187 凱旋
ギルドの入り口付近がざわめいている。
何事かと視線を向けると、冒険者の一団がギルドに入ってきた。
先頭を歩くのは真紅の甲冑に全身を包み、燃えるような赤い長髪を波立たせた大柄な女性――『紅の暁』のリーダー、ナタリアさんだった。
彼女に率いられ、総勢20人ほどの冒険者たちが列をなして、ギルドに入ってきた。
ギルド中の視線が彼らに集まる。
あちこちからヒソヒソ声が上がる。
「皆の者、よく聞けッ!」
張り上げたナタリアさんの声がギルド中に響き渡る。
「我ら『紅の暁』は遂に、40階層ボスを討伐したぞッ!」
ナタリアさんの宣言後、ギルド中に歓喜の声が湧き上がる。
冒険者たちは快哉の叫びを上げ、ギルド職員は惜しみない拍手で彼らを称える。
39階層、40階層という未踏破領域を踏破しただけではなく、階層ボスまで討伐。
久々の大快挙にギルド内は沸き立った。
「おっ、アルじゃないかっ!」
俺を発見したナタリアさんが駆け寄って来る。
「やったぞ。遂にやったぞ」
「ええ、おめでとうございます」
「これもすべてアルのおかげだ。本当にありがとうっ!」
感激しているナタリアさんは俺の両手を掴み、ブンブンと振り回す。
よっぽど嬉しいのだろう。
俺も嬉しかった。
俺が作り、集めたアイテムで誰かが成果を上がる。
これほど作り手冥利に尽きることはないだろう。
一ヶ月頑張った甲斐があったな。
俺が感傷に浸っていると、『紅の暁』のメンバーの男が近寄ってきて、ナタリアさんの隣に並ぶ。
たしか、『紅の暁』の創設メンバーの一人で、クランのサブリーダーでもある魔術師の男だ。
「私からもお礼が言いたい。素晴らしいアイテムを揃えてくれてありがとう」
「いえ、アイテムは使ってもらってなんぼだからね」
「それでもノヴァエラ商会なしでは、今回の成果はなかった。本当に感謝している」
「だったら、今後もいっぱい買い込んでよ」
「ああ、そうだな。たっぷり、稼がせてもらったしな。ちゃんと還元させてもらおう」
男が手を伸ばしてきたので、俺はそれを握り返す。
「ナタリア、俺は受付に報告に行ってくる」
「ああ、すまんな。任せた」
「それでは、アル殿。また、よろしく頼む」
「ええ、こちらこそ」
男は一礼すると、受付の方に去って行った。
「ナタリアさん、40階層ボスはどうでした?」
「強かったぞ。それにやけに人間っぽい動きだった」
「人間っぽい?」
「ああ、人型で全身甲冑の剣士タイプのモンスターだったんだが、剣筋が人間のそれとしか思えなかった。スケルトンなど他にも剣士タイプのモンスターは沢山いるが、そいつらは適当に剣を振るうだけだ。だけど、あのボスは剣術と呼べるレベルに剣を使いこなしていた」
…………思い当たる節がある。
40階層ボスはブラッディ・ナイト。
こいつは他のモンスターにはない、あるスキルを持っていた。
【学習能力】だ。
こいつは過去の戦闘経験を学び、死んでも次の個体に記憶が引き継がれるんだった。
俺と戦った時もカーチャンの剣技をかなり習得していた。
その上、俺の剣を受けたのだ。
それも一戦や二戦じゃあない。
ニーシャのレベリングのため、千回以上も戦ったのだ。
きっとブラッディ・ナイトは俺の剣も学習したんだろう。
俺のせいで、ムダにブラッディ・ナイトを強化してしまったことを申し訳なく感じる…………。
だけど、それを白状するわけにはいかない。
俺は心が傷んだが、この秘密をそっと心の奥底へしまい込んだ。
「それは大変だったな」
「ああ、でも、その分倒し甲斐があったよ」
「ナタリアさんらしいセリフだ。あらためておめでとう」
「ああ、ありがとう。今回のことはアルに一番に報告したいくらい感謝していたんだ。だから、それが出来て嬉しいよ」
そう言って満面の笑みを浮かべるナタリアさん。
「ところで、その隣にいる子は誰だ?」
「俺の幼馴染のフィオだ」
「ナタリアだ。よろしく。クラン『紅の暁』を率いている」
「フィオだよ。よろしくね〜」
ナタリアさんが伸ばした手をフィオが掴み、二人は握手を交わす。
二人とも、おおらかというか、細かいことには気をしないタイプなので、結構馬が合うかもしれん。
「フィオのことでちょっとナタリアさんに相談があるんだけど、出直してきたほうがいいかな?」
「いや、他でもないアルの頼みだ。今、聞くよ。とりあえず、乾杯しよう。アルともこの喜びを分かち合いたいんだ」
「ああ、そういうことなら、付き合わせてもらうよ。フィオもいいだろ?」
「うん。こういうの初めてだから、私も楽しみだよ〜」
「よし、お前ら、打ち上げすっぞ!」
ダンジョンから帰還した『紅の暁』のメンバーたち、彼らと仲の良い冒険者たち、関係ないがこの祝い事に参加した者たち、それに遠征に参加していなかったクランメンバーたちも集まり、ギルド酒場はすぐに満席になった。
「小難しい話はナシだ。私達はやり遂げた。飲んで、食って、喜びを分かち合え。乾杯!」
ナタリアさんの音頭で、どんちゃん騒ぎが始まった――。




