148 オークション準備
バッカス様が来訪した翌朝、その話をすると3人とも「バッカス様に会ってみたかった」と残念がった。
中でも、ニーシャの悔しがり方は相当なもので、「どうして呼んでくれなかったのよ」と責められた。
気持ちは分かるが、とてもじゃないが呼びに行けるような状況じゃあなかった。
その点を説明して、なんとか納得してもらった。
反面、バッカス様に会えた上、信徒にまでしてもらったビスケは誇らしげで、朝から浮かれ調子だ。
開店に向けてのメンバーも揃い、レベリングも済ませた。
基本的なレクチャーも終わらせたし、あとは開店に向けて一直線に進んでいくだけだ。
特に魔術学院出の生産3人組、ビスケ、ミリア、カーサにはガラス像とポーションを量産してもらわなければならない。
ビスケに関しては、当初はセレス像のアミュレットに絞ってもらうつもりだったが、昨夜の件を受けて予定変更だ。
セレス像だけでなく、バッカス像も作ってもらうことになった。
セレス像は守備系のパラメータ補正、バッカス像は攻撃系のパラメータ補正が入るので、2種類あると丁度バランスが良い。
どの冒険者もいずれかを装備したいと思うだろう。
いくら作って作り過ぎということはない。
ビスケには頑張ってもらいたいところだ。
ミリア・カーサのポーション組には、ひたすら、中級回復ポーションを作ってもらう。
これも今後多くの需要が見込まれる。
一万本以上作ってもらわねば。
ニーシャによるルーミィの教育も順調だ。
いや、順調どころの話ではない。
ルーミィはニーシャの期待を遥かに超えるスピードで成長している。
開店時には間違いなく店を任せられるレベルになっているとニーシャが言っていた。
このように開店まで着々と準備を重ねている俺達だけど、開店前にもうひとつだけイベントがあった。
オークションだ。
ここパレトでは3ヶ月に一度、ダンジョン産の遺物を扱うオークションが開かれる。
ここの領主とファンドーラ商会が共催するオークションだ。
このオークションは名高いもので、近隣の領主たちや王都に滞在している貴族たちまでもが足を伸ばしてやってくるほどの権威ある催しだ。
俺たちノヴァエラ商会もこのオークションに出品する。
しかも、ただ出品するだけじゃない。
オークションで一番の目玉となり、話題をかっさらうような大物を出品するつもりだ。
そうやってインパクトと共にノヴァエラ商会の名前を貴族や富裕層に売り込むのだ。
オークションに出品する遺物を求めて、これまでも何日もダンジョンに潜ってきた。
そこそこの品は集め、店頭に並べる分としては十分なラインナップが揃った。
オークションに出品しても良さそうな品々もいくつか手に入れた。
だが、まだ、話題を席捲出来るほどの一品は手に入れていない。
現段階でも十分ではあるのだが、できればもうワンランク上の遺物を手に入れたい。
文句なしでこれ以上はない、というレベルの遺物を是非入手したい。
というわけで、俺はダンジョンに潜る。
オークション出品締め切りの日まで残り数日。
それまで、俺はダンジョンにこもり切るのだ。
「じゃあ、行ってくるよ」
「大変だろうけど、気をつけてね」
「大丈夫。ダンジョン篭もりは慣れてるから」
過去の修行で、一ヶ月ダンジョンに篭っていたこともある。数日くらいはどうってことない。
「それより、なにかあったら、些細なことでも【通話】してくれよ。直ぐに戻ってこれるんだから」
「ええ、わかったわ。ありがとう」
一番大切なのは商会であり、そのメンバーたちだ。
俺には『転移カード』があるから、なにかあったら、ダンジョンの奥からでも一分以内に戻ってこれる。
「行ってらっしゃい、師匠」
「いってらっしゃいね」
「いってらっしゃいニャ」
「行ってらっしゃいませ、ご主人様」
みんなに見送られ、俺は我が家を後にした――。
◇◆◇◆◇◆◇
「ふう。帰ってきたな」
数日間のダンジョン篭もりを終え、俺はダンジョンの出口を跨いだ。
ここ数日間、遠慮せずに全力で狩りまくった。
未踏破階層である50階層代を狩場にしたので、人目を気にすることなく、本気を出せたのだ。
大分鈍っていた戦闘勘もここ数日でようやく調子を取り戻し、実家にいた頃の修行漬けだった頃の実力を出せるようになった。
おかげで目的は達成できた。
これなら文句なしに目玉商品となる遺物を入手出来たのだ。
それ以外にもオークションに出品するべきであろう品々をいくつか入手したし、店頭に並べらる品も十分な在庫を確保できた。
100点満点の狩りだったといえよう。
俺自身もドロップがなにかを期待しながらの狩りで、十分に楽しむことが出来た。
ダンジョンを出た俺は一路我が家を目指す。
早くニーシャに報告したくて、足が速くなる。
いっそのこと【転移】したいくらいだ。
さすがに、この近距離だから我慢するが。
「ただいま〜」
「あら、早かったのね」
現在午前10時。締め切りは今日の午後5時だから、ニーシャはもっと俺の帰りが遅いと思っていたのだろう。
「でも、早いということは――」
「ああ、バッチリだ」
「やったわね」
ニーシャとハイタッチを交わす。
「お帰りなさい、ご主人様。お疲れ様でした」
ルーミィが飛びつくように抱きついてきた。
「ただいま、ルーミィ」
ギュッとしがみつくルーミィの頭を撫でてやる。
ルーミィは数日間の溝を埋めるかのように、ギュウギュウと身体を押し付け来る。
「ははっ、ルーミィは甘えんぼさんだな。寂しい思いをさせたな。もう、しばらくは離れないから安心しな」
コクコクと頷くルーミィ。
「勉強は頑張ったのか?」
「はい、頑張りました。ご主人様」
「ええ、ルーミィは本当に頑張ったわよ。明日開店しても大丈夫なくらいよ」
「へー、そりゃすごい」
エライエライとさらに頭をなでてやると、ルーミィは「頑張りました」と嬉しそうに目を細める。
「それでどうだったのよ」
「それがな――」
ここ数日の結果をニーシャに報告し、なにを出品するか選定する。
俺たちが会話するのをルーミィも真剣に聞いている。
「――じゃあ、こういったところね」
「ああ、そうだな。俺もそれで良いと思う」
話し合いの末、なにを出品するかが決まった。
「じゃあ、着替えてから行きましょうか」
「ああ、そうだな」
「ルーミィも付いていらっしゃい」
「はい、ニーシャおねえちゃん」
ニーシャはルーミィも同行させるつもりのようだ。
何事も経験させておこうという教育方針なのだろう。
俺は二人と別れ、自室に向かう。
【虚空庫】から商談用の一張羅を取り出し、それに着替える。
さっさと着替えを済ませた俺は階段を下り、一階の店舗部で二人を待つ。
三人娘は生産作業に集中しているようだ。
こちらには気づかず、作業に没頭している。
三人とも動きが洗練されている。
大分、作業にも慣れたようだ。
しばらくすると、2階から二人が下りてきた。
ニーシャはいつもの勝負服だが、ルーミィもドレス風の服に着替えていた。
「どうでしょう、ご主人様」
黒い生地に白いレースで模様をあしらった服だ。
生地も上質だし、仕立てもすばらしい。
こうしているとどこかのお嬢様みたいだ。
ニーシャはルーミィの衣装に対し、出し惜しみをしなかったようだ。
それだけ期待しているのだろう。
「ああ、とても良く似合っているよ」
「そうですか。えへへ」
嬉しそうに微笑むルーミィ。
「やっぱり、素材が良いと服も映えるわね。お似合いよ、ルーミィ」
「ありがとうございます。ニーシャおねえちゃん」
こうして並んでいると、本当の姉妹みたいだ。
「じゃあ、いこっか」
「ええ」
「はい」
俺たちはオークションに出品する遺物を納品するために、ファンドーラ商会に向かった――。




