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146 バッカス様

「ああ、こう見えても神じゃからのう。それに、この匂いは……」


 なんだろう?


「ああ、分かった。ニーチャンはあれか、リリアんとこのボウズか」

「…………」


 ドキッとした。

 そんなことまで見破られるのか。

 さすがは神様だ。


「あん時のオシメしてたボウズがもうこんなに大きくなったんかいな」

「俺のこと知ってるんですか?」

「ああ、ニーチャンが生まれた時にリリアが十二神全員を呼びつけてな、祝福を授けさせおったわい」


 …………。

 あのカーチャンならやりかねない。


「つーわけで、ニーチャンにその気がなくても、ニーチャンはワイの信者や。それだけじゃない。十二神全員の信者なんや。自動的にな。それが祝福ちゅーもんや」

「…………」


 いきなり突きつけられる衝撃の事実。

 呆れるしかない……。

 俺は自分の席に戻り、グラスを呷る。


「あのっ、リリアって…………」


 それまで蚊帳の外だったビスケが口を挟んできた。

 そうだよな。聞き逃せない単語だよな。


「はあっ……」


 俺は小さくため息を漏らす。

 バッカス様のせいで、順番が狂ってしまったじゃないか。


「リリア・クラウス。俺のカーチャンだよ」

「ええええっっ!!!!」


 ビスケが大声をあげる。

 そりゃ、そうだよな。

 目の前にいる人物が伝説の人物の息子だとか。

 しかも、それが自分の師匠だとか。

 そりゃ、驚くのも当たり前だ。


 本来なら、出来るだけ自然な流れで伝えようと思っていたんだけど、バッカス様のせいですべて台無しだ。


「てことは、あのっ、師匠が、あのっ」

「落ち着け」

「はっ、はい」


 一旦、落ち着かせるため、ビスケにグラスを手渡す。


「バッカス様の言う通り、俺は元勇者リリア・クラウスの一人息子だよ」

「そうだったんですか……ビックリですぅ」

「もともと、今日はそれをビスケに伝えようと思っていたんだ」

「そうなんですか?」

「ああ。以前言っただろ、俺が納得するようなセレス像を作れたら、秘密を教えてやるって」

「ああ、そういえばそうでしたぁ」

「まあ、だからと言ってなにが変わるわけでもないんだけどね。これからも同じように接してくれれば良いよ」

「はい、師匠ぅ」

「それと、ニーシャは知っているけど、他のメンバーには内緒でね。彼女たちには折を見計らって俺から伝えるから」

「了解ですぅ」


 ビスケも納得してくれたようだ。


「話は終わったかえ?」

「ええ。終わりましたよ」

「それで、ワイの像を作るっちゅう話じゃが……気が変わった」

「へ? どうしたんですか?」

「そっちの嬢ちゃんに作ってもらうわ」

「えええええええええっ!!!!!」

「なんぞ不服かえ?」

「いえ、そういうわけでは……」

「じゃあ、頼んだぞ」

「でも、なんで私なんですか? 師匠の方が適任かと……」

「なんでかっていうと、匂いやな」

「匂いですか?」

「ああ、匂いや。ニーチャンはセレスちんの匂いが強すぎる。嬢ちゃんも少しセレス臭いけど、ワイの匂いの方が強いで。嬢ちゃん、酒と火が大好きやろ。魅入られとるで」

「たしかに、そうですけど……」


 俺は鍛冶もガラス工芸もやるけど、それが専門というわけではない。

 それに対し、ビスケはガラス専門だ。火の専門家と言っても良い。

 そこら辺のことをバッカス様は感じ取ったのだろう。

 さすがは神様だ。


「それに、嬢ちゃんが作ったワイの像が、師匠の作ったセレスちんの像と並ぶんや。しかも、師匠のより出来のいいヤツがな。おもろいやろ?」


 バッカス様はガハハと豪快に笑う。


「えー、光栄ですけど、私、師匠より立派な像なんて作れないですよ〜」

「大丈夫大丈夫。ワイがついてるけん。ワイがちょこっと手ぇ貸したるわ」

「は、はあ……」


 不安そうな表情のビスケと対照的に「ワイに任せろ」なバッカス様だ。


「そんじゃ、善は急げや。さっそく工房に行こうや」


 と立ち上がり、工房へ向かおうとするバッカス様。

 その手には持ってきた酒樽ではなく、竜の泪の樽が抱えられていた。


「こっちやな」

「分かるんですか?」

「酒と火の匂いが分からんで神なんて務まるかいな」


 バッカス様は案内もなしに、工房へと先だって向かう。

 仕方がないので、俺はビスケとともに後に従う。


「おお、ここか、中々の炉やな。これ、ニーチャンが作ったのか?」

「いえ、エノラ師に作っていただきました」


 鍛冶聖とも呼ばれる、エノラ師。

 俺の鍛冶の師匠だ。

 師匠に弟子入りした際に作ってもらった炉。

 実家にあったそれをバラして持ってきたのが、ここの工房に置かれている3つの炉だ。


「おお、あの嬢ちゃんか。納得納得」


 バッカス様にかかれば、エノラ師も嬢ちゃん扱いか。


「あの嬢ちゃんもええ信仰心しとるわな。だてにワイの使徒を勤めておらんわな」


 バッカス様が言う「使徒」というのは、「信徒」より上の位だ。

 俺もビスケもセレスさんの「信徒」ではあるが、「使徒」ではない。

 「使徒」となるためには、ケタ違いの信仰を示さねばならない。


 バッカス様は酒と火の神。

 旨い酒をたらふく飲み、火を用いて良い作品を作ることが信仰の証だ。

 エノラ師であればバッカス様の使徒であっても納得だ。


「さっきまで使ってたんやな。エエことや」


 バッカス様が炉をパンパンと手で叩く。

 夕食前まで炉は稼働させていたので、今でも余熱でほんのりと温かい。


「じゃあ、さっそく作ってや」

「はっ、はい」

「嬢ちゃんの信仰、しかと、ワイに見せてくれや」

「あのぅ」

「なんや?」

「どれくらいの大きさのものを作ればよろしいのでしょうか?」

「せやなあ。玄関のセレス像より大っきいの作ってや。ワイの方がチッコイとかカッコ悪いやろ」


 実際の身長で言ったら、バッカス様はセレスさんの半分以下だ。

 というか、セレス像より大きいとなるとほぼ実物大じゃないか……。


「あのぅ……」


 師匠が作った像よりも大きい物を作れ。

 しかも、店の看板になる像で。

 そんな無茶振りされたビスケがこちらに助けを求める。


「まあ、バッカス様もこうおっしゃっているし、作ってみたら」


 相手は神様だ。

 ビスケには申し訳ないが、俺にはこう答えるしかない。


「私、そんな大きい物、作ったことがないですぅ……」


 自信なさそうにするビスケ。

 そうだ。ビスケにとっては大物を作ること自体が初めて。しかも、それが神像で、本人が見ている前で作らなきゃならない。

 ビスケのプレッシャーは相当なものだろう。


「大丈夫。問題ありそうだったら、俺がサポートするし。それに、今のビスケの腕前ならなんとかなると思うよ」


 難題ではあるが、ステータス的には余裕な範囲だ。

 経験が圧倒的に足りてないことが問題なだけ。

 だけど、ビスケの素質なら、それを乗り越えてくれる。

 俺はそう信じている。


「はい。師匠。なんとか頑張ってみます」

「せやせや、ワイもサポートしたるけん」

「じゃあ、やってみます」

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