160 開店当日6
「おう、待たせたな」
「いえ、兄貴、平気っす」
「話は聞いてたか?」
「へい、大体は」
「じゃあ、これ見て何買うか考えとけ。時間はたっぷりあるだろ」
俺はチラシをコイツラに配る。
「兄貴のオススメってどれっすかね? 正直、俺たち兄貴の店が見たいって来ただけで、特に何を買おうとか決めてないんすよね」
「そうだな……」
俺は少し考えこむ。
鍛冶職人のコイツらに必要な物……。
そうだ。
「これなんかどうだ?」
チラシのある箇所を指しながら提案する。
「バッカス像のペンダント、1万ゴルっすか」
「ああ、そこにデカいバッカス像があるだろ」
「ええ」
「それを作ったのは俺の弟子なんだが、そいつが作った一品だ」
「ええええ、兄貴、弟子がいるんすか?」
「ああ、少し前からな。ガラス細工の弟子だ」
「ええええええ、兄貴、ガラス細工も出来るんすかっ!?」
「ああ、そこのセレス像は俺が作ったんだぞ」
「えええええええ!!!!!」
絶叫した後、いきなり小声になって、「兄貴すげえ」「兄貴やべえ」「兄貴とんでもねえ」と囁いている。
「ともかく、そのペンダントはお前らにもお誂え向きだぞ。ちゃんと加護がかかってるからな」
「マジっすか?」
「ああ、冒険者にとっては攻撃力が少し上昇するし、お前らにとっては鍛冶技能に補正が入る。持ってて損はないぞ」
「鍛冶技能に補正……。鍛冶が上手くなるってことですか?」
「ああ、10が11になるくらいのものだけど、持っていると持っていないとじゃ大違いだぞ」
「そんな優れ物が1万ゴルっすか……。絶対に買うっす」
またまた、ヤツらは小声になり、「おい、お前、金足りるか?」「ギリギリなんとか」「ヤバい、2千ほど足りない。誰か貸してくれ」「いやいや、他人に貸すほどの余裕はねえよ」とささやき声で会話を交わす。
「一時的に品切れになるかもしれないけど、継続して販売するつもりの商品だから、無理して急いで買うことないぞ。焦って変なところから借金したりするなよ」
「「「「「へいっ!」」」」」
返事だけは威勢が良い。
本当に分かっているのかどうか、不安になるが。
「それじゃ、ちゃんと時間通りに戻ってくるんだぞ。遅れたら整理券は無効だからな。いくら知り合いの誼でも無理なものは無理だからな」
「「「「「へいっ!」」」」」
「なんとか仕事を抜け出して、来れる奴だけでも来ますぜ」
「まあ、無理するなよ」
「分かってますって」
「そうか。それとこれは来てもらったお客さんに配っているオマケだ」
俺は一人ずつに特製干し肉の欠片を配っていく。
「へっ? 干し肉っすか?」
普通、干し肉といえば、ひたすらに塩っ辛いだけ。
好きこのんで口にするようなものではない。
冒険者にとっては重宝する干し肉だが、それはあくまでも保存が利き携行に便利という長所があるからだ。
街から出ないコイツらにとって干し肉とは、最低ランクの酒のツマミでしかない。
この拍子抜けしたような反応も当然だろう。
「まあ、いいから食ってみろよ」
「兄貴がそう言うなら……」
コイツもあまり気が進まない様子だったが、俺に言われてしぶしぶと干し肉の欠片を口に放り込んだ。
「うめえええええええ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
特製干し肉を食べたドワーフの男は何回か噛み締めた後、絶叫を放った。
それを見た他のヤツらも、手に持った干し肉の欠片を口に入れる。
「マジでウマいな」
「こんな美味いもん初めて食ったぞ」
「これが干し肉だって?」
「ぜんぜん別物じゃねえか」
「これがあったら、メチャクチャ酒が進むな」
「おう。これをツマミに一杯やりたいな」
「ああ、酒が止まらなくなりそうだ」
口々に感想を述べるドワーフたち。
その顔はすっかり特製干し肉の虜になっている顔だった。
「兄貴、この干し肉も絶対に買うっす。有り金を叩いて、買えるだけ買うっす」
「まあ、焦るな。数量制限があるから、買える量は決まってるぞ」
「そうなんすか。ちなみにお値段は?」
「普通の干し肉の2倍程度だ」
「2倍!? それ、安すぎますよ」
「あんま上げ過ぎると、他の物買ってもらえなくなるだろ」
「たしかに……」
「まあ、無理のない範囲で買ってくれ。大量に作ってあるから、売り切れることもないし、また、後日でも良いんだぞ」
「そうっすか。分かりやした。また、夕方に来るっす」
「仕事中じゃないのか?」
「そこはなんとか師匠に頼み込んでみるっす」
「そうか」
「それじゃあ、兄貴、失礼するっす」
「おう、またな」
ドワーフたちは別れを告げると、去って行った。
一人の少女を残して。
ナナさんだ。
リンドワース武具店の鍛冶師たちの中では一番の下っ端、まだ見習いのような立場の少女だ。
ドワーフが占める中、一人だけ普人種の少女。
俺よりひとつか、ふたつ年上なくらい。
鍛冶師としてはまだまだ、駈け出しもいいところだろう。
以前会った時に、ひと言ふた言交わしただけだけど、その時に触れた彼女の気概に俺は心を打たれた。
きっとこの少女は一流の鍛冶師になるだろう。
そう予感したのだった。
そんな彼女が一人残され、なにか言いたげに佇んでいた。
「ナナさん、どうかした?」
「名前、覚えていてくれたんですね」
「ああ、握手まで交わしたじゃないか」
その手は固く、毎日一生懸命に槌を振るう人間の手だった。
「嬉しいです」
「それで、なにか用かい?」
「実は…………折り入ってお願いがあるのですが……」
「なんだい?」
「アル兄さんが都合がよろしいときで構いませんので、アル兄さんが武器を打つところを見学させて欲しいんです」
彼女が真剣に頼み込む姿を見れば、邪険にするわけにもいかない。
「それは構わないけど、なんでまた、俺のところへ?」
「この間見せていただいたミスリルナイフ。あれが頭から離れないんです。確かに、武器の完成度としてはリンドワース師の方が上です。でも、私にはあの荒削りなナイフの方が魅力的に思えたんです。私もあんな武器を作れるようになります。そのためにも、アル兄さんの仕事している姿を見せていただきたいんです」
熱弁するナナさん。
その真摯な態度が伝わってくる。
「分かったよ。俺の方は構わないけど、リンドワースさんの許可は?」
「はい。もちろん、師匠の許可は取ってあります。『良い経験だから、色々学んで来い』と喜んで送り出してくれました」
「そうか、じゃあ、なんの問題もないな。今は開店騒ぎで構えないけど、半月くらい経って落ち着いた後だったら構わないよ」
「ありがとうございます」
ナナさんは跳びはねるようにして、全身で喜びを伝えてくる。
「じゃあ、またそっちの工房に行った時に、具体的な日時を決めるようにしよう」
「はいっ! よろしくお願いしますっ!」




