159 開店当日5
午前7時過ぎ。
「おう、アル兄。おはよっす」
「「「「「おはよっす」」」」」」
10人ほどのグループがやって来た。
一人を除いて皆、寸胴むっくりで毛むくじゃらの男たち――ドワーフの一団だった。
残りの一人は普人種の少女。たしかナナという名だったはず。
ナナさんはペコリと頭を下げる。
やって来たのはファンドーラ武具店所属のドワーフたちだった。
皆、武具職人でリンドワースさんの弟子だ。
俺は「アル兄」とか「兄貴」とか呼ばれ、彼らには懐かれている。
「てゆうか、兄貴、像が増えてますよね」
「ホントだ」
「バッカス様じゃねえか」
「マジだ」
「すげー」
コイツらはまず、店の入口に設置されている神像に注目したようだ。
バッカス像は比較的最近設置したばかりなので、コイツらは知らなかったのだろう。
ドワーフで鍛冶師なコイツらが信仰しているのは当然バッカス神。なにやら全員で拝み始めた。
そして、それが一段落すると、俺に話しかけてきた。
「アル兄、開店おめでとうございます」
「「「「「おめでとうございますっ!」」」」」
「おう、ありがとな」
「兄貴の店だから、もっと賑わっていると思ったんですが、意外と少ないっすね」
「バカ、まだ開店直後だろ。これから増えてくるんだよ」
「みんな俺たちみたいに朝早くから来るわけじゃねえんだよ」
「あっ、そうか」
開店から一時間。
行列に並んでいた人たちは整理券を受け取って解散したし、『紅の暁』の一団も帰って行った。
今店の前にいるのは番が近い十数人だ。
「お前ら、勘違いしてるぞ」
「なにがっすか?」
「お前らは出遅れ組だぞ」
「はっ!?」
「えっ!?」
「なっ!?」
「第一陣は店が開くもっと前から並んでたぞ。午前6時の時点で千人近く並んでたな。開店を一時間前倒しにしたくらいだぞ」
「千人!?」
「すげー」
「さすが兄貴」
「でも、それなら、その並んでた人たちはどこへ?」
「整理券を渡して解散してもらったんだよ」
俺はコイツらに入れ替え制と整理券を説明してやる。
「へー、上手いこと考えましたね」
「それだと、店も混雑しないっすね」
「さすが兄貴」
「いや、考えたの俺じゃねえよ。なんでもかんでも俺を持ちあげればいいと思ってんじゃないか?」
「へへへ、すいやせん」
俺は一人ずつ、整理券を手渡していく。
「ほら、これがその整理券だ。お前たちは16時ちょうどと16時5分の回だな。時間に遅れたら無効だから気をつけろよ」
「「「「「はいっ!」」」」」」
「でも、16時かあ」
「完全に出遅れたな」
「まあ、良かったじゃないか。もう少し遅かったら、今日は店に入れなかったところだぞ」
全員「やらかした〜」という態度なので、慰めの言葉をかけてやる。
「そうだよな。兄貴の言う通りだ」
「だな。入れるだけラッキーってもんよ」
と一部は納得したようなのだが……。
「だから、昨日は早めに切り上げようって言ったじゃねえかっ!」
「なんだと、そう言いつつ、お前も後一杯だけって粘ってたじゃねえかっ!」
「いや、俺は早く帰ろうって言ったぞ!」
「うるせー、オマエ寝坊したじゃねえかっ!」
と何人かは掴み合って、喧嘩を始めた。
「おい、お前ら、人の店先で騒ぐんじゃねえ。営業妨害する気かっ!」
俺がドスの利いた声を出すと、喧嘩していた奴らは静かになる。
「うっ……」
「いやっ……」
「そんなつもりじゃ……」
そこに喧嘩していなかった奴が声をかける。
「ほら、兄貴にちゃんと謝れよ」
「兄貴すいませんでしたっ」
「「「「「すいませんでしたっ!」」」」」
ぴしっと姿勢を正し、深く頭を下げるヤツら。
「おう。分かれば良い。次から気をつけろよ」
「「「「「はいっ、兄貴ッ」」」」」
「つーか、今の話を聞いたけど、お前ら、本物の酒飲みか?」
「へっ!? 当たり前だあ」
「『紅の暁』の面々は朝方まで飲んで、その足でここに並んで酒盛りしてたぞ」
「うっ……」
「お前らも酒飲みを名乗るなら、それくらいしてみろよ」
「うぅ。すみません、兄貴」
「その手があったか」
「早めに切り上げるんじゃなくて、夜通し飲み続けるべきだったな」
「でも、それじゃあ、今日一日使い物にならなくて師匠にどやされるしなあ」
「たしかにな」
ガハハと笑い合っている。
コイツら全然反省してねえな。
まあ、しょうがない。
悪い奴らじゃないし、俺になにか害があるわけでもないしな。
コイツらの面倒を見なきゃならないリンドワースさんは大変だろうが……。
「そういえば、リンドワースさんは? 姿が見えないけど、忙しいのか?」
「いえ、姐御は『今日は混雑して落ち着いて見られないだろう。そんな日に行っても迷惑なだけだ。後日ゆっくり行くよ』って言ってました」
リンドワースさんに俺の武器を見てもらいたかったから少し残念だけど、そういう風に気を使ってもらったんならしょうがないな。
ったく、師匠が気遣いできるのに、コイツらったら……。
「そうか。おっ、ちょっと待ってろ」
「はいっ」
新たな来客だ。
男女カップルの冒険者。
二人とも二十歳くらいだ。
装備から判断すると10階層をクリアした辺りかな。
だとしたら、丁度いい武器が揃っているので、是非お買い上げ願いたい。
「ここがノヴァエラ商会か?」
「ああ、そうだ。申し訳ないけど、すぐには入店できないんだ」
俺は入れ替え制と整理券について説明する。
「なるほど。噂の店というのは本当だったようだな。また、夕方に寄らせてもらおう」
俺は二人に整理券とともにチラシと特製干し肉を渡すと、二人は去って行った。




