ? 昨日行けなかった服選びに付きあってもいいぞ」
どうせ、明日からはフィオーナはダンジョンに潜りっぱなしになるだろう。
今日を逃したら、次はだいぶ先になってしまう。
そう思って話を振ってみたんだけど――。
「大丈夫だよ〜。今日はね〜、ライラちゃんと一緒にお買い物行く約束したんだ〜」
『紅の暁』の斥候職ライラ。
フィオーナがダンジョンに潜るための案内役を引き受けてくれた。
早速、昨日の宴で二人は意気投合していたけど、プライベートで買い物に行くほどの仲になってたとは…………。
「すっかり仲良しだな」
「うん、昨日一杯お話して、お友達になったんだよ〜」
ライラもまさか、仲良くなった相手が王女だとは思ってもいないだろう。
「早速、友達ができたか。良かったな」
「うん。ライラちゃんと一緒にダンジョンに潜るのも楽しみなんだ〜」
「そうか。良かったな」
王女という立場上、なかなか対等な友人というのは作りづらい立場だ。
今回みたいにお忍びじゃないと出来ないことだ。
俺も「勇者の息子」のときはそうだった。
同じ年頃で親しいのはフィオーナくらいだった。
今は信頼できる仲間に囲まれているから、俺は幸せだ。
そんな話をしていると――。
「アル、来客よ。『紅の暁』のライラさん」
「おっ、迎えが来たみたいだな。ほら、剣、直しておいたぞ」
「あっ、ありがとう。じゃあ、行ってくるね」
「じゃあ、楽しんで来いよ」
「うん、行ってきま〜す」
「あっ、そうだ。帰りの時間、分かってるな」
「分かってるよ〜。ちゃんとそれまでには戻ってくるから」
フィオーナのお付きであるランシード卿から、到着は夕方と聞いている。
それまでに戻ってこればいいのだが、ハメを外して遅れたりしないよな……。
少し不安だ。
まあ、いざとなったら、俺が迎えに行けばいいか。
街から出ない限りは、【魔力探知】でどこにいるか把握できるからな。




