165 貴族巡り
貴族巡りが始まった。
回る順番は爵位の順。
同じ爵位であれば、権勢の順。
権勢の順といっても、貴族事情に詳しくない俺たちは領主さまに尋ねて、教えてもらった。
その際、貴族相手に商売する場合の作法なども教わったが、領主様から「御用聞きするような出入りの商人と違って、そなたらの商会なら貴族を立てさえすれば多少上からの強気でも問題ない」とのお墨付きを頂いた。
どうやら、これだけの遺物を集めている俺たちは、それだけでそれなりの立場らしい。
遺物を欲しがる貴族は山ほどいるから、嫌な相手ならすぐに切って、他の相手を探せる立場なのだ。
貴族側もそれを知っているから、ちょっとしたことで目くじらを立てて、俺たちの機嫌を損ねたりはするようなことはしないわけだ。
ということを聞いて、俺たちは安心して貴族たちとの商談に臨むことが出来た。
一件につき、所要時間は30分。
俺たちは貴族相手の商売に取りかかった。
――某公爵との面会
「お会いできて光栄です、公爵様」
「いやいや、こちらも楽しみにしてたよ。貴族相手だからって固くならんで、いつも通りの調子で頼むよ」
「それでは、お言葉に甘えさせていただきます」
公爵はフランクな人だった。
好々爺といった感じの人物だ。
「私は遺物に目がなくてな。今日はどんなものがあるか、期待しておるよ」
「はい。こちらが当商会で現在ご用意できる品の一覧です」
商品の一覧が書かれた紙を侯爵に渡す。
チラシに使ったような安い紙ではない。
貴族向けのきちんとした最高級の魔法紙だ。
公的な書類にも使えるれっきとした品で、一枚千ゴルもする。
それに魔法のインクを使って書いてあるのだ。
「ほほう」
公爵はうなり声を上げる。
その目はおもちゃを前にした子どものように輝いている。
遺物好きを自称するだけはあるな。
「こりゃ、凄い。よくぞまあ、これだけ集めたもんだ」
ちなみに公爵はオークションでも俺たちが出品した物をいくつか落札してくれた。
公爵が落札した品は、どれも実用性に乏しい変わり種の遺物なのだが、そういうものこそ、公爵が求める遺物なのだ。
俺たちはレパートリーの広さをアピールするために、そういった変わり種も出品した。
宣伝になりさえすれば、入札者がいなくても構わないくらいの気持ちだったのだが、そこに見事に喰いついたのが公爵だったのだ。
当然のごとく、競争相手は現れず、公爵は最低落札価格で落札出来てホクホク顔だった。
俺達にとっても、いつ売れるか分からない様な品だったので、最低落札価格でも売れただけで御の字だ。
なんでも、公爵は王都に住み、王立歴史編纂局の長官を務めているそうだ。本人曰く「リタイアした者のためのお飾りの名誉職」だそうで、暇に飽かして趣味の遺物集めに打ち込んでいるそうだ。
「この『卓上武闘盤』というのはどんな遺物なのじゃ?」
多くの有用な遺物が並んでいる商品リストの中から公爵が選んだのは、もっとも実用性の低そうな名前の『卓上武闘盤』だった。
ニーシャがクスリと笑い、説明をする。
いかにも公爵らしいチョイスに思わず笑ってしまったのだろう。
「これはですね、50センチ四方の盤と5センチほどの12体の人形がセットの遺物になります。実物を見た方が早いでしょう」
俺は【虚空庫】から『卓上武闘盤』を取り出す。
テーブルの中央に盤を置き、その隣に12体の人形を並べる。ビスケの作る神像に引けを取らない精巧な作りの人形だ。
「ほう、【虚空庫】持ちか。それにしても、こりゃ、凄い人形だのう。まるで生きてるみたいじゃ」
公爵はすでに興奮気味だ。
この遺物の真の目的を知ったら仰天するんじゃないか?
12体の人形は剣士や斧使い、魔法使いなど、12種類、それぞれ異なった装備をしている。
ニーシャは試しに剣士と槍使いの二体を手に取る。
「ご覧のように盤上には2ヶ所、赤い丸と青い丸で囲われた場所があります」
「ふむ」
「そこにそれぞれ1体ずつ人形を置いて、このボタンを押すと使用できます」
「ふむ」
「公爵、押してみますか」
「うむ、分かった」
公爵が手をボタンに伸ばす。
公爵の興奮がこちらにまで伝わってくる。
この後になにが起こるか、公爵も予想がついているのだろう。
「では、行くぞ」
公爵がボタンを押す。
その瞬間、盤上の2体の人形が輝き、同時に動き出した。
「なんとッ!」
公爵が叫び声を上げる。
二体の人形は手持ちの武器で相手を攻撃しあう。
槍使いは間合いに入られないように槍を振るい、剣士はそれをかいくぐって間合いに入ろうとする。
その戦いは実際の人間の戦闘を観ているかのような臨場感溢れるものだった。
公爵も我を忘れ、真剣に見入っていた。
3分ほどの死闘の末、上手く相手に近づいた剣士が槍使いの首を落として勝敗が決した。
すると、盤面の赤い丸が光る。
開始時に剣士が立っていた方だ。
光ることで、剣士の勝利を伝えているのだ。
しばらくすると、また、二体の人形が光る。
すると、槍使いの首が胴体にくっつき、それ以外にも戦闘中に負った傷が修復されていく。
そう。人形たちは戦闘中に傷を負うのだ。
それがまた、臨場感を高める良い効果となっている。
公爵は勝敗が決しても、黙りこんだまま。
じっと盤面を見つめている。
「どうでしたか、公爵様?」
「……………………凄い。凄いじゃないかッ!!」
公爵は興奮してツバを飛ばす。
その公爵にニーシャが追い打ちをかける。
「しかも、この遺物の凄いところは、毎回、戦闘内容が変わるということです」
「なんとッ!」
「ですから、どちらが勝つか分からない真剣勝負を何度でも繰り返し見ることが出来るのです」
「それは凄いッ!」
「しかも、人形は全部で12体ありますので、戦闘の組み合わせは66通りもあります」
「おおおッ!」
「動力は『カートリッジ』式ですので、『カートリッジ』さえ交換すれば、永久に楽しむことができます。ちなみに、1つの『カートリッジ』で100試合行うことが出来ます。いかがでしょうか?」
「買ったッ! 言い値で買おう。幾らだ?」
「5千万ゴルです」
「安いなっ! おい、金を用意しろ」
公爵は安いと言ったが、この遺物は言い換えれば、「非常に精巧にできたオモチャ」だ。
確かに目を見張るものがあるが、鑑賞を楽しむだけの遊具でしかなく、実用性は皆無だ。
強いて使い途を挙げれば、賭博に使えるくらいか。
あれ、賭博に使うってもしかしたらいいアイディアなんじゃないか?
後でニーシャに提案してみよう。
結局、公爵は『卓上武闘盤』以外にも何点か購入し、売上は1億ゴルになった。
公爵とは月に一度、王都の公爵邸に伺う約束を取り付けた。
一人目にして早速のお得意様ゲットだ。
よし、次のお客さんのところに向かうか。




