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188 凱旋の宴

 宴が始まり、俺は多くの『紅の暁』メンバーから感謝の言葉をかけられた。

 特に、俺の武器を買ってくれたナイフ使いのライラたちからはお礼と武器を褒める言葉をたっぷりともらった。

 「アルの武器がなければ40階層ボスには勝てなかった」。この言葉ほど嬉しいものはなかった。


「それで話ってのはなんだい?」


 騒ぎが一段落したところで、ナタリアさんが尋ねてきた。

 ちなみに、俺はナタリアさんの向かいという栄誉ある席を与えられ、フィオーナは俺の隣に座っている。


「このフィオのことなんだけど――」


 俺は隣のフィオに視線を送って続ける。


「身分は明かせないけど、フィオは高貴な血筋なんだ」

「ふむ」


 ナタリアさんは顔色ひとつ変えなかった。


「騎士学院に通っていて、今は休暇中。この休暇を利用してダンジョンでレベリングしたいんだ」

「パワーレベリングかい?」

「いや、それだと後々本人のためにならないから、通常攻略で行こうと思ってる」

「そうか。それでお願いというのは?」

「護衛の騎士はつくんだけど、それとは別に案内者ナビゲーターを一人、紹介してもらいたい。目標は30階層ボス討伐だから、そこまで安全に連れていける人が欲しい」

「フィオちゃんの強さは?」


 ナタリアさんはフィオーナのことを「ちゃん付け」で呼んだ。

 フィオーナが高貴な身であると伝えたにも関わらずだ。

 貴族扱いせず、いち冒険者として扱うというナタリアさんの気持ちの現れだろう。

 俺もフィオーナもそっちの方がいいと思っているので丁度いい。


「20階層までは問題ない」

「いつから?」

「明後日からだ」

「期間は?」

「パレトに滞在するのは2ヶ月だけど、全部でなくて構わない。そちらの都合がつく期間だけで結構だ」

「代金は?」

「そちらに任せるよ」

「他に条件は?」

「できれば女性がいい」


 ナタリアさんは矢継ぎ早に質問を繰り出し、雇用条件を詰めていく。

 ここら辺の手腕はさすがはクランリーダーという手慣れたものだった。


「分かった。ウチのクランは今日から一ヶ月は休暇にして自由行動になる。ちょうどタイミングが良かったな。一人くらいはやりたいって奴もいるだろう」


 そう言うとナタリアさんは立ち上がり、周囲を見回す。


「おーい、ちょっと一回静かにしてくれ」


 張りのある声が酒場全体に伝わり、騒いでいた連中も静かになる。


「仕事の依頼だ」


 ナタリアさんは俺と話した内容をみんなに伝える。


「――というわけだ。やりたいヤツはいるか?」


 ナタリアさんの問いかけに幾つか手が挙がる。


「よし、じゃあ、ライラに任せた」

「はーい」


 ナタリアさんが選んだのはライラだった。

 ライラは『紅の暁』の中でも、ナタリアさんと同じトップパーティーの一員、つまり、40階層ボスを撃破したうちの一人ということだ。

 正直、もうワンランク下の冒険者をよこされると思っていた。


「いいのか?」


 俺は2つの意味でナタリアに問いかけた。


「なにが?」

「ライラほど優秀な人材じゃなくても構わないんだぞ」

「恩返しだよ。それだけ、アルには感謝してるんだ。本人もやりたいって言ってるし、いいじゃないか」


 そういうことなら、ありがたく受け取っておこう。

 もうひとつの質問は――。


「休まなくていいのか? 新ボス討伐したばかりだろ?」

「ライラは休みの日でもソロでダンジョンに潜っちゃうほどのダンジョンジャンキーだから、気にすることないよ」

「そうか。それは安心だ」


 ソロで潜れるなら心強い。

 戦力、探索力、そしてなにより、危機察知能力が高いということだ。


 ライラは斥候役のナイフ使いだ。

 案内者として、彼女ほどの適任者はいないだろう。


 そう思っていると、ライラがこっちにやって来て、フィオーナの隣の席に座った。俺の反対側だ。


「私はライラ。よろしく」

「ライラちゃん、引き受けてくれてありがと〜。フィオだよ〜」


 明後日からライラはフィオーナと一緒にダンジョンに潜ることになった。

 そのための情報のすり合わせだろう――と思っていたのだが…………。


「ねえ、ライラちゃん、甘いもの好き?」

「…………うん」


 いきなりの想定外の質問にライラが動揺している。


「じゃあ、パイとドーナツだったら、どっちが好き?」

「…………ドーナツ」

「私も〜。美味しいお店知ってるから、今度一緒に行こうよ〜」

「…………うん」

「それとライラちゃんが知ってる美味しいお店があったら教えてね。そこも一緒に行こうよ〜」

「…………うん」


 いきなりの一方的なフィオーナの女子トーク。

 ライラは気圧けおされ気味だが、それはその後も続いていった――。


「その髪留めオシャレだね〜。ライラちゃんによく似合ってる〜」

「これは敏捷性が上昇するアクセサリー」

「へえ〜。ライラちゃんの眼の色とおそろいだね〜」

「それはたまたま」


 まだまだ続く――。


「あっ、ライラちゃんが飲んでるお酒美味しそう」

「これはライチ酒だよ」

「じゃあ、私もそれ飲んでみる。すみませ〜ん、ライチ酒ひとつ〜」

「お酒飲んで大丈夫?」

「うん、飲み過ぎなければ平気だよ〜」


 最初はフィオーナの女子トークに圧倒されていたライラだったけど、会話するうちにだんだんと打ち解けて来たようだ。

 本来の趣旨の冒険者としての情報交換からは遠く離れてしまったが、二人が仲良くなれるなら、それはそれでいいことだ。

 安心した俺は、フィオーナのことはライラに任せ、ナタリアさんや他のメンバーたちと話をすることにした――。


 ――1時間ほど経過した。

 俺は酔っ払って赤い顔をしているフィオに問いかける。


「フィオ、どうする?」

「ん?」

「ほら、洋服を買いに行く約束してただろ。抜け出すか?」

「ああ、そうだったね。えへへへ」


 間延びした調子で話すフィオーナ。

 うん。完全に酔っ払ってるな。


「こういう経験は中々出来ないし、もっとライラちゃんと話がしたいな。洋服はまた今度にしよ〜」

「分かった。あんまり飲み過ぎるなよ」

「平気だよ〜」


 フィオーナが心配でつい口うるさくなってしまう。

 こういうのを世間では「母親のように」と言うらしいのだが、ウチのカーチャンの場合は、俺に「もっと飲め〜」と酒を勧めてくる上に、自分はその十倍は飲んだくれているから、今いち実感できないフレーズだ。


 ともかく、フィオーナとの買い物が中止になって、俺は内心ホッとしている。

 フィオーナは自分のだけでなく、俺の服も買うと言っていたが、フィオーナが俺の服を選ばせるとどうなるか俺は経験から知っている。


 城のパーティーなどに俺が参加したとき、カーチャンと一緒になって、二人がかりで俺を着せ替え人形にしたんだ。

 何時間にもわたって、何度も着せ替えをさせられるのは堪ったもんじゃない。

 パーティーが始まる前に気疲れしてしまうほどだった。


「じゃあ、帰りたくなったら言ってくれ」

「は〜〜〜い」


 どうせ、この宴会は朝まで続くだろう。

 俺は適当に切り上げるとして、ニーシャには伝えておかないとな。

 俺は早速ニーシャに【通話テル】を繋ぐ。


『ニーシャ、今、大丈夫か?』

『ええ、ちょうど手が空いたところよ。どうしたの?』

『実は――』


 現状をニーシャに報告する。


『そうなんだ。ナタリアさんたち、やったわね』

『フィオーナも「居たい」って言ってるし、俺も夜までいようかと思うんだけど、ニーシャたちはどうする?』

『それって私たちが顔を出しても良いものなの?』

『ああ。大歓迎されるぞ。ノヴァエラ商会には感謝してるって色んな人から何度も言われたよ』

『そうなの。じゃあ、後で行くわ。他の子たちも誘ってみるわね』

『ああ、それがいい。みんなを紹介するいい機会だしな』

『うん。じゃあ、また後でね』

『ああ、気をつけてな』


 みんなを誘うと言っていたが、絶対に5人揃ってくるだろう。


「ナタリアさん、ウチのメンバーもみんな後から来るって」

「おお、そうか、それはお礼を言わないとな。でも、なんで分かったんだ?」


 ずっと目の前に座っていた俺がいきなり言い出したから、不思議に思ったのだろう。


「それはまあ、イロイロありまして」

「分かった。なんかそういう遺物アーティファクトを持っているんだろう。アルたちなら、そんな遺物アーティファクトを持っててもおかしくないからな」


 実際は単なるスキルなんだけど、ナタリアさんは遺物アーティファクトと勘違いしたようだ。

 そう思ってもらった方が都合がいいので、いちいち訂正はしない。


 宴はその後もどんどんと盛り上がっていった――。

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