155 開店当日
午前四時。
いつも通りの時間に目が覚めた。
ルーミィはまだ夢の中。
彼女を起こさないように、俺はそっとベッドを抜け出す。
俺は【清潔】で全身をリフレッシュし、服を着替える。
今日のために誂えた制服だ。
女性陣は気合いの入ったメイド服姿だが、俺は黒いズボンに白いシャツとシンプルなものだ。
着替えを終えた俺は静かにリビングに向かう。
本日の集合予定時刻は5時だ。
まだ早い時間なので、家の中はしんと静まり返っている。
今日の天気はどうかな?
せっかくの開店日だから、晴天だといいな。
そう思い、俺は窓から外の様子を伺う。
まだ日は登っていないが、魔導灯の明かりのおかげで通りの様子を伺うことが出来るのだ。
軽い気持ち、なんの気なしの行為だったのだが、俺は外を見て驚いた。
なんと、すでに行列ができているのだ。
こんな早朝から既に開店を待ちわびる客が数十人、列をなして並んでいた。
十分な宣伝はしたし、多くのお客さんが訪れてくれるだろうと確信していた。
だけど、実際は俺の期待を遥かに上回っていた。
じーんと胸が暖かくなる。
俺たちのやってきたことは間違いじゃなかったんだ。
ニーシャの目論見通りだ。
今日は予想以上に多くのお客さんがやって来そうだ。
忙しくなるな。
当初は『錬金大全』でも読みながら、5時まで時間を潰そうと思っていた。
だけど、予定変更だ。
俺は椅子を窓際まで運び、そこに腰を下ろす。
お茶を啜りながら、のんびりと行列を眺めて過ごすことにした。
窓の外を見ていると、ぼちぼちとお客さんがやって来て列に加わっていく。
5時前になり、皆が起き出してきた。
今日は遅刻する者は誰もいなかった。
その頃には開店待ちの行列は百人以上になっていた。
「思っていた以上の反響ね」
「開店前の店にこれだけの人が集まるなんて信じられないです」
「ビックリニャ」
「すごいですぅ」
皆一様に驚きを隠せないようだ。
「これはなにか対策を打たないとマズいわね。みんな急いで5分で朝食を取ってちょうだい」
簡単に急いで取れる朝食を、ということで俺はサンドイッチとポタージュスープを【虚空庫】から取り出し、みんなに配る。
この調子だと、昼食ものんびり取る時間はなさそうだな。
今のうちにみんなに昼食を配布しておこう。
「【共有虚空庫】に昼食を入れておいたから、各自手が空いた時に食べてくれ」
「そうね。交代で休憩をとるようにするから、その時に食べてちょうだい」
皆でかっ込むように朝食を平らげる。
ルーミィが苦戦していたが、なんとかみんな5分で朝食を食べ終えることが出来た。
「それでは、対策会議を開きましょう」
焦り気味なのか、いつもより早口な口調でニーシャが告げる。
「まずは入場制限する必要があるわね」
「入場制限?」
「ええ、一度に大勢の客を入れると大混乱になるでしょ」
「ああ、そうだな」
大勢の客が一斉に店に流れ込む。
飛び交う怒号。追いつかない接客。
そんな光景を想像するとぞっとする。
「だから、一度に店に入れる人数を制限するのよ」
「なるほどな」
「一度に10人。5分ごとに入れ替えにしましょう」
「分かった」
ニーシャの提案で今日の営業は入れ替え制にすることになった。
「それにしても、この行列は問題ね」
「ああ」
「長時間待たせておくのも可哀想だし、トラブルが起きかねないわね。どうしたものかしら。誰か良いアイディアはない?」
ニーシャがみんなに尋ねる。
「ニーシャおねえちゃん。良い考えがあります」
手を挙げたのはルーミィだった。
「あら、なにかしら?」
「時間を決めての入れ替え制でしたら、時間を記入した整理券を配布したらよろしいのではないでしょうか」
「ああ、なるほど。良い考えね。並んでいる人たちには整理券を渡して解散してもらい、時間になったら来てもらうようにすればいいのね」
「はい、そうです」
「よし、ルーミィちゃんのアイディアで行きましょう。ビスケ、ミリア、カーサの3人は急いで整理券を作ってちょうだい。作り方は――」
ニーシャが3人に整理券の作り方を指示する。
「それと開店を一時間前倒しにしましょう。開店は6時よ。アルは整理券が出来次第に商品一覧のチラシと一緒に配って、開店が早まったことを伝えてちょうだい」
「ああ、分かった」
「じゃあ、3人は整理券作りに取りかかってちょうだい」
「はい」
「はいニャ」
「はいですぅ」
3人娘は整理券作りの為に1階に向かった。
「アルには外の行列と入り口を担当してもらうわ」
「ああ」
「整理券の配布と5分ごとの入れ替えが主な仕事ね。トラブルが起きても、アルなら怪我することもないでしょうし」
「そうだな」
「店内は私たち5人で回すわ。だから、アルは外をしっかりね」
「おう、任せろ」
ちなみに、俺たち6人が全員、店の商品と価格を全て暗記している。
ニーシャとルーミィは余裕で覚え、3人娘も「学院時代のテスト前を思い出します」と言いながら、きっちりと覚えきった。
一番苦労したのは俺かもしれない。
だけど、大切なことなので、必死に努力した。
おかげで、俺もなんとか全部覚えることが出来た。
だから、外回りでお客さんから質問されても、簡単なことなら答えることが出来る。
分からないことがあっても、【通話】があるから問題ない。
俺は安心して外回りの仕事を引き受けた。
3人娘は大したもので、10分ほどで整理券を作り上げた。
カードサイズの紙切れに時間が書かれ、商会の印章が押された簡単なものだが、整理券としてはこれで十分だ。
俺はそれを受け取ると、ニーシャとルーミィとともに店のドアを開け、外に出た。




