16 2千万ゴル
「これだったら、1本2千万ゴルでも売れるわよ」
2,000ゴルじゃない、2千万ゴルだ!
「いやいや、いくらなんでもそれはないだろ! いくら倍の効能とはいえ、ただの初級ポーションだろ?」
「そう。いくら品質が良いとはいえ、ポーション自体にそこまでの価値はないわ」
「だったら…………」
いろいろと理由を考えてみるけど、なにも思いつかない。
2,000万ゴルといえば、白金貨で20枚。
いくら非常識な俺でも、ポーション1本で2,000万ゴルというのが尋常な値段じゃないことくらいは分かる。
中身はただの初級ポーションだ。ニーシャが言うには市販のより効能はいいらしけど、それでも所詮は初級ポーションだ。
ちぎれた腕がくっついたり、斬られた内蔵を元に戻したりするほどの効能はない。
じゃあ、なんでそんな高額な値段がつくのだろう…………。
「問題は容器よ」
「容器?」
「ええ。特級品質のガラス容器にこれだけ精巧な女神像の細工。衝撃耐性がついているから割れないし、品質保持が付与されているから中身も劣化しない。さらには、女神セレスの加護まであるのよ。こんなの王族やS級冒険者向けの品よ」
実家に転がってた空き瓶を持ってきただけなんだが……。
おまけに、同じようなのが【虚空庫】に100本くらい入ってんだけど……。
「この容器は、エリクサーやソーマといった伝説級の秘薬を入れるためのものよ。それに初級ポーションを入れちゃうなんて……呆れてものも言えないわ」
「…………」
「これを売るだけで、立派な家が買えちゃうけど?」
実家から持ち出してきたものを使う際には注意しないとな。
俺は迂闊だった自分の行動を反省する。
「あー、すまん。それを売る気はないんだ」
「理由を聞いてもいいかしら」
「ニーシャが自分の力だけでやってみたいって言ったのと同じだよ。その容器はもらいものだ。俺が作ったものじゃない。家を出るときに色々持ってきたけど、それはあくまで自分で使うためのものだ。自分で作ったモノ以外は他人に売る気はないよ」
「…………」
俺としては絶対に譲れない一線だ。
もし、このこだわりを受け入れてもらえないなら、残念ながらニーシャとは一緒にやっていけない。
それくらい、俺にとっては大事なこだわりだった。
真剣な視線が交差する。
ニーシャはフッと頬をゆるめた。
「分かったわ。じゃあ、しまっときなさいよ」
「ああ、ありがとう」
ニーシャはとくに咎めることもなく、ポーションを手渡してくれた。
「ニーシャは正直なんだな……」
「なにがよ?」
「『私が売っておいてあげる』、とか言って普通のポーションのフリして受け取っちゃえば良かったじゃないか。いくら自分が作ったもの以外は売らないとは言っても、容器までは気が回ってなかったから、ニーシャに指摘されなきゃ、そのまま渡してたところだったよ」
そうすればニーシャはボロ儲け。
念願の自分の店だった即座に持つことができただろう。
だけど、彼女はそうしなかった。
「そんなもったいないことしないわよ」
「商人だったら、儲けは見逃さないんじゃないのか?」
「ええ、もちろん。だからなのよ。あなたという商品が生み出す価値に比べたら、2,000万ゴルなんて端金みたいなものよ」
「ずいぶんと買いかぶってもらってるようだな」
「ええ、商品を見る眼には自信があるから」
「じゃあ、せいぜい買い叩かれないよう気をつけるよ」
「ええ、頑張ってね」
二人で笑い合う。
話が一段落した。
俺は再度二人分のお茶を淹れる。
長い時間話し込んだけど、ニーシャの話はとてもためになった。
さっそく、いくつもの役立つ知識を幾つも教わった。
忘れないうちに要点を整理しておこう。
・普通薬草は安全な森の浅いところで採取する。間違ってもファング・ウルフの縄張りで採取しない。
・薬草採取の際に、ミスリルナイフを使うような贅沢は普通しない。というか、ミスリルナイフを所持できるなら、薬草採取よりもっと良い儲け口がある。
・普通はファング・ウルフとは戦わない。むしろ、縄張りに不用意に近づいたりしない。間違っても群れを殲滅したりしない。
・一般的な初級ポーションを1本作るのにダイコーン草は5本必要。
・初級ポーションは50ギルくらいの安い容器に入れる。間違ってもの女神の加護付きの容器に入れない。
・どうやら、ポーションの作成方法も俺のやり方は非常識らしい。
こうやって列挙してみると、俺がどれだけ世間の常識から離れているか突きつけられてるみたいだ。
やっぱり、俺は非常識なのか…………。
ニーシャと出会えなかったら、とんだ失敗をやらかすところだった。
彼女と知りあえて本当によかった。
俺は、幸運を噛み締めていた。
「はあ、疲れたわ。ほんと、アンタとんでもないわね」
「まあ、自分に常識がないことは自覚したよ。これからもいろいろ教えてくれ。頼む」
「ええ、もちろんよ。相棒だものね」
そう言って笑うニーシャに救われた気持ちになる。
「じゃあ、休憩もしたし、そろそろポーションの作り方でも――」
先ほどの話で、どうやら俺のポーション作成法は一般の製法とは異なるらしいことが分かった。
どうせだから、作るところをニーシャに見てもらって、意見をもらいたいところだ。
だけどニーシャの返事はつれないものだった。
「はあ? 今日はもう寝るわよ。疲れちゃったし」
「大丈夫。俺まだ元気だよ。全然疲れてないよ。ポーション作りだったら、一週間くらいはぶっ続けでできるよ」
「そういうところまで非常識ね。私が疲れてるの。だから、この話はもうおしまい。ポーションを作るところは明日見せてちょうだいね」
まあ、こちらは教えてもらう立場だ。
ニーシャがそういうならば、仕方がない。諦めるとしよう。
そんなわけでニーシャとの有意義な時間は終わり、寝支度を整える。
この宿にはシャワーはなかったので、湯で濡らしたタオルで身体を拭くだけだ。もちろん、交代で部屋を出てやった。
別に、魔法で見えないようにすればいいんだけど、ニーシャが落ち着かないとの理由でだ。
やっぱり、家を持つとしたら、シャワーや浴槽を設置したくなるな。
作ったことはないけど、実家の浴室で仕組みは理解しているから、問題なく作れるだろう。
「じゃあ、寝ましょうか」
ニーシャに促されてベッドに入る。
もちろん、別々のベッドだ。
暗くなった部屋の中、ベッドに入った俺は今日一日を振り返る。
王都に入った初日だというのに、二人の人間と知り合った。
ファンドーラ商会のスティラと商人のニーシャ。
もう一人ヘンなオヤジにも会ったけど、もう二度と関わることはないから数に入れなくていいだろう。
スティラはこんな俺に親切にしてくれた。
今後、機会があったら、また会いに行ってみよう。
そして、ニーシャだ。まさか俺に仲間ができるとは思わなかった。
会った初日だけど、ニーシャは信頼に足る誠実な人間だと思う。
知り合いの商会長も「商人は誠実さが第一」って言ってたな。
ニーシャとはこれから良い関係を築いていきたいな。
ベッドに入って回想していたけど、やっぱりムラムラしてしまって眠れない。
期待に胸がドキドキと高鳴る。
やっぱり……やりたい。
衝動を沈めようとするが、やっぱりヤりたい気持ちが持ち上がってくる。
薄闇の中ニーシャの方を見やる。
ガサゴソと寝返りをうっており、まだ寝付いてはいないようだ。
「ねえ、ニーシャ」
「…………なっ、なによ?」
俺が小さく声をかけると、慌てたような反応が返ってきた。
「お願いがあるんだ」
「…………なによ」
「さっきの話だけどさ……」
「…………だから、なんなのよ」
何故か緊張したようなニーシャの声だ。
その声に少しためらわれるけど、俺は意を決して口を開いた。
「やっぱり、今からポーション作っていい?」
「ばかぁあああああ!!!!」
響き渡るニーシャの怒声とともに枕が飛んできた。
「さっさと寝なさいっ!!!!!」
なぜ怒られたのだろうか?
解せぬ…………。
まさキチです。
お読みいただきありがとうございました。
今回で第1章ニーシャとの出会い編はお終いです。
第2章から少しずつ物語が動き出して行きますので、ご期待下さい。
これを期にサブタイトルをつけてみました。
いかがでしょうか?
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