156 開店当日2
俺とニーシャ、そして、ルーミィの3人はドアを開けて、店の外に出る。
ニーシャが出てきたのは行列の皆に向かって挨拶をするためだ。
やはり、ここは商会の代表であるニーシャが挨拶をすべきだろう。
ルーミィを連れてきたのは、それを聞かせるため。
ニーシャはルーミィに積極的に色々なことを経験させる方針だ。
今回もそれの一環だ。
「自分が出来ることは、全部ルーミィにも出来るようになって欲しい」と以前言っていた。
行列はあれからも伸び続け、さらに長い列になっている。
二百人か三百人はいるだろうか。
皆、地べたに座り込んで待っている。
酒盛りをしている面々もいるが、一応節度は守り、大声で騒いだりはしていないようだ。
店から出て来た俺たちに衆目の視線が集まる。
ニーシャは緊張することもなく、一歩前に出て、その視線を一身に集める。
「【拡声】――」
俺はニーシャに魔法をかける。
声を遠くまで届ける支援魔法だ。
本来は大軍を指揮する場合に使う魔法だが、こういった場合にも役に立つ。
これで行列の最後尾までニーシャの声は届くだろう。
指向性を持たせることも出来るので、一列に並んだお客さんたちだけに声を届けることが可能だ。
これで近所迷惑は回避できる。
魔法を確認し、ニーシャは俺に向かって頷く。
そして、口を開いた。
「皆様、おはようございます。ノヴァエラ商会会頭のニーシャです。今日は開店前のこんなに早い時間からお越しいただき、本当にありがとうございます。皆様にお伝えしたいことが幾つかございますので、静かにお聞き下さい」
ニーシャがそう告げると、ざわついていた群衆は静かになった。
「まず第一に、開店時間を当初の午前7時より1時間前倒しにして、午前6時にさせていただきます」
「そして、第二に、本日は入れ替え制とさせていただきます。1回に入店できるのは10人。そして、店内での滞在時間は5分までとさせていただきます。5分経過後は買い物途中でも退出していただきますので、ご了承下さい」
「そのための整理券をこれから配布致します。整理券をお受け取りになったら、解散してもらって結構です。整理券に記載された時間に整理券を持って再度ご来店頂ければ結構です。ただし、時間までにお戻りにならない場合は整理券は無効となり、入場できませんのでご了承下さい」
「申し訳ございませんが、本日は商品の購入制限をさせていただきます。各商品ごとに購入可能な数量の上限が定まっていますので、ご了承下さい。詳しくはこれから配布致しますチラシに記載されてますので、ご確認のほどよろしくお願いします」
「なお、チラシには取扱商品と価格、購入上限の一覧が書かれておりますので、お待ちの間になにを購入するか決めておいていただければ、円滑に購入が出来ますので、ご協力のほどよろしくお願いします」
ニーシャの説明が終わる。
あちこちからささやき声が聞こえるが、大声を上げて文句を言ったりする者もおらず、ニーシャの説明は受け入れられた。
ニーシャが言うには、開店前の店にこんな行列が出来るなんて、前代未聞らしい。
「私たちがその前代未聞をやらかしてるのよ」と誇らしげな笑顔で言うニーシャが印象的だった。
俺たちも初めての事態で戸惑っているが、並んでいるお客さんたちにとっても同様なのだろう。
今のところは俺たちの指示に大人しくしたがってくれるようだ。
長時間並ばせると耐え切れずに騒ぎを起こす輩も出てくる恐れがあるが、そこはルーミィが発案した整理券が解消してくれる。
同じ待つにしろ、じっとその場で座って待っているのと自由に過ごして良いのでは、ストレスは段違いだろう。
「じゃあ、アル、後は任せたわね」
「ああ、任された」
ニーシャはルーミィを引き連れて店内に戻っていった。
開店を1時間前倒しにしたせいで、開店まで30分ちょいしかない。
最終チェックに戻ったのだろう。
残された俺には整理券配布という仕事がある。
慣れない仕事だが、任された以上はきちんとやり遂げないとな。
そう思い、整理券を配り始めようと思うのだが……。
行列の先頭にいるのは、なんと見知った顔だった。
2階の窓からは死角になっていて見えなかったのだが、行列の先頭に並んでいるのはクラン『紅の暁』の面々だった。
そして、その最前列に座っているのが、クランリーダーのナタリアさん本人だった。
「ナタリアさん!」
「おう、アル。この度は開店おめでとう」
「ありがとう。しかも、わざわざこんな早くから並んでくれるなんて」
確かに、ナタリアさんは俺たちの店に期待していてくれてて、開店が楽しみだと言っていた。
でも、だからと言って先頭に並んでくれる程だったとは……。
「ウチのクランメンバー、みんな楽しみにしてたからな。明け方まで飲んで、そのまま来たぞ。なあに、飲みながらだったら、一時間や二時間なんて、あっという間さ」
ナタリアさんが言うように、幾つもの酒瓶が転がっているし、みんな木製のジョッキを手に持っている。
早起きしてきたんじゃなくて、徹夜明けか。
「何人くらいで来たんだ?」
「おーい、ウチのメンバーの奴、手を挙げろ」
ずらっと後方までジョッキを掲げた手が挙がる。
ざっと5、60人はいるんじゃないか。
「依頼で遠出している奴ら以外は全員参加だよ」
「マジか?」
「それだけみんな期待してんだよ」
「最初の30分は『紅の暁』の貸し切りじゃないか」
「ははは、やったな」
やたらと陽気なナタリアさんだ。
酔っ払っているせいもあるんだろう。
「この店の開店を知ってから、ずっとダンジョンに篭って、ひたすらに金を貯めこんだんだ。今日はパーッと使わせてもらうぞ」
「そりゃあ、ありがたい。ナタリアさんたちが喜びそうな品をいっぱい取り揃えたからな」
「そいつは楽しみだ」
「それじゃあ、一人ずつ整理券と取扱商品の一覧が書かれたチラシを渡していくな。チラシを眺めて何を買うか決めといてくれるとスムーズで助かる」
「ああ、楽しみだ。早く、そのチラシくれよ」
「まあ、待ってよ。せっかく並んでもらったから、おまけがあるんだ」




