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17 一夜明けて


 朝だ。

 俺はワクワク気分で日の出とともに目を覚ました。

 隣のベッドでは、ニーシャがすやすやと眠っている。

 昨晩は気がつかなかったけど、この部屋は採光が良い。

 窓を少し開けて朝の日差しとともに、清々しい空気を取り入れる。


 自宅以外の場所で朝を迎えるのは久々だ。

 あらためて自分が新しい道を歩き始めたことを実感する。


 さっそく、ポーションが作りたくてしょうがないんだけど、寝ているニーシャを起こすのも忍びない。

 じれったい思いを抱えながら、ニーシャの寝顔を見て過ごす。

 大人びた言動とはうらはらに、可愛い寝顔だ。

 こうやって寝姿を眺めていると、あどけなさが残っているのが分かる。

 妹がいたら、こんな感じなんだろうか……。


 手持ち無沙汰だったので、収納から『錬金大全』を取り出す。

 『錬金大全』は大判の魔糸綴ましとじ本(魔力の込められた糸でかがって綴じられており数百年単位で劣化を防ぐ)で、俺にとっての聖典バイブルだ。

 大抵の魔薬や魔道具の製法が記載されている優れものだ。もちろん、初級回復ポーションも最初の方に載っている。

 小さい頃に誕生日プレゼントでもらって以来、暇を見つけては読みふけってきた。

 普通のやり方で製本された本だったら、とっくにボロボロになっているだろう。

 だけど、『錬金大全』自体が魔道具なので、今も新品同様綺麗なままだ。


 俺は無二の相棒ともいえる『錬金大全』をテーブルに乗せ、初級ポーションの製法が書かれたページを開く。

 最後に初級ポーションを作ったのは、確か7歳の頃だ。

 もちろん、作り方は覚えている。

 だけど、もう一度、初心にかえろう。

 俺の物づくり生活はここからスタートするんだ。

 俺はまっさらな気持ちで『錬金大全』を読み始めた――。


   ◇◆◇◆◇◆◇


「あら、起きてたんだ」


 『錬金大全』で他のポーション類の記事を読みふけっていたところ、出し抜けに声をかけられた。

 ベッドで目を擦っているニーシャからだった。

 俺は読んでいた『錬金大全』を閉じる。


「ああ、おはよう」

「おはよう」


 ニーシャが上体を起こしながら返事をする。


「興奮して眠れなかったの?」

「そういうわけじゃないけど……」


 お見通しよとばかり、ニーシャがフフフと笑った。


「あら、また凄い本読んでるわね」


 ベッドから降りたニーシャは、テーブルの上の『錬金大全』を見て、そう言った。

 『鑑定眼』でこの本の価値に気づいたんだろう。


「ちょっと中を見せてもらってもいいかしら?」

「ああ、構わないよ」

「うわー、古代ワコク語じゃない。ちゃんと読めるの?」

「まあね」

「へー、やっぱスゴいね、キミ」


 『錬金大全』は普段話したり、書いたりする言葉とは違う言葉――古代ワコク語で書かれている。

 俺は『錬金大全』を読むために古代ワコク語をマスターしたんだ。

 かなり頑張って習得しただけに、褒められるとやっぱり嬉しい。

 古代ワコク語の先生をしてくれたセレスさんに、心の中で感謝を捧げておいた。


「すぐに支度するわ、先に下に降りて待ってて」

「えっ…………あっ、うん」


 最初は一緒に降りればいいじゃないかと思ったけど、「女の子は誰にも見せられない支度の時間があるんです」というセレスさんの言葉を思い出した。

 おかげで、なんとか失言はまぬがれ、また「常識知らず」あつかいされずに済んだ。


 俺は『錬金大全』を『収納』に仕舞うと、階段を降り、食堂に向かった。

 食堂で席について待っていると、5分もしないうちにニーシャも降りてきた。


「おまたせ〜」


 ニーシャが席につくと、すぐに二人分の食事が運ばれてくる。

 フカフカのパンに、胡椒の効いたベーコンエッグ、サラダ、スープ、デザートに柑橘系のフルーツまでついてくるボリューミーな朝食だった。

 俺もニーシャもお腹が空いていたからか、大した会話もせずに、黙々と食事は進んでいった。


 食事を終え、部屋に戻ってくるなり、ニーシャは言い出した。


「どーせ、アンタ、ポーション作りたいんでしょ。私はちょっと情報収集に行ってくるから、好きなだけ作ってなさいよ。昼ごろには戻るから」

「うん、分かった」

「アンタ、散歩に連れてってもらう時の犬みたいな顔しているわよ。そんなに嬉しいの?」

「ああ、嬉しくって堪らない。今すぐにでもポーション作りたい」


 さっきまで『錬金大全』を読んでいたから、余計にポーションを作りたい欲求が高まっている。


「嬉しいのは構わないんだけど、嬉しすぎてそこら辺でおしっこしないでね」

「俺は犬じゃない」

「さて、どうかしら」


 俺をからかうのが楽しいのか、ニーシャはクックッと笑う。


「じゃあ、行ってくるわね」

「ああ、いってらっしゃい」


 ニーシャを見送ると、俺はすぐにポーション準備にとりかかる。


 ポーションの作り方は2つある。

 ひとつ目は液体に薬草の有効成分を溶けこませる煮出し式。

 ふたつ目は薬草をすり潰して有効成分を抽出する薬研やげん式。

 前者の方がマナ消費量は桁違いに多いが、品質の良いポーションを作れるので、俺はもっぱら前者の煮出し式を採用している。


 まずは、吸気石をテーブルの上に置く。

 魔力を用いた創作を行う場合に、有害だったり臭かったりする気体が副産物として生成されてしまう。

 初級回復ポーションづくりにおいても微量ではあるが臭い匂いが生じてしまう。

 魔石を加工して出来た魔道具である吸気石は、周囲の有害な気体を吸い込んでくれるシロモノだ。

 これで部屋に匂いが広がるのを防げる。


 使い方は簡単。まず最初に「起動スタンバイ」させると、吸気石は周囲の気体を分析し、記憶する。そして、「発動ゴー」で周囲の気体に変化があったら、その気体を吸収してくれるのだ。

 とても便利なアイテムで、物づくりには欠かせない一品だ。

 【虚空庫インベントリ】には山のように入れてきたから、遠慮することなく、ガンガン使っていく。


 そして、吸気石の隣に吸熱石も置く。これは熱を吸ってくれる魔道具だ。

 薬草を煮出し式で作る際にはマナ・ウォーターを沸騰させなければならないので、どうしても部屋が蒸し暑くなる。

 俺は高性能の服を着てるから問題ないけど、帰ってきたニーシャに文句を言われたら堪らないからね。


 続いて、テーブルの上に魔導コンロを設置。

 その上にミスリル大鍋をセットし、【創造魔法水クリエイト・マナ・ウォーター】で大鍋を満たす。


 マナ・ウォーター20リットル。これで初級回復ポーションが200本作れる分量だ。

 魔導コンロを用いたのは時間短縮のためだ。

 ミスリル大鍋自体にも加熱機能がついているけど、魔導コンロの火も用いることで、短時間で加熱が出来るのだ。沸騰するまで2〜3分だ。


 俺は【虚空庫インベントリ】から取り出したダイコーン草200株をテーブルの上に積み上げる。

 マナ・コーティングしてあるので、どれも新鮮な状態を保持している。まるで、引っこ抜かれた直後のように。


 ダイコーン草はまだ生きている状態だ。

 根っこを掴み、葉が下になるように逆さまに持つ。

 両手にマナを込めて、根っこに溜まった魔素を流し出す、茎を通り、葉に至るように。


 頃合いを見計らい、茎と根をミスリルナイフで両断する。

 必要のない根部分は捨ておき、両手で茎と葉をもち、大鍋のうえでマナ・コーティングを解除する。


 ダイコーン草の魔素が切り口から出て行くように両手で慎重に魔力コントロールする。

 ここが一番むずかしいプロセスだ。

 ここをいかに迅速に、正確にやるかで、ポーションの品質は変わってきてしまうのだ。


 魔素を含んだ液体がダイコーン草から鍋へ入っていく。

 液体は大鍋の中に落ちると、緑色の波紋を広げるが、すぐに消え去ってしまう。

 この大鍋を緑色で染め上げるには、山積みしてあるダイコーン草全部が必要なのだ。

 それで、綺麗な緑色をした初級回復ポーション200本が完成する。


「良し、まずは1株っと。後199株だ。さくさくやっていこう」


   ◇◆◇◆◇◆◇


「――196……197……198……199……200っと。できた」


 大体一時間で200株のダイコーン草から魔素を搾り取ることが出来た。

 これで初級回復ポーション200本が完成したことになる。

 後は容器に詰めるだけなんだけど、容器はどうしようか?

 家から持ってきたセレスさん作の容器は使えないし、今までに俺が作った空き容器は100本ほどしかもってきてない。

 自分でつくるか、他から買うか……。

 うーん、悩ましい。

 まあ、後で考えよう。


 ダイコーン草はまだまだ山のようにあるんだ。

 とりあえず、できるだけポーションを作るとしよう。

 久々にやったけど、やっぱり楽しいっ!


 よし、とりあえずポーション・プールを作るか。

 俺は部屋の一角に向かって【創造混凝土クリエイト・コンクリート】。

 バスタブみたいな、蓋のない直方体の容器を創り出す。

 コンクリートはセメントに砂・砂利・水などを混ぜて固めたもので、異世界勇者が持ち込み広めた素材だ。

 水だけでなく、魔素をも遮断するので、今回みたいな場合には適切だ。


 出来上がったポーション・プールに大鍋の中身を移す。

 ポーション・プールは容積200リットル。

 ポーション2千本分の容積だ。

 1回で20リットルのポーションができるので、10回繰り返せば満杯になる計算だ。


 さて、もう一度同じ作業の繰り返しだ。

 けど、思ったより時間がかかったから、今度は時短でいってみよう。

 さっきのは作成する過程自体を楽しんでいたからね。

 次は早く終わらせるよ。


 マナ・ウォーター20リットルを大鍋に注ぎながら、【虚空庫インベントリ】からダイコーン草200株を取り出す。

 マナ・ウォーターが沸騰したら、ダイコーン草を斬って魔素を取り出す番だ。

 さっきはミスリルナイフで切断した。

 ただ斬るだけじゃなく、マナの流れをコントロールしながら切らないと、魔素をロスしてしまう。

 ナイフが一番ミスしずらいけど、片手が使えなくなるのが痛い。

 それを回避するために、俺は両手にそれぞれダイコーン草を1株ずつ持ち――


「【空斬エアカッター】」


 風魔法の【空斬エアカッター】で2株を両断。


「よし、上手く行った」


 2株の魔素は無駄なく淀みなく、大鍋へ。

 作戦は大成功だった。


 これだけでも時間は半分になる。


 だけど、もっといい手が――。


 久しぶりにポーション作りに没頭できて、俺は興奮していた。

 だから、俺は挑戦してみる気になった。


 実は、この挑戦は初めてではない。

 小さな頃、確か6、7歳だったと思う。

 その頃、挑戦して失敗したしたんだ。


 でも、あの頃より魔力操作は格段に上達した。

 今のオレなら成功できる気がする。

 よし、やるぞっ!


 俺は机の上のダイコーン草198株に向けて一言唱える。


「【飛翔フライ】」


 風魔法の効果で、ダイコーン草が宙に浮かび上がる。

 根本が揃うように、慎重にコントロールしながら、大鍋の上に滞空させる。

 綺麗にそろったダイコーン草の束に向かって、また、風魔法を唱える。


「【空斬エアカッター】」


 ダイコーン草は根と茎の境目で綺麗に分断される。


「よしっ、成功だっ!」


 根っこは滞空させたまま、茎と葉を切り口が下に向くように移動させる。


 コーティング・マナを解除すると同時に風魔法を放つ。


「【空圧エアプレス】」


 手ではなく、空気の力で魔素を押し出していく。

 ダイコーン草の魔素はほとんどロスなく大鍋に入っていった。


「大成功だな」


 要するに、手を使っていたところを、魔法で代用したのだ。

 手は2本しかないし、できることに限りがある。

 少なくとも、俺は200株のダイコーン草を両手で揃えて持つなんてことはできない。

 だけど、魔法ならそれが出来る。

 昔に比べ魔力操作が上達したから、出来ることも増えたな。


 俺はあっという間に200本分のポーションを作り上げてしまった。


 さて、どうしようか?

 もっと大きい鍋があったら、もっと大量に生産できる。

 さっきの手応えだと、1回で1,000株くらいならなんとかなりそうだ。


 でも、そんな鍋ないし。

 自分で作れなくもないけど……。

 まあ、スピード競争してるわけじゃないから、今のままでいいか。


 俺は風魔法を使うやり方でどんどんと初級回復ポーションを量産しプールを満たしていった――。

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