151 パレトのオークション3
オークションの前半部が終わった。
さきほどまでの緊迫感溢れる空気は薄れ、今は落ち着いた雰囲気に包まれている。
期待の品を落札して満足顔の者。
欲しかった品を落札できず悔しがっている者。
熱くなってしまい、予定以上の出費をしてしまい青くなっている者。
純粋にオークションを楽しんでいる者。
様々だった。
そんな中、俺は憂鬱だった。
憂鬱の原因は今現在こちらに向かって歩いてきている白髪の男性。
その男性はこちらの気持ちなぞ気にすることもなく、俺のいる場所に近づいてくる。
「よう、坊主。久しぶりだな」
「剣聖もお元気そうで」
剣聖はカーチャンと出会った20年前で既に壮年期だった。
あれから20年経ったというのに、老いを感じさせない矍鑠とした立ち振る舞いだ。
そして、俺のことをしっかりと覚えていた。
俺が実家にいた頃、年に一度は遊びに来ていたから、それも当然か。
「俺の今の仲間のニーシャとルーミィです。こちらは案内役のファンドーラ商会のアイリーンさん」
俺は仲間を順に紹介する。
「そして、このお方が剣聖ヴェスター。俺の剣の師匠でもある」
「剣聖にお会いできて光栄です。この度は当商会の出品物をご落札いただきありがとうございました。ノヴァエラ商会の会頭をしております、アルの相方のニーシャと申します。以後、お見知りおきを」
「アル?」
「ああ、今は苗字を捨てて、ただのアルとして活動してるんですよ」
「ほう。そうか」
剣聖は少し考え込む。
そして、俺の事情を察してくれたようだ。
「まあよい。こちらこそ坊主をよろしく頼むぞ」
ニーシャの丁寧な挨拶に続いて、ルーミィが挨拶をする。
「アル様の奴隷のルーミィと申します」
「ほう。奴隷」
その言葉に一瞬、剣聖の目が細くなる。
そして、こちらを向いて口を開いた。
「まあ、坊主にも事情があるのだろう。ルーミィとやら、坊主の扱いに不満があったら、儂に行って来い。坊主の性根を叩きなおしてやるから」
「いえ、ご主人様はそのようなことは決してなさりません」
そう言って、ルーミィは俺に身体を寄せて来る。
「ほう。ずいぶんと懐いとるのじゃな。儂の杞憂だったようで良かったわい」
「形式上は奴隷ですけど、俺はルーミィのことはただの一人の少女だと思って接してますからね」
「そうかそうか」
剣聖も納得してくれたようだ。
剣聖は弱者をいたぶることをなによりも嫌う。
もし、俺が奴隷に横暴な態度をとっていたら、激怒したであろう。
だが、俺はルーミィを大切な仲間の一人と思っている。
剣聖はそれを理解してくれたのだろう。
「ところで剣聖は『阿修羅』シリーズはコンプリートしてませんでしたっけ?」
カーチャンが武器に無頓着なのに対して、剣聖は武器マニアでコレクターだ。
『阿修羅』シリーズも以前自慢された記憶がある。
だから、剣聖が入札に参加しているのを疑問に思ったのだ。
「ああ、そうだったんだがな。ちょっと前に6刀流の練習してて、一本ダメにしてしまってな」
剣聖はカーチャンの知り合いの中では比較的常識人なのであるが、剣のこととなると話は別だ。
手が2本しかないのに6刀流とか意味わからん。
それで聖剣をダメにするとか、もっと意味わからん。
「それで長らく探しておったんだが、ちょうど今回のことを小耳に挟んでな。王都から飛んできたわ」
「王都にいらっしゃったんですか?」
「ああ、ドブルーに剣術指南を頼まれてな。世話になっとるわ」
ドブルーというのはこのカルーサ王国の国王陛下の名前である。
それを呼び捨てに出来るほど剣聖は偉い人なわけだ。
「王都にいらっしゃったんですか。俺も一月ほど前、短い間ですが、王都に滞在してたんですよ」
「ああ、知っとる。お主のこと、王都ではそこそこ噂になっとるぞ」
「ホントですかっ!?」
「ああ、顔も隠さずに堂々と歩いていたら、分かる人間には分かるぞな。お主は自分が思っている以上に有名人じゃからな」
ヤバい。油断していた。
俺の顔を覚えている人なんてそういないだろうと思って、王都滞在中は特に変装したり、魔法で偽装したりしてなかった。
「じゃあ、陛下のお耳にも」
「ああ、もちろんじゃ。なんで顔を見せに来ないって嘆いておったぞ」
「カーチャンの息子だって知られたくなかったんですよ。クラウスの名に頼らず、俺一人の力でどこまで通用するか挑戦したかったんですよ」
「なるほど。だから、ただの職人アルか。うむ、納得した。立派な心がけじゃ。儂も協力しよう」
「ホントですか? ありがとうございます」
「うむ。ドブルーにも儂から配慮するように伝えておこう」
「それは助かります」
「なあに、再び聖剣阿修羅が6本揃ったのだ。そのお礼と考えれば安いものよ」
「ははは。やっぱり、剣聖は相変わらず剣のことしか考えていないんですね」
「それ以外に大事なことなどあるのか?」
百人中百人が「ある」って答えると思うけど、そこは剣聖だ。そんな常識は通用しない。
だから、俺は笑って誤魔化した。
「老いたとは言え、儂はまだ現役じゃ。今でもリリアを打倒することが目標じゃぞ」
剣聖は少なくとも年に一度は俺の実家に遊びに来る。
カーチャンと真剣勝負をするために。
毎回、カーチャンの圧勝に終わるのだが、剣聖は未だに諦めていない。
世間から敬意を払われる位置にいながらも、それでも挑戦を諦めない。
見習いたいところだ。
「坊主は剣を捨て、別の道を選んだのだな」
「はい。今は職人として名を成そうと日々奮闘しております」
「そうか」
そうつぶやく剣聖の目は少し寂しそうであった。
「お主だったら、あのリリアにも勝てるかもやと思っていたのだがな……」
「カーチャンにですか?」
「ああ、儂が勝てねば、この思い坊主に託そうと思っておった」
「いや、無理ですよ」
カーチャンに勝つどころか、対等な勝負に持ち込める可能性がこれっぽっちも思い当たらない。無理に決まっている。
「そうか? 少なくとも儂が生きてきた中で、一番可能性を感じたのは坊主じゃぞ」
「…………」
「まあ、剣を捨てたお主には今さら関係ないことじゃろう。老人のたわ言と思って聞き流すがよい」
そう言いながら、剣聖の顔は少し寂しそうであった。
俺には剣聖の願いを叶えることができない。
剣聖の言うように、俺は剣を捨てたのだ。
元々、剣聖やカーチャンのように剣や戦いに魅力を感じなかった俺だ。
俺にその素質があったとしても、それを開花されるほどの修練を積む気がない。
俺は物づくりをして生きるのだ。
剣を教わった手前、少し申し訳なくも感じるが、これだけは譲れない。
「改めて礼を言う。良い剣を見つけてくれて感謝する。坊主、道は違えど、懸命に励むのだぞ」
そう言うと、さらばだ、と剣聖は去って行った。




