171 謁見後4
「それで、もうひとつはなんなのじゃ」
「魔術学院についてだよ」
「魔術学院?」
陛下は意外そうな顔をする。
まさか、俺の口から魔術学院という言葉が出て来るとは思ってもいなかったのだろう。
「うん。現在、魔術学院は実質的には軍の養成機関と化してるよね?」
「ああ。それがどうかしたかね?」
「軍人に必要なのは高出力魔力による大規模攻撃魔法。それゆえに、学院でも評価の基準は魔法出力。そうだよね?」
「ああ、アルベルトの言う通りだ」
魔術学院での3人娘が言っていたように、やはり評価されるのは出力のみ。
このことは陛下も認識していたようだ。
「魔法出力が低いものは冷遇され、卒業後も魔法関連の仕事に就くことも出来ない。ウチの従業員から聞いたけど、低出力だってだけでロクな指導も受けられないらしいんだってね」
「儂も詳しく把握しておるわけじゃあないが、そういう傾向はあるだろうな」
「陛下、時代が変わったんだよ」
「ふむ」
「俺が中級回復ポーションの新製法を発見したことによって、時代が変わったんだよ。これからの物づくりは魔力操作を用いたものが主流になっていくんだ」
「それがアルベルトの予測か?」
「ああ。間違いなくそうなる。実際、ウチの商会でガラス製の神像を作っているんだけど、それも俺の弟子が魔力操作だけでやっているんだ。ほら、これだよ」
俺は首からかけていたビスケ作のセレス像ペンダントを外し、陛下に手渡す。
「なんと、精巧な……」
「【飛翔】、【空斬】、【空圧】。この3つの魔法だけで作ったんだよ」
「ふーむ」
陛下は考え込む。
「俺は高出力魔法を軽んじているわけではないよ。国を守るためには高出力魔法は必ず必要だ。ただ、それとは別に繊細な魔力操作に長けた魔法使いというのも、今後国が栄えていくために必要だと考えてるんだよ」
「たしかにな……」
「これからは魔術学院で、魔力操作も評価の対象にしてほしい。魔力操作に長けた人材を育て上げて欲しいんだ。ウチの商会で雇った学院出の子たちがいるんだけど、図書館の司書だったり、皿洗いだったり、魔法と関係のない職に就いていた。高い魔法操作能力を持ちながら、それを生かせずに働いていたんな」
「うーむ」
「ウチの子たちだけじゃあない。そういう人たちはいっぱいいる。高い魔力操作が出来る人間が生産職に就かないのは、国としての損失だ。陛下の力でなんとかして欲しい。頼むよ」
「アルベルトよ。そなたの話はよく分かった。シュルツよ、どう考える?」
「なかなかに厄介な問題ですな。財務大臣としましては、アルベルトの提案には一も二もなく飛びつきたいですな。経済的に見て、それ以外の選択肢はないでしょう。ただ、問題となるのが魔法省でしょうな。あそこはゴリゴリの魔法出力偏重主義です。魔術学院は魔法省の管轄。改革を進めるのはかなり困難でしょう」
「そうか……」
そこで、陛下は少し考え込む。
しかし、決断は早かった。
「よし、アルベルト。そなたの言う通りにしよう。魔術学院の改革は儂の後押しで必ずや実行させよう」
「ありがとう、おじさん」
「なに、構わぬことよ。お願いというから、自分のためかと思えば、他人のための願いとはな。そなたの願いは、民のため、ひいては国家のため。よくそのような幅広い考え方が出来るまでに成長したな。立派だぞ、アルベルト」
陛下が褒めてくれたが、それは俺の功績ではない。
「いや、俺じゃない。ニーシャのおかげなんだ。俺は新しい製法を発見して喜んでいただけだ。今言った考えを教えてくれたのはニーシャだよ。物を作ったとき、それが世間にどういう影響を与えるか、ちゃんと考えなきゃダメだって諭してくれたんだ」
「ほう。ニーシャさんが。やはり素晴らしいお嬢さんだ」
「ああ、ニーシャには本当に感謝している」
「じゃが、それはそなたの功でもあるぞ。優秀な仲間を得ること、それ勝る功はないからな。儂一人じゃ、国は回せん。なんとか上手くやれてるのはシュルツ始め多くの優秀な文官・武官に恵まれとるからじゃ。これからも良き仲間たちを大切にするんじゃぞ」
「はいっ!」
陛下にそう言われて、俺は嬉しかった。
「他にもなにかあるか?」
陛下にそう問われ、俺は最初から感じていた疑問をぶつけてみることにした。
俺は当初、この会談で王家側は4人参加するものだとばかり思っていた。
しかし、実際には両陛下と財務大臣の3人。
俺が予想していたもう一人はなぜいないのか?
アイツだったら、絶対に顔を見せるはずなのに。
なにか、用事でもあるのかな・
「フィオーナはどうしてるんですか?」
フィオーナは第三王女で上と歳の離れた末娘。
俺のひとつ年下の幼なじみだ。
小さい頃はよく一緒に遊んだし、俺が王城を訪れた際には、なんやかんや話をする仲だ。
「それが間の悪いことにのう。フィオーナは騎士学院に通っておるじゃろ」
ああ、そう言えばそうだった。
フィオーナは1年前の12歳の時から騎士学院に通っているんだった。
小さな頃から、お転婆で棒きれを振り回して騎士ごっこばかりしていた。
俺もよく付き合わされたものだ。
三つ子の魂百までというか、フィオーナは騎士学院に進み、騎士を目指して修行している真っ最中だ。
「それで少し前から休暇で帰省しておったのじゃ」
「そういえば、そんな時期だね。じゃあ?」
騎士学院や魔術学院はこれから夏に向けて3ヶ月ほどの休暇になるんだったな。
「うむ。昨日まではうちの騎士団に混じって訓練に励んでおったんじゃがな。今朝になってどこからか、そなたのことを聞きつけたらしくての」
「うん……」
嫌な予感しかしない。
「一ヶ月以内にこっちに来るぞ、と言ったのだが、待ちきれないようでな。取るものも取り敢えずパレトに向かってしまったのだよ」
「ははは。フィオーナらしいね」
「まったくじゃ。誰に似たものか」
「あなたですよ」
メイサさんに冷静にツッコまれ、陛下はわざとらしい咳をして誤魔化した。
「じゃあ、入れ違いになっちゃったわけだ」
「そうじゃの。あっちでよろしく面倒見てやってくれ」
「はい、分かりました」
「あの子が迷惑かけると思うけど、上手いことやってあげてね?」
「はい、メイサさん。なんとか対応するよ」
「お願いね」
フィオーナがパレトにやってくる。
こりゃあ、ひと波乱ありそうだ――。




