185 フィオーナの装備
今日一日、フィオーナの買い物に付き合うことが決定した。
俺たちは階段を下りながら話す。
「まずはダンジョン探索のための装備品なんだけど――」
俺はフィオーナに話しかける。
「ぶっちゃけ、大概のものはウチの店で揃う」
「すごいじゃん! さっきチラッとお店覗いたけど、いっぱい置いてあったもんね」
「ああ、一ヶ月かけて万全の用意をしたからな」
階段を下りた俺たちは店舗部へ向かう。
「うわ〜、あらためてよく見ると、ホント色んなもの置いてあるね〜」
フィオーナは陳列棚の間を歩き、並んだ商品を眺めながら感想を述べる。
「それで手持ちはいくらあるんだ?」
「うーんとねえ〜」
そう言いながら、フィオーナは【虚空庫】から硬貨がぎっしり詰まっていそうな小袋を取り出した。
フィオーナに限らず王族ともなれば、宮廷魔術師から付与された【虚空庫】を持っているのが通常だ。
さすがに俺が持っているヤツのような実質容量無制限というわけにはいかないが、ダンジョン探索に困らない程度の容量はあるはずだ。
フィオーナは小袋を逆さまにし、会計カウンターの上に硬貨の山を作り上げる。
数えてみると1千万ゴルくらいあった。
学生の予算と考えれば多すぎるくらいだけど、その身に何かあったら困る高貴な立場と考えれば、これくらい持っていてもおかしくはないだろう。
「これで全部か?」
「ううん。これはダンジョン探索用の予算。プライベートのお財布は別にあるよ〜」
「洋服代はそっちから出すの?」
「うん」
「分かった。この予算で適当に見繕ってやるよ」
俺はフィオーナにいくつか質問していく。
「まず、剣を出してみて」
「はい、これ」
フィオーナが【虚空庫】から取り出した剣を俺に手渡す。
立派な装飾の細剣だ。
王宮お抱えの鍛冶師による一品だろう。
俺は剣を鞘から抜き、様々な角度から眺める。
次に、剣を持ち、いくつかの型通りの素振りをしてみる。
そして、最後に魔力を通してみる。
「やっぱりな」
「どうかしたの?」
「剣自体は良い剣だ。これなら、40階層まで問題なく使えるから、買い換える必要はない。ただし――」
「なになに?」
「刀身が歪んでいる」
「え〜、ほんと? この前王城で見てもらったときは問題ないって言われたよ?」
「ああ、そのときは問題なかったんだろう。問題は昨夜のダンジョンだよ」
「えっ?」
「格上相手の無理な戦いを繰り返したんだろ? それで僅かだけど刀身に歪みが出てる」
「そんな…………」
剣を使う者にとって、剣というのは自分の半身みたいなものだ。
それが痛んでいる、しかも、それが未熟な自分のせいというのは、心苦しいものだ。
フィオーナも心配そうな顔をしている。
「安心しろ。このまま使い続ければボッキリ逝ってしまうが、今の段階で調整すれば問題ない。元が良い剣だから、直せば元通りの性能を発揮してくれるよ」
「じゃあ…………」
「ああ、俺が直してやる。もう、無茶な使い方はするなよ」
「やった〜。アル大好き〜」
フィオーナが俺の胸に飛び込んでくる。
「おい、剥き出しの剣を持ってるんだ。危ないだろ」
「えへへ、アルなら平気だって知ってるもん」
たしかに、フィオーナの飛び込みくらい、怪我をしないように剣をどけることは造作もない。だけど、それとこれは話が別だ。
「つーことでこの剣は明日中に直しておくから離れろ」
「はーい」
ニコニコ顔のフィオーナだ。
「次は防具だけど、俺は防具はあまり詳しくない。だけど、昨夜のダンジョンで痛んでいるかもしれないから、一応見てみるよ」
「うん。お願い」
フィオーナが【虚空庫】から取り出した防具一式を確認する。
目で見るだけでなく、魔力も通してチェックする。
「うん、防具は大丈夫だな。『護身の宝珠』に感謝するんだな」
フィオーナが受けるはずのダメージは『護身の宝珠』が全て肩代わりしてくれた。
おかげで防具は無傷で済んだようだ。
その『護身の宝珠』も俺が修理しておいたし、防御の面は問題ないだろう。
武器、防具ときたら、次はアクセサリだ。
「フィオ、持っている装備品のアクセサリを並べてみて」
「うん」
耳には速度上昇が付与されたイヤリング。
首には『護身の宝珠』。
腕輪や指輪はしていないようだ。
「腕輪をつけてないのは、なんか理由あるの?」
「うん。剣を振るときになんか違和感があって」
「だったら、無理して付けない方がいいな」
「うん」
無意識に感じる違和感。
それを大事にした方がいいと俺は教わった。
だから、俺もフィオーナに腕輪は薦めない。
指輪をつけていないのは、フィオーナが王女だからだ。
未成人の王族が指輪を付けるのは婚姻の証。
いくら冒険に有利だからといって、指輪を付けるわけにはいかないのだ。
「アクセサリは現状で十分だな」
「うん」
「フィオは魔法は使えるようになってないよな?」
「うん、相変わらずそっちはダメだよ〜」
幼い頃から、フィオーナには魔法適性がなかった。
だから、剣の道に進んだのだ。
「だったら、いくつか魔法球を持っておいた方がいい。使い方は分かるか?」
「うん。知ってるよ〜」
「いざというときは躊躇わずに使うんだ。使い捨てだからと渋る必要はない。金で命は買えないんだから」
「うん、分かった」
俺はいくつか魔法球を見繕ってやる。
「回復ポーションはどれくらい持っている?」
「初級が30本に中級が20本」
さすがは王女様、王都で品薄の中級回復ポーションもしっかり揃えている。
「しばらくダンジョンに篭もるんだろ?」
「うん」
「【虚空庫】に余裕は?」
「まだ全然大丈夫だよ」
「だったら、中級回復ポーションは100本くらいもっておけ」
「100本も! 王家でも集めるのに苦労したのに」
「ああ、ウチには山の様にあるからな」
陳列棚を見せてやると、フィオーナも「すごい」と驚いていた。
「テントはいるか?」
「うん。遺物の良いヤツがあるよ〜」
「じゃあ、不要だな」
「うん」
「ダンジョン内での食事はどうしてる?」
「あのまっずい携行食だよ。それだけがダンジョンの嫌なところなんだよね」
「そうか。じゃあ、これ食ってみろ」
俺は特製干し肉を一欠片、フィオーナに手渡す。
「干し肉?」
フィオーナが嫌そうな顔をする。
「いいから食ってみろ」
「アルがそう言うなら……」
渋々と干し肉を口に入れたフィオーナだけど、咀嚼するうちに表情が変わっていく。
「おいしい〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」
「だろ? ウチでしか売っていない特製干し肉だ」
「これ、ハチミパウダーだよね?」
「おっ、やっぱ分かるか」
さすがはお姫様。
王都では宮廷料理長ランガース師の料理を食べているだけあって、すぐにハチミパウダーだと気づいたようだ。
「ハチミパウダーは俺とランガース師の共同で特許を取っているんだ」
「ハチミパウダーもアルが絡んでいたんだ。ほんと、スゴいね〜」
「この特製干し肉はウチの売れ筋商品だ。冒険者相手に飛ぶように売れているぞ」
「買う買う。絶対に買う。1ヶ月分ちょうだい」
「ああ、在庫もたっぷりあるし、それくらい余裕だ」
特製干し肉は、下拵えは他の干し肉業者に任せている。
ウチの特製干し肉が爆発的に売れていることによって、彼らの仕事を奪ってしまっているからだ。
彼らには肉を干し肉に適した形にカットするところまでをお願いしている。
ウチでやるのはハチミパウダーをまぶして【虚空庫】に放り込んで、【熟成】させるだけ。
ウチとしても手間が削減できて大助かり。
彼らも面倒な熟成というプロセスなしで、収入を得ることが出来、お互いに望ましい取引だ。
この取引のおかげで、既存の干し肉業者も店を閉めずに済んだ。
ウチのおかげで、他人が倒産、首をくくるって事態は避けたいからな。
その後も、フィオーナに必要なものを見繕って行った。
結局、30分以上もかかったけど、俺もフィオーナも満足がいくように、装備を整えることが出来た。




