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152 パレトのオークション4

 剣聖が去って行った。


「すごい貫禄だったわね。さすがは剣聖と呼ばれるお方だわ」

「ご主人様は偉い方とお知り合いなのですね」

「まあな……」

「誇らしいです」


 俺は内心、「まいったなあ」と頭を抱えていた。

 どうして、バッカス様といい、剣聖といい、俺が言う前にバラしちゃうかなあ。

 ルーミィはともかく、ここにはアイリーンさんもいるっていうのに……。

 俺はチラッとアイリーンさんに視線を向ける。

 あのファンドーラ商会の武具店で店長を務めるほどの人間だ。

 さっきの会話から感づいているんだろうな。

 そう思っていると、


「アル殿、先ほどの剣聖との会話で『クラウス』の名が出てましたが」

「ああ、まあね……」

「もしや?」


 俺は自分の素性を隠してはいるが、嘘をついてまで隠そうとは思っていない。

 だから、正直に打ち明けることにした。


「リリア・クラウスは俺のカーチャンだよ」

「なるほど。そうでしたか」

「分かっているとは思うけど、言いふらさないで下さいよ」

「ああ、それはもちろん。私の胸に閉まっておきます。私とアル殿の秘密。ふふふ」


 後半は小声でよく聞き取れなかったが、アイリーンさんのような誠実な人なら言いふらしたりはしないだろう。

 バレちゃったものはしょうがない。

 割り切っていこう。


 そして、この場には俺の秘密を知らない人間がもう一人。


「ということだ。あんまり言いふらさないでくれよ」


 ルーミィに釘をさすが、本人はキョトンとしている。

 ルーミィほど賢かったら、俺たちの会話内容くらい理解できると思うのだが、もしかすると……。


「なあ、ルーミィ。『リリア・クラウス』って知ってるか?」

「いえ、知りません。ご主人様」


 そもそも、カーチャンのことを知らなかったようだ。

 本当にロクな教育を受けて来なかったんだな。


「十五年前に魔王を倒した勇者がいる。その名が『リリア・クラウス』で、俺のカーチャンだ」

「そうなんですか」

「ああ、だから、俺は『勇者の息子』ってことになるんだが、それで色々言われたくないから、名前を捨てて、ただのアルって名乗ってたんだ」

「そうだったんですか」

「だから、ルーミィも今まで通りに接してくれるとありがたい」

「大丈夫です。ご主人様は誰の息子でも、ご主人様ですから」

「そうか、ありがとう」


 良く出来た子だ。

 俺はルーミィの頭を撫でつけた。


 とまあ、ひと騒動あったけど、30分の休憩を終え、後半の部が始まる。

 後半は生活に関連する遺物アーティファクトが出品される。

 ドライヤーや洗濯機、コンロなどから、温泉発生装置や空調設備など、大型のものまで。

 様々な遺物アーティファクトが出品される。


 平民席はがらんとしていた。

 前半の部目当ての冒険者たちが軒並み退出したからだ。中には興味本位なのか、残っている冒険者もチラホラと見受けられるが。

 平民席に残っているのは、俺たちを含め商人たちばかり。

 後半の主役は貴族たちだ。


 実際のところ、生活に関する遺物アーティファクトの大部分は魔道具で代替できるのだ。

 もちろん、品質は遺物アーティファクトに若干劣る。

 俺が調合や錬金で使うようなコンロ等の場合は、より精密な調節が必要となるので、魔道具では出来ないことも遺物アーティファクトのコンロならば、可能となる。

 だから、俺は魔道具のコンロから遺物アーティファクトのコンロに乗り換えたのだ。


 だが、それは極端なケースだ。

 ドライヤーや洗濯機などの日用製品であれば、魔道具で十分であろう。


 それなのに、遺物アーティファクトを求める理由。

 それは貴族の権威付けだ。

 遺物アーティファクトを所有することにより、貴族としての格が上がる。

 他の貴族に見くびられないように貴族は遺物アーティファクトを所有する。

 遺物アーティファクトで整えられた立派な屋敷を持つことが貴族としてのステータスになるのだ。


 後半のオークションが開始された。

 オークション中の私語は厳禁。

 司会の男の声のみがホールに響き渡り。

 オークションは静かに進行していく。


 しかし、これは静かな闘争だ。

 貴族同士のメンツをかけた戦いなのである。

 ライバル貴族が自分の保有していない遺物アーティファクトを入札したら、負けじと自分も入札する。

 お互いの顔色を伺いながら、ジリジリと競り上げていく。

 そんな戦いが繰り広げられるのだ。


 中には、競り合いに熱中しすぎて家計が傾いてしまうほどの出費をしてしまう貴族もいる。

 後になって青い顔をしているが、後の祭りだ。

 落札しておいて支払いをしないというのは重罪だ。

 いくら苦しかろうと、支払いを逃れることは出来ないのだ。


 時折、平民も入札する。

 入札する平民は2種類に分けられる。

 1つ目はオークションに参加出来なかった貴族の代理商人だ。

 2つ目は富豪と呼ばれるほどの大商人だ。

 貴族と同じように遺物アーティファクトを保持していることをアピールし、自分の権勢を周囲に知らしめることが目的だ。貴族の真似事をしていると言っても良い。


 こうして貴族を中心に、たまに平民も混じり、オークションは進行していった。

 そして、いよいよ最後の出品だ。


「お待たせしました。それでは、最後の一品、『自動昇降機』の登場です」


 司会の男が告げると、前半の最後よりもさらに大きな拍手が巻き起こった。

 男が制すると、拍手の音は鳴り止んだが、オークション参加者は皆、興味津々といった体で壇上に視線を集めている。


 拍手が鳴り止むと、舞台袖から特大サイズの台車が4人掛かりで運ばれて来た。

 4人掛かりでもなお重そうで、台車はギシギシと音を立てている。


 お目当ての品は紫の大きな布に覆われて見えないが、シルエットだけは分かる。

 2メートルを超える高さの直方体だ。

 その重量感は台車の運び方から伝わってくる。

 オークション最後の出品は、その大きさ、重さも特別級であった。


「皆様の中でも、実物をお目にかかった方は少ないと思います。ましてや、実際に利用した方はさらに少ないでしょう。今回の目玉中の目玉、『自動昇降機』のお目見えです」


 壇上中央に運ばれてきた『自動昇降機』。それを覆う布が今、剥がされた。

 「おおお」という呻き声が各所から漏れる。

 私語は厳禁であるが、これはしょうがないだろう。

 司会の男も咎めることなく、それを見逃す。


 それも仕方ないことであろう。

 壇上に姿を表したこの一品はそれくらい珍しい品なのだから。


 『自動昇降機』。ワ国語で「エレベータ」とも呼ばれる、この大型遺物アーティファクトは極めて貴重な遺物アーティファクトだ。

 この王国内に現存するのはたったの1基。

 その1基は王家によって保有され、王城に設置されている。


 国内に1つしか存在しない遺物アーティファクト

 その2基目がこうやって姿を表したのだ。

 いくら『目録』で知ってはいたと言え、実物を目の当たりにした衝撃はスゴいのだろう。

 皆、言葉を失って壇上に見入っている。


 こんな貴重な品、おいそれと手は出ないであろう。

 だが、それで良いんだ。

 それが俺たちの目的だ。


 王家しか所有しておらず、高額すぎて誰も落札出来ない一品。

 そんな品を出品したとなれば、ノヴァエラ商会という名前はあっという間に広まるだろう。


 今回の出品はお金が目的ではない。

 俺たちの名前を売ることだ。

 だから、入札は端から期待していない。

 値が付かなくても、それで成功なのだ。


 そう思っていたのだが…………。


「最低落札価格は10億ゴル。開始価格も同じく10億ゴル。落札単位は1000万ゴルとなります」


 司会の男が告げる。


「それでは、入札スタート!」


 会場は水を打ったようにシーンと静まり返る。

 誰かが手を挙げるとは、誰も思っていないだろう。

 このまま入札者が現れずに、オークションは終了するだろう。そう皆が思っていることだろう。


 一人の男が手を挙げた。


「10億ゴル」


 司会の男が挙手した男のハンドサインを読み取り、高らかに告げる。

 まさか、入札者が現れるとは思っていなかったので、俺は驚いた。

 隣のニーシャもびっくりしている。


 挙手した男は、貴族席の中央最前、貴賓席に座っていた。

 立派な髭をたくわえ、恰幅の良い身体を他の貴族と比べても格段に仕立ての良い服につつんでいた。


 男の入札にどよめきが起こる。

 司会の男は両手を挙げ、静まるように促し、オークションの進行を続ける。


「10億。他にいらっしゃいませんか」


 司会の男が告げるが、もちろん、誰の手も挙がらない。


「それでは、10億で落札です。おめでとうございます」


 司会の男の言葉に、会場中に激しい拍手が起こり、数分間鳴り止まなかった。


「それでは、今回のオークションはこれにて閉会となります」


 司会の男の言葉で、オークションは幕を下ろした。

 俺たちが予想していたのとは別の形でオークションは終わりを迎えたのだった――。

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