15 深夜のお勉強会
それからニーシャにいろいろ教えてもらうことになったのだが、なぜか最初は俺の持ち物検査から始まった。
「じゃあ、まずは薬草を見せてちょうだい」
「ああ」
背負い袋からダイコーン草を取り出そうとした俺に、ニーシャが遮ってきた。
「本当はもっとあるんでしょ?」
「……ん?」
ニーシャには【虚空庫】のことは話していない。
彼女の目を見返してみると、だが、ちゃんと確信しているようだ。
「鑑定眼か?」
「ううん。いくら鑑定眼でもそこまで便利じゃないわよ。商人のカンよ」
「さすがだな――」
「まあね、これでも商売人の端くれですからね」
ニーシャはフフンと鼻を鳴らす。
「確かに俺は【虚空庫】を使える。最小限のもの以外はそこにしまっている」
部屋に備え付けの小机に昨夜採取したダイコーン草を積み上げていく。
1メートル四方の天板からはみ出しそうなくらいの薬草の山ができ上がった……。
「これで全部?」
「いや、ほんの一部だ。全部出したら、この部屋に収まりきらない」
「あきれた……」
うん……自分でもわかってる。
採取が楽しすぎて、ちょっとばかし乱獲しすぎてしまった。
「どんだけ貯めこんでるのよ」
「いや、つい夢中になっちゃって……。昨日は夜通し薬草取ってたから……」
「たった一晩でそれだけの量を?」
「ああ」
「あいかわらず非常識ね」
ニーシャが薬草の山に手を伸ばした。
「量もありえないけど、あらためて見てもすごい品質ね」
「そんなもんなのか?」
立派なダイコーン草というのは俺にも分かるが、そんなに驚くほどなのだろうか。
「まず、生えていた場所。よっぽど魔素が濃い場所じゃないと、ここまで立派には育たないわ。どこから採ってきたのよ?」
「北の街道があるだろ。その街道沿いの森の中だ。群生地が何箇所かあったからな」
「…………。ファング・ウルフの縄張りじゃないの!?」
「街道を歩いていたら、ウルカの木にヤツらの牙跡を見つけたから、森の中に入ってみた」
「縄張りだってわかってて、わざわざ入っていったの?」
「ああ。ヤツらの縄張りにはダイコーン草の群生地がよくあるんだろ?」
「それは……私も知らない情報だわ」
「そうなのか? 俺が読んだ本には、そう書いてあったぞ」
「だからって、薬草目当てにファング・ウルフの縄張りに入ってったりしないわよ、普通は」
「最近、採取してなかったからな。採取ができるって思ったら、いても立ってもいられなくなった。いやー、楽しかったな」
「…………」
「そんで熱中してたら、いつの間にか囲まれてたな。採取のジャマだったから、やっつけておいたけど。初めて食べたけど、ファング・ウルフの肝は中々ウマかった」
「……どっからツッコめば良いのか悩むわ」
「そうか?」
「ファング・ウルフ1匹を倒すのに、C級冒険者でも苦戦するくらいよ。その群れ相手だったら、B級冒険者数人のパーティーでも勝てるかどうかわからないのよ。下手したら、全滅よ」
「C級とか、B級とか、よく知らないけど、あんまり強くなかったぞ。むしろ、弱かった」
「強さまで非常識なのね」
「いや、俺なんか全然常識のうちだ。俺のカーチャンとか、その知り合いの剣聖とか、そういうが本当の非常識っていうんだ」
「なんか、ツッコむだけムダな気がしてきたわ……。それにしたって、ファング・ウルフの縄張りに薬草取りに行くのなんてアンタくらいよ。薬草採取なんて、駆け出し冒険者の仕事よ。ファング・ウルフを簡単に狩れる腕があるなら、もっと割の良い仕事なんていくらでもあるわ。わざわざ薬草なんて取りに行かないわよ」
「えー、採取は楽しいぞ? 今度一緒に行くか?」
「行かないわよ!!!」
どうやら、採取の楽しみをニーシャは理解できないようだ。
時間を忘れるくらい楽しいのにな。
「それに状態も完璧だわ」
ダイコーン草を手に取り、それを眺めながらニーシャが続ける。
「いくら処置が簡単な素材とはいえ、採取の段階でちょっとした傷はついちゃうし、魔力漏れはどうしても防げないはずなのよ。それなのに、アルが採ってきたこれは生えている状態そのまま、むしろ、その時よりも活性化してるくらいよ。こんなのありえないわっ!」
「ありえないって言われてもなあ……。俺は習ったとおりに採取しただけだぞ」
「…………。ちなみに聞くけど、道具はなに使ったの?」
「別に、変なもの使ってないぞ。ほら、コレだ。普通のナイフ」
【虚空庫】からミスリルナイフを取り出して、ニーシャに手渡す。
「どこの世界にミスリルナイフで薬草採取するヤツがいるのよっ!!!」
「なんか、マズいのか?」
「はぁ…………。別にマズくはないんだけど……もう、いいわ。アンタになに言ってもムダな気がしてきたわ…………」
ニーシャは頭を抱えている。
「なるほど、あなたの薬草がこれだけ高品質な理由はわかったわ。でもね、アル――」
こっちに向かって、ビシッと指差すニーシャ。
「アンタのやり方はちっとも普通じゃない、非常識なものだってこと、それだけは理解しておきなさいよっ!」
「お、おう」
ニーシャの剣幕に思わず尻込みしてしまう。
「いい? 覚えておきなさい。『アルの常識は非常識』。ハイ、復唱」
「アルの常識は非常識」
「よろしい、これから朝昼晩3回ずつ唱えて、忘れないようにするのよ」
「うっ、うん」
そうだったのか、非常識っていうのはカーチャンみたいな人種のことを言うのだと思っていたけど、俺も非常識だったのか…………。
自分は常識がある側の人間だと思っていただけに、結構ショックを受けた。
でも、考えてみれば、非常識な人間に育てられたら、それが感染っちゃうのも仕方がないか…………。
これからはニーシャにいろいろと教えてもらわないとな。
「でも、悔しいことにこの品質だけは認めざるを得ないわ」
俺が落ち込んでいると、ニーシャは山に積まれた薬草を手に取ってそう言った。
「そんなになのか?」
俺としては本に書いてあったやり方通り、普通に採取しただけなのだが…………。
「初級回復ポーションを1本つくるのに、平均的なダイコーン草だったら5株は必要なのよ。でも、アルの採ってきたものだったら、2株でお釣りが出るわ。しかも、最高品質のものがね」
アレ、なんか俺の知ってることとなんか違うぞ。
「なあ、ニーシャ。ちょっといいか?」
「なによ?」
「ほれっ」
俺は【虚空庫】から取り出した1本の小瓶を、ニーシャに軽く投げ渡した。
それを受け取ったニーシャは、驚いて目を見開いている。
「初級回復ポーションってこれでいいんだよな?」
「う、うん。ま、まあ……」
ニーシャは手にとった小瓶をじっと眺める。
きっと、【鑑定眼】で調べているんだろう。
なにか、歯切れが悪いけど、またなにか問題があるんだろうか?
「それは俺が以前作ったやつだ。1株のダイコーン草から1本のポーションができる。俺が学んだ本にもそう書いてあった。なんかニーシャの話とは大分違うみたいだけど……これも非常識なのか?」
「へっ!? 1株から1本のポーションが!?!?!?!?」
ニーシャは両目を大きく見開いて驚愕している。
「ああ。みんなそうじゃないのか?」
「当たり前よっ! さっき言ったように、『ポーション1本作るのにはダイコーン草5株』。これがこの世界の常識よ」
「そうだったのか…………」
どうやら俺が学んだ本と市井の知識にはギャップがあるみたいだ。
今度時間があるときに、出回っている本を何冊か確認することにしよう。
「それに、作り方だけじゃなくて、このポーション自体も十分に非常識なんだからねっ!」
「あ、やっぱり」
これまでさんざん言われてきたから、そう返されるだろうと予想していた。
「ポーションの品質もありえないわよ。普通のやつの倍くらいの効能じゃない」
「そうなのか。出回ってる初級ポーションを見たことないから知らなかった」
「はあ。それでコレだけのものを作っちゃうなんて……。ねえ、アル」
「ん?」
「コレ1本いくらで売れると思う? ちなみに、普通の初級ポーションだったら、1本300ゴルよ」
うーん、どうだろうか。
倍の効能だから、値段も倍なのか?
でも、ニーシャの驚き方からすると、それ以上しそうだ。
かといって、自分が作ったモノに実際より高い値をつけてしまうのも、どうかと思う。
ちょっと遠慮気味に答えるか。
「800ゴルくらい?」
ニーシャは首を強く横に振って否定する。
「あー、やっぱ高すぎたか。600ゴルくらいか?」
「逆よ、逆。安すぎよ。桁が5つ違うわよっ!」
「えっ!?」
「これだったら、1本2千万ゴルでも売れるわよ」




