178 再度ミノタウロス2
「とりゃあああああ!!」
剣を構えたフィオーナは、全力でミノタウロスに突進する。
思い切りの良さは認めたいが、さすがに考えなしと言わざるをえない。
フィオーナの我武者羅な特攻は、ミノタウロスの身体に届く前に横薙ぎに払われた大斧で簡単に弾き飛ばされる。
障壁のおかげで直接のダメージは入っていないが、フィオーナの身体は地面に二度、三度、と打ち付けられながら転がっていく。
「ちゃんと考えて戦え。相手の動きを見て、相手の攻撃を捌いて、隙を作って、それから攻撃しろ。相手は格上なんだから、力技じゃあ絶対に勝てないぞ」
「はいっ!」
フィオーナはスッと立ち上がり、体勢を整える。
俺のアドバイスが届いたようで、今度は無策で突っ込んだりはしない。
軽くステップを踏んで、相手の出方を伺う。
セオリーとしてはそれが正しい、だけど――。
ミノタウロスはそんなフィオーナの牽制の動きなぞ一切気にすることなく、力任せに大斧を振り回す。
一撃目はなんとか躱すことが出来た。
しかし、続けて振るわれた大斧はフィオーナの胴体を直撃する。
障壁が重い一撃を防ぐが、衝撃でフィオーナは吹き飛ばされる。
「グッ――」
またもや地面に叩きつけられたフィオーナがうめき声を上げる。
そう。これが現在のフィオーナとミノタウロスの力量の差だ。
小手先の技術やフェイントなど、全くの無意味。
ただ力任せにゴリ押されるだけで、なにもできなくなってしまう。
それが格上との対戦というものだ。
「クソッ――」
無様に吹き飛ばされても、まだフィオーナの心は折れていない。
すぐさま立ち上がると、剣を構え、ミノタウロスに向かって突っ込んでいく。
ミノタウロスは悠然と立ち、向かって来るフィオーナに合わせて大斧を振るう。
フィオーナは突進する。
しかし、最初のようになにも考えずに突っ込んでいるのではない。
ミノタウロスの直前で急ブレーキ。
振るわれた大斧をヒラリと躱す。
そして、攻撃後の隙を見せたミノタウロスの脛を剣で斬りつける。
フィオーナはやったという表情を見せるが――。
――カキン。
フィオーナの攻撃はミノタウロスの硬い皮膚を滑るだけで、ダメージを与えることは出来なかった。
「そんな……」
呆然と立ち止まってしまったフィオーナに大斧が襲いかかる。
フィオーナはまたしても弾き飛ばされた。
格上との戦闘ではよくあることだ。
向こうの攻撃はどれも致死級であるのに、こちらの攻撃は少しもダメージを与えられない。
これは中々に絶望的だ。
この絶望感は体験した者でないと分からないだろう。
多くの場合は、これで心が折れてしまう。
だが、格上と戦うには、ここで折れず、踏ん張らないといけないのだ。
それが出来た者だけに大物食いの名誉が与えられるのだ。
さて、フィオーナはどっちだろうか?
弾き飛ばされて、フィオーナは地面に伏せたままだ。
俺の張った障壁のおかげで、物理的なダメージは大したことがない。
後は心理的ダメージだが――。
「どうしたッ? もう終わりかッ?」
「まだよッ! まだいけるわッ!」
俺の叱咤する呼びかけに、フィオーナは気丈に応え、立ち上がる。
「よしッ、その調子だッ!」
フィオーナは恐れずにミノタウロスに向かっていく。
そういえば、フィオーナの長所のひとつに負けず嫌いってのがあったな。
俺はフィオーナにアドバイスを送る。
「相手の攻撃を受け止めたらダメだ。躱すか打ち払って軌道をそらせ」
「分かったわ」
何度目だろうか、フィオーナはミノタウロスと対峙する。
見上げんばかりの巨体に小さなフィオーナは立ち向かう。
ミノタウロスの大斧に比べれば、小枝のように思える剣を構えて。
フィオーナはミノタウロスと向かい、迫り来る猛攻を回避し、剣でいなす。
落ち着いたフィオーナの剣技は中々のもので、一年前に会ったときよりも上達している。
騎士学院で学んでるのは無駄ではないようだ。
しかし、やはりミノタウロスの攻撃はひとつひとつが重く、フィオーナは凌ぎきれず、何度か障壁を揺らすことがあった。
一方のフィオーナも反撃を試みるも、浅い攻撃しか出来ず、ミノタウロスにダメージを与えることは出来なかった。
このままだとジリ貧。
それはフィオーナも理解しているのだろう。
なんとか、手を打てないかと伺っているのが伝わってきた。
「フィオ。一撃に賭けろ。相手の隙を突いて、最高の一撃を叩き込むんだ」
「分かったわッ!!!!」
障壁の残り回数は1回。
次が最後のチャンスになる。
さて、フィオーナは一撃決めれるのか?
ミノタウロスの動きは実は単純だ。
大斧を力任せにふりまわし、たまに頭突きをしてくるくらいだ。
だから、そのパワーに押されず、落ち着いて相手の動きを見極めれば、対処するのは比較的簡単だ。
攻撃力不足の問題があるから、今のフィオーナに倒すことは出来ずとも、動きを見切ることは出来るはずだ。
相手の動きに慣れてきたのか、フィオーナの動きに余裕が出てきた。
フェイントを混ぜたステップで大斧を華麗に躱し、隙を突いて一撃を入れる。
十分なダメージを与えるには至らないが、少しずつフィオーナが攻勢になってきた。
そうだ。それでいい。
格上との戦闘では、受けに回ったらダメだ。
いくらこちらの攻撃が通らなくても、いくら攻めてもダメージを与えられなくても、それでも攻め続けなければならない。
その鉄則を今のフィオーナは忠実に守っている。
攻撃が当たらないことに苛立っているのか、ますますミノタウロスの攻撃は大振りになる。
後のことを考えない全力での大斧の振り下ろし。
フィオーナは紙一重でそれを躱す。
そして、高く跳躍する。
ミノタウロスは飛んできたフィオーナ目掛けて頭突きを合わせようとする。
「【穿鉄突】――」
迫り来るミノタウロスの頭部に向かって、フィオーナは技名を叫びながら、剣を前に勢い良く突き出した――。




