174 『扇風機回収業者』
王都へ行ってきた翌日。
いつもどおり午前四時に起床した俺はダンジョンに潜っていた。
某男爵に頼まれた『扇風機』をゲットするためだ。
男爵に頼まれたのは3台だが、これから暑くなる季節だ。
今後『扇風機』の需要は高まるだろうから、多めに仕入れておいてもいい。
そう思い、目的地へ向かった。
『扇風機』は生活用の遺物の中では低級の方だ。
割と多く市場に出回る遺物ではあるが、市場に出ると直ぐに消えてしまう人気の遺物でもある。
ドロップするモンスターは把握済み。
27〜29階層に出現するウィンド・ウィードという植物型モンスターだ。
ギルドの情報で、俺はウィンド・ウィードが出現するモンスター部屋の場所を知っている。
29階層の奥まった場所にあるモンスターハウスだ。
フロアの奥まった不便な場所にある上、ウィンド・ウィードは単体だとそうでもないが、数が多くなると急激に対処が困難になるモンスターだ。
いくらドロップが美味しくても、命あっての物種。
このモンスターハウスは不人気だそうだ。
この時間帯なら、他の冒険者がいる確率はほぼゼロだろう。
ダンジョンに入った俺は『転移カード』で30階層に跳ぶ。
30階層最奥のセーフティー・エリアに降り立った俺は【魔力探知】で周囲の安全を確認してから、
「【地獄の火焔】――」
壁を構成する樹木を焼き払い、29階層へ階段に向けて一本道を作る。
本来なら入り組んだ迷路を通り抜けなければならないが、これなら一直線だ。
強化魔法で強化した身体でショートカットを駆け抜け、あっという間に階段にたどり着いた。
29階層に着いた俺は、またもや【地獄の火焔】でモンスターハウスへのショートカットを作り駆け出す。
すぐに目当てのモンスター部屋に到着した。
思っていた通り、入り口が開いている。
他の冒険者が中にいない証拠だ。
俺が部屋の中に入ると、絡まった樹木の枝がうねうねと伸び、入り口を塞いでしまう。
部屋の奥にはモンスター・スポナーがひとつ。
入り口が閉まり切ると同時に、スポナーが光を放つ。
光とともに5体のウィンド・ウィードが現れた。
ウィンド・ウィードは、体長は俺の身長と同じくらい。『扇風機』を植物化したら、こんな姿になるだろうという外見をしている。
俺はそいつらに目もくれず、スポナーに向かって連続で魔法を放つ。
「【高速移動】――」
「【高速移動】――」
「【高速移動】――」
「【高速移動】――」
対象の行動を速くする支援魔法だ。
もちろん、通常は味方に使う魔法だが、こうやってモンスター・スポナーにかけることによって、湧きの速度を早めることができるんだ。
44層のモンスター・スポナーと同様、こいつにも4回重ね掛けが有効だった。
その結果――部屋を埋め尽くすほどのウィンド・ウィードが現れることになった。
よし、これからが本番だ。
「はーい、『扇風機』回収に参りましたよ〜。いらない『扇風機』頂きますよ。お代は命で結構ですよ〜」
ウィンド・ウィードはトレントと同様に、その根っこを動かして移動することが可能だ。
攻撃手段は3つ。
長く伸ばした触手のような枝。
飛ばしてくる硬い実。
そして、花弁を回転させて放つ風魔法【空斬】。
取り囲まれてしまうと、遠距離攻撃で一方的にボコボコされてしまい、非常に危険な相手だ。
だが、それは適正レベルの冒険者が相手だった場合の話だ。
ラスボスに楽勝の俺からしてみたら、『扇風機』の入っている箱と大差ない。
それから2時間、俺はウィンド・ウィードを狩りまくった――。
◇◆◇◆◇◆◇
「うーん、19台か。しょっぱいなあ」
『扇風機』のドロップ率は低すぎた。
どうりで市場でも品薄なわけだ。
2時間で2千体以上は狩ったのだが、ゲットした『扇風機』は20台にも満たなかった。
朝食までもう1時間あるのだけど、あまりのドロップ率の低さに俺の心が折れた。報われない単純作業に飽きたとも言う。
「まあ、当面の分は稼いだし、これで良しとするか」
ということで、少し時間は早いが撤収することにしたのだ。
「さて、帰ろうか」ということで【魔力探知】で確認したところ、気になる箇所を発見した。
「さすがにこれを無視するのはな……」
ソロの冒険者がトレント系のモンスター10体に囲まれている。
しかも、劣勢だ。
このままでは、この冒険者の命が危ういことを【魔力探知】が教えてくれる。
知らなければ、「自己責任」、「ダンジョンでは良くあること」と切り捨てられる。
だけど、知ってしまった以上は見過ごすことは出来ない。
俺は冒険者のもとに急ぐ、その前に――。
全身を黒い甲冑で覆い、顔が判別できないフルフェイスの兜をかぶり、右手に短槍を持つ。
ついでに、俺の身体をまとう魔力の波長を少しいじる。
よし、これで変装はバッチシだ。
これなら、俺だってバレる可能性はほぼゼロ。
俺はピンチの冒険者に向かって、全力で駈け出した。
【地獄の火焔】を使うわけにも行かないので、回り道をしなければならなかったが、それでも3分かからずに冒険者の元へ到着できた。
この3分間、なんとか冒険者は耐え切ったようだが、地面にへたり込み、一方的な蹂躙を受けている。
だが、冒険者の身体を淡い光が包み、トレントたちの攻撃を全て弾き返している。
魔法障壁だ。
この階層にいる冒険者には似つかわしくない、高性能の魔法障壁が冒険者を守っている。
おかげで、冒険者自身は無傷のままだ。
なんらかの魔法障壁を発生させるアイテムを持っているのだろう。
そのおかげで命拾いしたようだが、いつまでそれが持つか分からない。
俺がそう考えた瞬間――。
――パリン。
高い音とともに魔法障壁が砕け散った。
ギリギリ間に合ったってところか。
だったら――。
「助太刀致す」
俺は槍を薙ぎ払い、冒険者とモンスターたちの間に割って入る。
「……………………ッ」
冒険者は返事も出来ないほど疲弊しきっているようだ。
モンスターたちはいきなりの俺の登場に怯んでいる。
トレントを攻撃しながら、俺は冒険者の様子を伺う
…………って、フィオーナじゃんか!!!!!
はあ?
どういうこと?
そこでピンチに陥っていたのは、昨日馬車で王都を立ち、ここパレトに向かっている最中なはずの人物――第三王女のフィオーナだった。
なんで、フィオーナがここに?
そんな疑問が頭を巡るが、まずはコイツらを倒さないとな。
俺はトレントたちに立ち向かう。
トレントたちは全部で10体。
ただし、ハイ・トレントやパラライズ・トレントも混じっている。
中級冒険者であれば脅威であろう。
だが、俺にとってはただの雑魚だ。
槍の10連撃でヤツらを全て仕留める。
槍は久々だったけど、腕は錆び付いていないようだ。
フィオーナが「強っ」と漏らした小声を聞き取る余裕すらあった。
トレントを倒し終えた俺はフィオーナに向かう。
「大丈夫か?」
「ええ、助けてくれてありがとう、アル」
「……………………」
「どうしたの、アル?」
…………なんでバレてんの?




