157 開店当日3
「まあ、待ってよ。せっかく並んでもらったから、おまけがあるんだ」
俺は肩掛けカバンに入った瓶の中から、小さい干し肉の欠片を取り出し、並んでいる面々にチラシとともに配っていく。
「なんだい、こりゃ? 干し肉?」
「チラシに書いてあるけど、今回ウチが発売する特製干し肉だ。味見してみてよ」
「そうか」
ナタリアさんは受け取った干し肉をポイッと口に放り込む。
もぐもぐと咀嚼し、ナタリアさんの表情が蕩ける。
幸せそうに干し肉を噛み締め、最後は名残惜しそうに飲み下す。
「……………………」
ナタリアさんはしばし、無言で固まっていた。
「うまい〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
ナタリアさんはいきなり大声を上げた。
「ナタリアさん、お静かに」
「ああ、スマンスマン。思わずな」
「どうですか? ウチの干し肉は」
「どうもこうもあるか、こんなに美味い干し肉は食ったことねーよ」
「でしょ?」
「干し肉ってのはどれもひたすら塩っ辛いだけで、味もなにもあったもんじゃねえ。保存食になるから仕方なく食ってるもんだ。だけど、こりゃあ、別次元じゃねえか。下手したら、普段の食事より美味いぞ」
「気に入ってもらってなによりだよ。いっぱい買っていってくれ。ウチ以外じゃ絶対に手に入らない品だよ」
「言われなくても、そのつもりだよ。みんな、購入上限まで買い込もうな」
他のメンバーの反応は綺麗に2つに別れた。
既に干し肉を受け取ったメンバーは力強く頷いている。
一方、まだ受け取っていないメンバーは半信半疑で、早く干し肉を寄越せと目で訴えかけている。
「順番に配るから、待っててな」
俺は干し肉とチラシ配りを再開する。
干し肉を受け取った人たちは、すぐに口に放り込み、その美味さに驚いている。
期待通りの反応だ。
それもそのはず。この干し肉はただの干し肉じゃあない。
ハチミパウダーを大量にまぶして熟成させた特製干し肉だ。
美味いに決まっている。
ウルフの串焼きやウヌ重などでハチミパウダーの破壊力を知っている俺でも美味いと思った一品だ。
ハチミパウダー初体験の彼らにとっては衝撃だろう。
特許の関係上、このハチミパウダーを用いた干し肉は俺かランガース師が許可しなければ、製造販売出来ない。
ランガース師が干し肉を作ることはまずないだろうから、俺たちの独占販売だ。
一度、この味を知ったら、もう元の干し肉には戻れないだろう。
値段は通常の干し肉の2倍だが、飛ぶように売れることは間違いなしだろう。
特製干し肉は大量に作った。
市場で牛肉を買い求め、まずは干し肉に適した形に切り分ける。
これは俺と3人娘の4人掛かりでやった。
普通に刃物で切るのではなく、【空斬】の魔法で切るのだ。
俺はもちろん、レベル60超えの彼女たちも上手に【空斬】を使いこなし、どんどんと切り分けていった。
彼女たちには良い魔法のトレーニングになったことだろう。
切り分けが終わったら、塩・胡椒とともに、ハチミパウダーをふんだんにまぶしていく。
ここまで出来たら、実質的な作業はほぼ終わったようなもんだ。
後は【虚空庫】に次から次へと放り込んでいき、【熟成】の魔法をかけて寝かせておけばいいだけだ。
牛肉とシチミパウダーは市場で簡単に手に入るし、残りのダイコーン草も中級回復ポーション作りの副産物として大量に確保できる。
特製干し肉は作るのが簡単な割に、大受け間違いなしの商品なのだ。
こうして、俺たちは大量の特製干し肉を開店までに用意したのだ。
行列に並んでいる人たちが全員購入上限まで買い込んだとしても、売り切れにならないほどの量を用意してある。
これで、今日訪れたお客さんたちは特製干し肉の虜になるだろう。
そして、干し肉というのは消耗品だ。
当たり前だが、食べればなくなる。
こうして、彼らはノヴァエラ商会を定期的に訪れるリピーターとなるのだ。
完璧とも言える計画だ。
その計画が上手く行きそうであることは、特製干し肉を口にいた人々の顔を見れば一目瞭然だ。
俺は満足しながら、『紅の暁』の面々に干し肉とチラシを整理券と共に配って行った。
「アルさん」
列の中から声をかけられた。
緑色の髪をツインテールにした小柄な少女。
以前、俺がミスリルナイフを売った少女だ。
「この前売ってもらったナイフ、凄い気に入ってるよ」
レイラは満足そうな笑みを浮かべている。
その曇りない笑顔を見ていると、嬉しいのだけど心が苦しくなる。
その理由は――。
「ライラさん。実は謝らなきゃならないことがあるんですよ」
「ん? なんだい?」
「実はあの後、もっと性能が良いナイフを作れるようになったんですよ」
「なんだって!?」
「詳しくは言えないのですが、とある遺物を手に入れまして、同じ性能のまま【切味上昇】を付与したミスリルナイフを作れるようになったんです」
「!? 同じ性能ってことは、込められる魔力量はそのままで?」
「ええ」
「本当かよっ!?」
「ええ、本当です。ここに載っているやつです」
俺はチラシの該当箇所を指し示す。
そこには『ミスリルナイフ(【切味上昇】付与) 500万ゴル』と書かれている。
「まあ、遺物ならそんなことも可能かもな」
「この前お会いした時点では間違いなく最高の一品だったんですが、この短期間でより良い物が作れるようになったのが申し訳なくて……」
「そりゃ、しょうがないだろう。アルが悪いわけじゃない。気にするなよ」
「でも、さすがに申し訳ないので、もし、買い換えるんだったら、この前のミスリルナイフを売値の100万ゴルで下取りするよ」
「そうか、気を使ってくれてありがとな。でも、500万ゴルか……」
ライラさんは顎に手を当てて考え込んでいる。
「他の物を諦めりゃ、買えないことはないんだが……」
ずいぶんと葛藤しているようだ。
「アル、せっかくの申し出だけど。今回は遠慮させてもらうわ。他に欲しいものもいっぱいあるし、今のところ、このナイフで十分間に合っているしな」
「そうか」
「でも、一応実物は見せてもらうよ」
「ああ」
「大丈夫。このナイフがあれば、500万くらいすぐに貯めてみせるよ」
「そうか、楽しみに待ってるよ。そういえば、レインさんは?」
ライラと同じく俺のナイフを売ったもう一人の人間がレインさんだった。
「ああ、レインは領主様の指名依頼で、パレトを離れているんだ」
「そうなのか」
「すごい悔しがってたぞ」
「じゃあ、レインさんにもナイフのこと、伝えてもらえるか?」
「ああ、もちろん」
「よろしく頼む」
「ああ、整理券配り頑張ってくれよ」
「ああ、それじゃな」
思わず話し込んでしまった。
さっさと整理券配りを再開しないと。
その後も列をなす人々に説明しながら、整理券とチラシと特製干し肉を配っていく。
列の中にはクラン『鋼の盾』の面々もいた。
ダンジョン20階層、ボス部屋手前で出会った奴らだ。
リーダーのオーマンはいつものように気さくに挨拶してくれたし、杖を作成した魔法使いのミラは杖がとても気に入ったようで、何度もお礼の言葉を述べられた。
やっぱり、自分が作った武器を気に入ってもらえるってのは嬉しいな。
行列の半分ほどに配り終わった頃、ニーシャがカランカランと鐘の音を鳴らすのが聞こえた。
開店の合図だ――。




