180 フィオーナとみんなの顔合わせ
「この様な格好で失礼致します。私はカルーサ王国第三王女のフィオーナと申します。皆様、以後お見知りおきを」
フィオーナの挨拶にみんな固まった。
「王女様…………」
「なんでここに?」
「アルの幼馴染?」
みんなが小さく呟く声が聞こえてくる。
まだ現実を受け入れられていないようだ。
「こほん」
いち早く復帰したのニーシャだった。
「失礼致しました。フィオーナ殿下。当ノヴァエラ商会で会頭を務めております、ニーシャと申します」
「やだあ、ニーシャちゃん。アルの仲間なんでしょ? だったら、そんなにかしこまらなくてもいいよ〜」
「フィオーナは昔からこういう奴だから、みんなもかしこまらず、ふつうに接していいからな。その方がコイツも喜ぶし」
「うん、よろしくね〜」
「それと一応お忍びだから、フィオって呼んでやってくれ」
あまりにフレンドリーなお姫様にみんな最初は戸惑っていたが、そこは同じ年頃の女子同士。
フィオーナ主導で会話しているうちに、だんだんと打ち解けていった。
和やかな空気で朝食は進んで行く――。
「ところで、フィオはなにしにパレトまで来たニャ?」
「アルに会うためだよ〜」
「アルとは幼馴染なのですか?」
「うん。アルは小さい頃から、よく王宮に預けられていたからね〜。私は年の近い兄弟もいないし、その頃からよく一緒に遊んだんだよ〜」
「まあな、妹みたいなもんだ」
「むぅ〜。妹じゃなくて幼馴染だよ〜」
フィオーナが絡んでくるのを、俺は「はいはい」と受け流す。
いつものやり取りだ。
「ごちそうさま〜。久々に食べたけど、やっぱ、アルのご飯は美味しいな〜」
「学院のメシは美味くないのか?」
「うーん、マズくはないんだけど、アルや料理長の味と比べちゃうとね……」
「そこで俺と師匠を並べるなよ」
いくら俺が料理に自信があるとはいえ、師匠とは比べるまでもない。
あの人の料理は本当に芸術だ。
「え〜、だって、私はアルの料理の方が好きだよ〜。アルが作ってくれたってことに意味があるんじゃんよ〜」
「その理屈は分からん」
「も〜」
そっけない俺の態度に、ほっぺたを膨らますフィオーナ。
だが、すぐに気分を切り替えたのか、普段の調子に戻る。
フィオーナは気分がコロコロ変わる。
まともに相手すると疲れるので、俺は適当に流すことにしている。
「ふあぁ〜。ご飯食べたら眠くなっちゃった」
フィオーナは大きなあくびをしている。
王女としてその振る舞いはどうかと思うが、昔からなのでもう今さら注意したりはしないが。
まあ、夜通し走ってきて、ダンジョンで死にかけて、最後には格上ミノタウロスとの戦闘だ。
眠いのもしょうがないだろう。
「ちょっと寝るからアルのベッド貸して〜」
「は? 空いてる部屋あるから、そこで寝ろよ」
「え〜、やだ〜、アルのベッドがいい〜」
「ダダこねても無駄だぞ」
「む〜〜」
「ダメなもんはダメだ」
「ちぇっ、分かったよ〜。その代わり、アルが案内してね」
「分かったよ」
それくらいで満足してくれるんなら、お安いもんだ。
「ほら、ついて来い」
「は〜い。みんな、おやすみなさ〜い」
俺はフィオーナを空いている部屋まで案内する。
フィオーナはみんなに手を振りながら、俺の後をついて来る。
「ここだ。王女様をもてなすには不十分かもしれないが、こんな部屋しか空いてないんだ。我慢してくれ」
「え〜、そんなことないよ〜。綺麗だし良い部屋だよ〜」
「そうか?」
「うん。学院の寮なんかもっと狭いよ〜」
「あれ、学院は王族や貴族用の寮があるんじゃないか?」
「あるけど〜。一般部屋にしてもらったんだ〜」
「そうだったのか」
「うん」
フィオーナは基本、ワガママでマイペースだけど、こういう贅沢方面ではあまりワガママを言わないから助かる。
「いきなり来たのに、部屋まで用意してくれてありがとうね」
それにこうやってちゃんとお礼も言える。
根本は悪い子じゃないんだ。
これでもう少し落ち着いて、暴走したり、周りを振り回したりしなくなればいいんだけど……。
「じゃあ、アル、一緒に寝ましょ?」
「は?」
ベッドに横になったフィオーナが、とんでもないことを言い出した。
「昔はよく一緒に寝たじゃない。だから、一緒に寝ましょ?」
「それ十年前の話だろ」
確かに俺はフィオーナと一緒に寝たことがある。
でも、それは10年以上前。まだ幼児だった頃の話だ。
さすがの俺でも、この歳のフィオーナと俺が同衾することの意味くらいは理解している。
それに事あるごとに俺とフィオーナをくっつけようとしている国王陛下のことだ、もし俺とフィオーナが同衾したって話を耳にしたら、それを口実に縁談を進めようとするだろう。
俺は王族の一員になる気はない。
自由な身のままでいたいんだ。
「え〜、いいじゃん〜」
「ダメなものはダメだ」
「む〜、アルのケチ〜」
何と言われようと、頑とした態度を貫く。
「じゃあ、眠るまで手を繋いでて」
「しゃあないな。それくらいなら付き合ってやるよ」
「やったぁ〜」
差し出された手を俺は握る。
立派に剣ダコなんか作っちゃって。
フィオーナが剣を握るようになったのは、間違いなく俺の影響だ。
王城の裏庭で素振りをする俺の姿を見て、いつの間にか真似をするようになったのだ。
最初は棒きれを振り回していた彼女が、騎士学院に入学し、ダンジョンに潜るようになるなんてな。
「良い手になったな」
「えへへへ」
こうして、フィオーナが眠りにつくまで、俺はその手を握っていた――。




