179 姫さまご来店
「【穿鉄突】――」
フィオーナの鋭い一撃がミノタウロスの左目に突き刺さる。
「ウ゛ギャアアアア」
痛みに吠えるミノタウロスは頭を激しく揺すり、その頭突きがフィオーナの身体を捕らえ――障壁がパリンと砕け散る。
障壁が最後の力でフィオーナを守ったが、勢いでフィオーナの小さな身体は投げ出された。
「よしッ、よくやった!」
俺は助走をつけて跳び上がり、フィオーナの身体を受け止める。
着地した俺はフィオーナを抱えたまま、バックジャンプで安全な位置まで下がる。
「よくやったな、フィオ。後は俺に任せろ」
そっと地面にフィオーナを下ろし、俺はミノタウロスに向かって駆け出す。
走りながら、【虚空庫】からミスリルナイフを取り出し、魔力をまとわせる。
まだ痛みにもがいているミノタウロスに向かって跳躍。
50センチほどに伸ばした刀身で、ミノタウロスの首を斬り落とす。
俺の一撃でミノタウロスは息絶えた。
ミスリルナイフを仕舞い、フィオーナのところまで歩く。
フィオーナはポカンとした表情でこちらを見ている。
「すげー。アル、すげー」
「おう。お疲れ。フィオもよくやった。見事な一撃だった」
「へへへへ」
俺が褒めると、フィオーナは蕩けたような顔になる。
「でも、これで分かっただろ? ダンジョンの危険さが」
「……うん」
「これに懲りたら、もう一人で突っ走るんじゃないぞ。次は死ぬぞ」
「うん、分かった」
「よし、反省したら、帰るぞ」
俺はフィオーナに手を伸ばし、立ち上がらせる。
奥の間に向かって歩き出そうとしたのだが、フィオーナが掴んだその手を離そうとしない。
そんなフィオーナはといえば、「へへへへ、アルの手だぁ〜。一年ぶりのアルの手だぁ〜」と上機嫌。
まあ、いっか。
俺はフィオーナと手を繋いだまま、奥の間を目指す。
「ねえ、アル、また、強くなってるよね」
フィオーナと会うのは一年ぶりだ。
この一年間、俺はカーチャンにみっちり鍛えられた。
だから、一年前から比べると自分でも強くなったのが分かる。
「一年間カーチャンに鍛えられたからな」
「ずるい〜〜」
「だったら、フィオもカーチャンに弟子入りすれば。5分後に後悔すると思うけど」
「ダメなんだって。リリアさんに頼んだことあるんだけど、『メンドイからヤダ』って断られた」
「はは。カーチャンらしい」
「それで『アルは面倒くさくないんですか?』って訊いたら、『アルくんのは子育てだから』だって」
「はは、カーチャンらしい」
そんな会話をしながら、この階最奥のセーフティー・エリアに入る。
「ほら、登録して来な」
転移ゲートの手前でフィオーナをうながす。
「え〜、届かないよ〜。ついて来て〜」
「しゃあねえな」
フィオーナはいつもこうやって妹みたいに甘えてくる。
まあ、実際、妹のような存在なのだが。
二人並んで転移ゲートの前に立つと、フィオーナは胸元から取り出した冒険者カードを壁の金属プレートに押し当てる。
これで登録完了だ。
「よし、帰るぞ」
「うん」
ダンジョンから出ると、既に日が登っていた。
「とりあえず、うちの店に来るか?」
さすがに王女様を一人で放り出すわけにもいかない。
「アルのお店? 楽しみ〜。開店したばっかなんだよね?」
「ああ、2週間ほど前にな」
「私なんかまだ学生やってるのに、アルはやっぱ凄いね〜。ひとつしか違わないのにね〜」
「俺が凄いんじゃないよ。仲間が凄いんだよ」
「へー、アルがそこまで言うなんて、会うのが楽しみ〜」
そんなこんなで家に着く。
「ここだよ。ここが俺の店兼住居だ」
「へー、思っていたよりずっと立派〜」
「だろ?」
「うん。アルの店っていうから、裏路地にある怪しい感じの店を想像してたよ〜」
「あはは。俺も自分で店持つとしたら、そういうのをイメージしてたよ」
店の前ではルーミィが掃き掃除をしていた。
掃き掃除はルーミィの日課だ。
ルーミィが自発的に始めたことで、毎朝欠かさずにこなしている。
今日は店は休日なのに、休まずにやってるなんて、本当にルーミィは良く出来た子だ。
「おはよう、ルーミィ。今、帰ってきたよ」
「おはようございます、ご主人様。失礼ですが、そちらの方は?」
「あー、俺の客だ。詳しくは朝食のときに話すよ」
「分かりました」
「じゃあ、先に上がってるな」
「おじゃましま〜す」
フィオーナはルンルン気分で、俺の後を付いて来る。
なんか、ルーミィがいつもより冷たく感じたのは気のせいだろうか?
いつもだったら、すぐに俺の下へ寄ってくるのに。
あれかな、フィオーナという客がいたから遠慮してたんだな。
フィオーナを連れて店に入り、階段を上ったらニーシャがいた。
「あら、アル、おはよう…………その方は?」
「あー、朝食のときに話すよ」
ひとりずつに紹介していくのも面倒だ。
今日は休店なので、みんな揃っての朝食だ。
フィオーナのことはそのときに紹介すればいい――。
リビングに全員集合して、さて朝食なのだが…………。
空気が重い…………。
いつもの和気あいあい、爽やかな朝の一場面はどこ行った…………。
みんなはフィオーナのことをじっと見ているし、フィオーナはそれを気にかけることもなく、どこ吹く風でニコニコ顔だ。
「ねえ、アル、この方はどなたなのかしら?」
みんなを代表して、ニーシャが尋ねてきた。
「ほら、フィオーナ、自己紹介」
本来なら、王族に先に言わせるなんて、無礼極まりないことなんだろうけど、まあ、相手がフィオーナだからいいや。
本人もそういうの気にしてないし。
「どもっ、アルの幼馴染のフィオーナで〜す」
軽っ!
「いや、そうじゃないだろ。ちゃんと肩書きも言えよ」
「え〜、幼馴染でいいじゃ〜ん」
「いいワケないだろっ! ちゃんとやれ」
「はいはい。それでは、あらためて――」
コホンと咳払いをひとつ、フィオーナは態度をガラリと変えた。
「この様な格好で失礼致します。私はカルーサ王国第三王女のフィオーナと申します。皆様、以後お見知りおきを」
いきなり全力の社交モードだった。
そうなんだよな、やれば出来るんだよな、フィオーナは。
普段が普段だから、つい忘れてしまう。
やっぱり、フィオーナはお姫様だ。
ドレスを幻視しそうなくらいの、文句の付け所のない挨拶だった。
ちなみに、それを受けたみんなは、当然のごとく固まっていた――。




