149 パレトのオークション
ファンドーラ商会への納品は無事に済んだ。
オークションに出品する品を伝えたときは、支店長のマーシャルさんも担当の人も、目を見開いてビックリしてたな。
「これなら、当日は大盛り上がり間違いないですな」
と主催者のマーシャルさんも満面の笑みだった。
オークションの開催日は一週間後。
俺たちの店が開店する3日前だ。
このオークションでノヴァエラ商会の名前が知れ渡れば、開店も上手く行くこと間違いなしだろう。
冒険者ギルドのチラシでも宣伝しているが、そちらの効果がどれほどなのか分からないし……。
それからの一週間は静かに流れていった。
俺はダンジョンに潜ったりせず、一日中工房に篭もりっきりだった。
作りたいものを作り、合間に三人娘に指導をする。
仲間と一緒に食卓を囲み、仕事終わりに共に盃を傾ける。
充実した日々だった。
これだよっ!
俺が求めていた生活はっ!
ダンジョンに潜ってドロップ収集するのも楽しいけど、やっぱり、こうやって物づくりに没頭できる生活は最高だ。
それもこれも、この環境を整えてくれたニーシャのおかげだ。
俺一人だったら、お金は稼げても、こういう環境を整えることは出来なかっただろう。
ニーシャには本当に頭が上がらない。
そうこうしているうちに、一週間はあっという間に流れていった。
本当、楽しい時間というのは早く経つものだ。
そして迎えるオークション当日――。
俺はニーシャとルーミィと共にオークション会場を訪れていた。
3人娘は今日もお仕事。お家でお留守番だ。
場所は街の中心の公会堂。
冒険者ギルドほどではないが、中々の大きさの建物だ。
会場の入り口は警備の兵士達が立ち並び、物々しい雰囲気を醸し出している。領主直属の兵士と思われる。
今日のオークションは貴族や平民の富裕層が多く参加する。
それゆえ、警備体制も厳重なのだろう。
入り口の受付は貴族用と平民用に分かれていた。
俺たちは平民用の受付に向かう。
入り口を守る兵士に『目録』を2冊提示した。
今回のオークションの出品目録だ。
この目録が入場のチケット代わりになる。
1冊で2人まで入場可能。俺たちは3人連れなので2冊必要なのだ。
1冊で1万ゴルと決して安い値段ではない。
一般人が気軽に出せる価格ではない。
冷やかしを排除し、本当に購入する気がある人だけを選別する仕組みなのだ。
目録には通し番号が振られており、目録を見せるだけで誰なのか分かるようになっている。
俺たちの目録番号を確認した兵士が他の兵士になにか告げる。
「しばらくこの場でお待ちください」
何事かと思ったが、兵士はそれ以上なにかを告げる意志がなさそうだ。
仕方なく、俺たちはその場で待つことにした。
「お待たせしました」
「アイリーンさんっ!」
建物の奥からやってきたのは、ファンドーラ武具店の店長を務めるアイリーンさんだった。
黒髪のショートヘアーに合わせた、タイトなパンツルック。細身のアイリーンさんによく似合っている。
「おはようございます、皆様。ファンドーラ武具店で店長をしておりますアイリーンと申します」
「ノヴァエラ商会の会頭をしてるニーシャです」
「見習いのルーミィです。よろしくお願いします」
ニーシャが挨拶を返し、ルーミィがペコリと頭を下げる。
「おはようございます。それにしても、どうしてアイリーンさんが?」
「アルさんたちはオークション初参加ですよね?」
「ええ、まあ」
「ですので作法等困らないように説明役として私が派遣されたのです」
「それは助かります」
ファンドーラ商会の気遣いは素直にありがたい。
人を寄越してくれるだけでも助かるのに、重役であるアイリーンさんを派遣してくれるとは。
よっぽど俺たちを買ってくれているんだな。
俺としても、初対面の人間よりも多少気心が知れたアイリーンさんが相手の方が気楽だから助かる。
「それでは、参りましょうか」
俺たちはアイリーンさんに案内され、ホールの中に入る。
オークション会場であるホールは半円状の造りをしていた。
中心にステージがあり、それを取り囲むように階段状に座席が並んでいる。
座席は余裕をもった間隔で並んでおり、それぞれに番号が振られていた。
「アルさんたちの席はこちらになります」
案内されたのはホールの後方、ゆったりとした4人掛けのソファーだった。
アイリーンさんの話では、ホールの前方は貴族席で、後方が俺たち平民の席だった。
しかし、俺たちの席は中央寄りで、平民席の中では良い位置にある席だった。
「どうぞ、お掛け下さい」
俺たちはアイリーンさん、ニーシャ、俺、ルーミィの順に並んで座ることにした。
今回、オークションでなにかを購入するとしたら、それを決めるのはニーシャだ。
だから、作法を聞くならニーシャが適任。
ということでこの配置になったのだ。
「なにか飲み物をご用意致しましょうか?」
「ええ、お願い」
運ばれてきたのは果実水のソーダ割りだった。
スッキリとした酸味と程よい甘味。
さっぱりとした口当たりで、口内で弾ける炭酸が気持ちよかった。
さすがは高級オークション。
タダで供される飲み物も一級品だ。
これも高い入場料に含まれているのだろう。
その後、ニーシャがアイリーンさんからオークションの作法などを教わる。
俺はそれを耳に入れながら、『目録』を眺めていた。
徐々に埋まっていく客席。
オークション開始5分前ともなると、会場はほぼ満席になっていた。
「あら、アルじゃないの」
ルーミィと一緒に目録を読んでいた俺は声をかけられ、顔を上げる。
そこにいたのは2メートル近い長身、燃えるような赤い長髪を波打たせ、髪色に合わせた真紅のドレスに身を包んだ女性が立っていた。
女性の額には2本のツノ。鬼族の女性だ。
「ナタリアさん!」
以前冒険者ギルドで声をかけられて縁が出来たクラン『紅の暁』のクランリーダーであるナタリアさんだ。
『紅の暁』は総数80名超え、パレトのトップクランだ。
その代表であるナタリアさんであれば、このオークションに参加していてもおかしくはない。
「やあ、アル。チラシは受け取ったぞ」
「それは良かった。ギルドからチラシが捌けたと聞いていたので、ナタリアさんたちが受け取れたのか気になっていたんですよ」
「うちのクランメンバーもみんな楽しみにしてる。開店の際は寄らせてもらうよ」
「ええ、是非その際はよろしくお願いします」
ナタリアさんたちも開店に来てくれるのか。
嬉しいことだ。
「そうそう。『目録』を見たぞ。ノヴァエラ商会はスゴいじゃないか。とても新興の商会とは思えない品揃えだな」
「ええ、おかげさまでなんとか間に合いましたよ」
「謙遜することない。それがアルたちの実力なんだろ?」
「そう言ってもらえるとありがたいです」
「きっとやっかみも多いだろう。でも、私はアルたちのことを知っている。気にすることなく、胸を張っていいと思うぞ」
やっぱりナタリアさんは男前だ。
みんな彼女の人柄に惹かれてクランに加入したのだろう。
「ナタリアさんはなにかお目当てがあるんですか?」
「私というよりはコイツだな」
ナタリアさんの隣には一人の男が立っていた。
男はペコリと頭を下げる。
無口なタイプなんだろう。
「コイツがどうしても聖剣を見たいって言ってな」
「ああ、聖剣ですか」
「私も興味があるし、楽しみにしているよ」
そんな会話をしていると、前方のステージで男がカランカランと鐘を鳴らす。
オークション開始の合図だろう。
「それじゃ、失礼するよ。また後で」
「はい」
ナタリアさんたちは自分たちの席に向かった。
俺たちの席の2つ隣。
すぐそばの席だった。
そして、オークションが幕を開ける――。




