150 パレトのオークション2
オークションは領主とファンドーラ商会パレト支店長マーシャルさんの挨拶から始まった。
このオークションは格式高い催しであって、無作法があったら一発退場という厳しいものだ。
まあ、すべてをニーシャに任せて、大人しく座っているだけのつもりの俺にはあまり関係ないけど。
このオークションで取り扱われる品はすべて遺物。迷宮都市パレトならではだ。
オークションは2部形式。
前半は冒険者向けの遺物だ。
最初は数万ゴル程度の安い品から始まった。
貴族席は大人しく、後ろの平民席が盛り上がる。
冒険者たちや、彼らを相手にする商人たちだ。
出てくる品はどれもダンジョンで比較的容易に手に入るものばかり。俺たちの食指は動かされなかった。
オークションが進行するに連れ、出てくる遺物もレアで高価なものへと移っていった。
うちの商会が出品したものもちらほらと壇上に出て来る。
どれも満足行く価格で落札された。
ノヴァエラ商会の名前もアピールできたことだろう。
そして、オークション前半の終盤を迎える――。
「それでは、次が前半の部、最後の品となります」
壇上で司会の男が告げると、会場中に万雷の拍手が鳴り響いた。
興奮したように全身を前に乗り出している人々もいる。
さすがに声を出したり、立ち上がったりしたら一発退場なので、みな最低限の節度は守っているが。
司会の男は両手を挙げ、静まるように促す。
やがて、拍手は収まり、しーんとした緊張感が会場内に張り詰める。
その静寂のさなか、係の者が配膳台のような、車輪の付いた台を押してくる。
台の上には紫色の大きな布がかぶさられ、中身を隠している。
観衆は静まり返り、壇上に注目している。
ナタリアさんの連れの男も、食い入るようにして壇上に見入っている。
会場中が静かな熱狂に包まれていた。
冷静なのはウチの3人くらいだ。
「お待たせしました。それでは、最後の一品、『聖剣阿修羅伍』の登場です」
司会の男が声を張り上げると、係の者が台上の布をどかし、高らかに聖剣を掲げて見せる。
スラリと伸びた直刀。刀身には超越した熟練工でもなければ不可能な精緻で見事な模様が刻まれている。
光を反射して煌めく姿は、武器であることを忘れてしまうほどの美しさ。
会場中がその魅力に囚われていた。
「もう一度申します。この出品物は『聖剣阿修羅伍』。全6本の聖剣阿修羅シリーズのうちの1本。5番目のものであります。出品者はここパレトで近日開店いたしますノヴァエラ商会。まだ名は知られておりませんが、これまでも出品を見ても、ノヴァエラ商会の実力は間違いがないでしょう。もちろん、当商会でも鑑定済み。紛れもない本物であります」
司会の男が続ける。
「最低落札価格は1千万ゴル。開始価格も同じく1千万ゴル。落札単位は100万ゴルとなります」
この『聖剣阿修羅』は聖剣の中ではそれなりの性能を有するが、ずば抜けているわけではない。
希少性もそれほどではない。
阿修羅を狩りまくっていれば、必ず入手出来る。
と言っても、俺たちが散々狩りまくって、ようやく1本ドロップしたほどの低確率ではあるが。
それでも、入手方法が明らかな分、聖剣の中ではレア度が低い方だ。
しかし、オークションでは比較的高値がつくし、場合によってはとんでもない価格になることもある。
なぜなら、この『聖剣阿修羅』シリーズは6本でワンセットなのだ。
阿修羅の手が6本あるように、それぞれの手に対応した聖剣が存在するのだ。
そして、世の中には聖剣コレクターがいる。
『聖剣阿修羅』シリーズを揃えることが、コレクターの中では一種のステータスになるとか。
だから、もし、コレクター同士がかち合った場合、落札額はとんでもない価格がつくことがあるのだ。
「それでは、入札スタート!」
いくら武器であるとは言え、聖剣ともなれば、一介の冒険者に手が届くものではない。
競り合いは3人の貴族の間で行われた。
ナタリアさんの連れの男は食い入るように壇上を見つめている。
「2千万」
「2千2百万」
「2千5百万」
「2千8百万」
「3千万」
競り合いの最中も声を上げることは禁じられている。
代わりに入札者はハンドサインを用いて、自分の意志を伝えるのだ。
それを読み取った司会の男が価格を言い上げていくのだ。
3人の貴族は競り合いを続ける。
入札に参加していない観衆も、競り合いの熱気に当てられ興奮している。
その様子が後部のここまで伝わってくる。
競り合いは続き、やがて――。
「5千万。他にいらっしゃいませんか?」
3人のうち2人の貴族も5千万で降りてしまった。
5千万か。まあまあの値段だな。
これだけみんな熱狂してくれれば、名前を売るという本来の目的は達成できた。
十分な成果だろう。
そう思っていたところ――。
「6千万!」
今まで参加せずにいた一人の男が高く手を上げた。
貴族席の隅っこに座る男だ。
白い総髪。老いを感じさせない鋭い眼光。
キモーノと呼ばれるワ国の民族衣装に身を包んだ男だ。
まるで抜き身の刀のような気を纏っている。
5千万の入札をした貴族はその男の方を向き、一瞬呆然とした後、顔を真っ赤にした。
落札寸前まで行って、いきなりの入札者。
怒りに震える貴族の気持ちも分からないでもない。
しかし、俺たちにとっては望ましいだけだ。
つーか、あの人……。
ヤバい。見つからないと良いんだけど、このままだと落札しちゃいそうだよなあ……。
まあ、その時はその時だ。
あっ。
こっち見た。
男は競争相手の貴族なぞ眼中にない様子で、俺の方へ視線を向けてきた。
あー、目が合っちゃったよ。
これ、絶対バレてるよ。
なんでこんなところに来てるんだよ……。
「6千百万」
「7千万」
怒った貴族が入札し返すが、白髪の男はさらに釣り上げる。
今度は一対一の競り合いが始まった。
「7千百万」
「8千万」
「8千百万」
「1億」
「1億百万」
「1億2千万」
ついに貴族は手を下ろす。
悔しそうに顔を歪ませながらも、これ以上競り合う気がないことをアピールする。
「1億2千万。他にいらっしゃいませんか」
確認のため、司会の男が場内に問いかけるが、返ってくるのは沈黙だけ。誰も手を挙げようとはしない。
「それでは、1億2千万で落札です。おめでとうございます」
割れるような拍手が鳴り響く。
観客たちもみな、今の激闘で興奮しているのだろう。
俺を除いて。
「どうしたの、アル、浮かない顔して」
「落札した人」
「あのおじいちゃんがどうかしたの?」
「あれ、剣聖」
「剣聖って!? あの、剣聖ヴェスター?」
「ああ。しかも、俺のこと気づいてる」
「えええっ!?」
ニーシャも驚いた顔をする。
「それでは、前半の部はこれにて終了となります。後半の部は30分後の開始となります」
落ち込む俺をよそに、オークションの前半部は幕を下ろした――。




