161 開店当日7
午前11時過ぎ。
俺は相変わらず、店先に立っていた。
5分ごとに客の入れ替えをするためだ。
ちなみに、整理券は午前8時前には全て捌けた。
本日の営業終了は午後6時。
12時間営業するわけだが、5分ごとに10人の入れ替えなので、計1,440人。
これだけの人数が早朝に集まったのだ。
俺たちが期待していた以上の前評判だった。
だから、今の俺の仕事は5分ごとの入れ替え。
そして、ポツポツとやってくるお客さんに事情を告げてお引き取り願うことだ。
その際、希望するお客さんには明日の分の整理券を渡している。
明日も行列を作られたら困るからだ。
ほとんどのお客さんは納得して、整理券を受け取って去ってくれる。
中には、ゴネる客もいるが、そういう場合はちょっと殺気を飛ばしてお話すれば納得してくれる。
こういう役目もあって、俺が外を担当しているのだ。
店内の様子も分からず、何がどれくらい売れているかも分からない。
だけど、店を出て来るお客さんたちは皆いい笑顔をしている。
それを見れるだけでも、十分に嬉しい気持ちになってくる。
声を掛けてきてくれるお客さんもいて、「良い品揃えだね」「また来るよ」「良い買い物が出来たよ」「贔屓にするからな」などと言われると、開店準備に一ヶ月もかけて、万全の体勢を整えた甲斐があったな、と感慨深いものがある。
今も、お客さんにお礼を言われ、いい気分に浸っていたところ、通りの向こうから騒がしい一団がやって来た。
と言っても、騒いでいるのは一人だけ。
4人組の集団だ。
中心には俺と同じくらいの少年。
それを取り囲むように3人の大人。
全員が武装をしているが、冒険者らしくはない。
少年が大声でわめき散らし、他の3人はそれに追従している。
貴族のボンボンと護衛の騎士たちだろう。
少年は我が物顔で道の真ん中を歩き、こちらへと向かってくる。
厄介な相手だな……。
少年は店の前に並んでいる人々を無視し、当然のように店に入ろうとする。
「我はハイエク伯爵の五男であるジョン・ハイエクだ。道を開けよッ」
どっかで見覚えがある顔だなと思っていたが、思い出した。
俺がニーシャの冒険者登録に付き添って冒険者ギルドを訪れたときに出会ったクソガキだ。
コイツはあの時も受付に並ぶ列を無視して、我が物顔で横入りしようとした。
その上、ニーシャに絡んできたので、バレないようにこっそりと失神させたんだったな。
その際、お付きの女性騎士が「若様にはイイ薬になった」と言っていたが、まったく反省してないようだな。
さて、どうしたもんか。
どうせ、まともに話が通じる相手じゃない。
それに、この前揉めた時、コイツは俺の大切な相棒であるニーシャを傷つけようとした。
その時の恨みもあるし、今回もサクッとご退場願おう。
俺は【虚空庫】から小石を取り出し、前回同様、人差し指で弾き飛ばした。
小石はクソガキの顎をクリティカルヒット!
脳みそを揺さぶられたクソガキは意識を失い、その場に崩れ落ちる。
「大丈夫ですか?」
俺はクソガキに駆け寄り、その身体を支える。
わざとらしい自作自演だ。
慌てて二人の男性騎士が寄ってきたので、彼らにクソガキの身体を預ける。
前回と同じく男性騎士たちは理解していないようだが、女性騎士――確かフレデリカと言ったか――にはしっかりとバレているようだ。
「毎度毎度済まないな」
と申し訳無さそうに謝罪してきた。
毎度毎度と言うあたり、この前のことを覚えているのだろう。
「しっかり躾けておいてよ」
「若はご当主の末っ子で甘やかされて育ってな。身体は大きくなっても、中身はワガママな幼子並なんだ」
「アンタも大変だな」
「ああ」
フレデリカが苦笑する。
「だが、次はないからな。三度目は穏便に済ますつもりはないぞ」
「ああ、肝に銘じておく」
俺はキツく釘を差しておいた。
俺のためじゃない。
そこで伸びてるクソガキな若様の為、ひいてはその父親であるハイエク伯爵の為。
一度や二度は躾のなってないクソガキで済ませてやっても、三度目は許すつもりはない。
今度、似たようなことがあれば、俺は容赦するつもりはない。
俺は誰かに権力を振りかざすつもりはないが、相手が権力を振りかざしてくるなら、本気で対処するつもりだ。
特にその対象が俺個人ではなく、仲間や商会がターゲットとなる場合は。
もし、今度ウチの商会に因縁をつけてきたら、そのときは本当の意味でこのクソガキは終わる。俺が終わらせる。
そうならないように、フレデリカにはしっかりと躾けておいてもらいたいものだ。
「俺のことを伯爵に伝えても構わないから、伯爵直々に躾けてもらっときな。その方がお互いの為だと思うぞ」
「ああ、私からも頼み込んでおく。今回は本当に済まなかった」
俺とフレデリカが話し込んでいると、男性騎士のひとりが話に加わってきた。
「団長、どうしたんですか?」
「いや、何でもない。店の前でいきなり若が倒れて迷惑をかけたから、謝罪していたのだ」
「謝罪? 相手は平民ですぜ?」
「相手が誰であろうと、こちらが礼を失したら、謝罪するのが当然であろう」
「はあ? 団長は相変わらずですねえ」
平民を見下すその態度にカチンときた。
「いつまでも店の前にいられるとジャマなんで、さっさと帰ってもらえるか」
「なんだッ、その口の効き方はッ」
「グレン、いいから帰るぞ」
「チッ」
グレンと呼ばれた男性騎士は怒りが収まらないようだが、上司の命令には従わざるを得ないようだ。
フレデリカに言われ、渋々と引き下がった。
失神したクソガキを男性騎士二人が両脇に抱えるようにして、一行は去って行った。
開店初日に縁起でもないな。
そう思っていると、並んでいた観客から拍手が起きた。
「よう、兄ちゃん、カッコ良かったぞ」
「ああいうボンボンは一回痛い目を見たほうが良いんだ」
「スカッとしたな」
「この店、気に入ったぜ」
「ああ、最高だ」
自由を尊ぶ冒険者には、俺の行動がウケたようだった。
みんな、貴族の横暴には腹に据えかねるものがあるのだろう。
俺がクソガキを撃退したことで溜飲を下げたのだ。
皆、晴れやかな顔をしている。
その顔々を見ていると、嫌な気持ちも吹き飛んだ。




