145 夜の闖入者
「今日はよく頑張ったな」
「はい、へろへろですぅ」
夕食後、俺はビスケと二人、1階店舗部のテーブルに向かい、グラスを傾けていた。
ちなみに、リビングではニーシャとルーミィのお勉強会。
ミリアは自室に引きこもって『錬金大全』を熟読。
カーサも自室で魔力操作のトレーニング中だ。
「頑張ったから、竜の泪の味もひとしおだろう」
「はいですぅ。自分の稼いだお金で買ったと思うと、より一層美味しく感じますですぅ」
俺たちはビスケの初収入で買った竜の泪を二人差し向かいで飲んでいた。
「今日の神像奉納でビスケは一人前の神像職人としてデビューしてわけだし、これで名実ともに俺の弟子だな」
「師匠ぅ〜」
「俺はしばらく神像作りに手を割けないから、そっちはビスケに任せたぞ」
「はい、師匠。任されました」
ビスケはおどけた調子で敬礼のポーズをとる。
「今日はめでたい弟子のスタートだ。たっぷり飲んで祝おうじゃないか」
「ありがとうございますぅ」
今日、ビスケには俺の正体を明かそうと思う。
今日の奉納で外から見ても、ビスケは俺の弟子という認識になった。
ビスケの人柄は短い付き合いで把握したし、正式な弟子ということで隠し事はナシにしようと思う。
もう少し酒が進んだら、頃合いを見計らって教えるつもりだ。
そんな感じで盃を傾けていると、突然、玄関ドアを激しく叩く音がする。
――ドンドンドンドンドン。
「なんだ、こんな時間に?」
「なんでしょう、私が見てきましょうか?」
「いや、暴漢だったら危ない。俺が見てくるよ」
結界を貼ってあるから、まず安全だとは思うが、念の為に俺が出ることにした。
俺は玄関に向かう。
その間もドアを叩く音は収まらない。
「誰だ?」
俺はドアを強めに開いた。
ノックしていた誰かはそれを華麗にかわした。
「どうも〜、ジャマするで〜」
夜間の闖入者は小柄な少女だった。
俺の横をスルリと通り抜け、部屋の中へと入っていく。
油断していたつもりはなかった。
いくら家の周囲に結界を張り、悪意を持った者が侵入出来ないようになっているとはいえ、こんな時間の呼ばれざる者である以上、それなりの警戒はしていた。
しかし、この少女は俺の虚をつくかのごとく、あっけなくすり抜けて部屋に入り込んだ。
何者なんだ。
俺は警戒心を強める。
「な〜に、ニイチャン、怖い顔したって。ワイはなんも、悪気はないで。ちょいと気になったからお邪魔しただけや」
小柄な少女。
ドワーフだろうか。
黒髪の二つ結び。
片手に大きな徳利を持ち、顔は赤く酔っ払っている。
しかし、ただの酔客とは思えない身のこなしだった。
悪びれた様子もなく少女がケラケラと笑う。
「誰だ?」
きつ目に詰問するが、少女は動じた様子もない。
「なんや、ニーチャン、ワイのこと知らんのか。ワイもまだまだやのう」
少女はとぼけたような返答をする。
そんな中、俺たちのやり取りが気になったのか、玄関の方までビスケが覗きに来た。
「えっ、嘘ッ!?」
ビスケが少女を見て、絶句して固まっている。
「おっ、どうやら、嬢ちゃんはワイのこと知っとるようやな」
「ビスケ、知ってるのか?」
「知ってるもなにも……バッカス様ですよ」
「バッカス……さま」
「おうそうや。よろしくな」
ガハハと笑う少女、あらため、バッカス様。
バッカス様といえば、酒と火の神様だ。
酒飲みや鍛冶師に信者が多く、ドワーフに人気の神様だ。
まさか、深夜の来訪者が神様だったとは……。
俺でも反応できない身のこなし、相手が神様なら納得だ。
その神様を相手に立ち話もなんなので、打ち上げをしていたテーブルに移動することにした。
バッカス様と向い合って座る俺とビスケ。
「なんや、ええ酒飲んどるやんけ。ええ信心やのう。ワイにも一杯くれや」
バッカス様的には良い酒を飲むことが信仰の証だったはず。
ビスケがグラスになみなみと注ぐとバッカス様は「くぅ〜」と喉を鳴らし、一息で飲み干してしまった。
「やっぱ、竜の泪は旨いのお。おかわりや」
さすがは酒の神、飲んだだけで竜の泪と言い当てた。
ビスケがすぐに注ぎ直す。
二杯目もすぐに空にしてしまうバッカス様。
それで「おかわり」ときたもんだ。
これじゃあ、キリがない。
俺は来訪の目的を尋ねてみた。
「それで、バッカス様が一体なんの用事で?」
「なーに、フラッと通りを歩いてたんよ。そしたら、気になる像があっての。ちょっと気になったから、寄らしてもらったんや」
バッカス様の返答はどうも要領を得ない。
しかし、客寄せのつもりで置いていたセレスさんの像が、まさか、神様を呼び寄せてしまうとは想像もしていなかった。
「あれ、セレスちんの像やろ」
「ええ、まあ」
神様の間に序列はない。
だけど、自分の敬愛しているセレスさんがそういう呼ばれ方をすると、ちょっとモヤっとする。
まあ、相手が神様なので、文句を言ったりはしない。
神様なりの親しみを込めた呼び方なのかも知れないし。
「よく出来とるのう」
「ええ、まあ」
「ワイの像も作ってや」
「はい!?」
いきなりの作成依頼、しかも神様本人から。
俺は酔いが醒めるほど驚いた。
「えーやん。作ってや」
「でも、俺、別にバッカス様の信者ってわけじゃないですよ」
「ん? こんな良い酒飲んどるくせして、ワイのこと信じとらんのか?」
「ええ、特に信仰してるわけでは……」
セレスさんを含め、俺はどの神も信仰していない。
だが、それがバッカス様には気に入らなかったようだ。
「ワイがおるから旨い酒が飲めるんやで」
「そうなんですか?」
「ああ、そうや。酒を造ることはワイに祈るのと同じ行為やで。だから、普段から酒飲む時はワイに感謝して飲むんやで」
「はあ……」
俺が呆然としていると、バッカス様が出し抜けに言い出した。
「ニーチャン、ちょっと近く寄ってや」
??
意図は分からないが、相手は神様だ。素直に言われた通りにする。
今まで向かい合って座っていたが、バッカス様のすぐ隣まで移動する。
バッカス様はいきなり俺の頭を抱き寄せた。
突然のことにドキッとする。
「おう。こりゃ、すごいセレスちんの匂いやなあ。愛されとるのう」
しばらく俺の頭を抱きしめてから、バッカス様は俺を開放する。
「分かるんですか?」
「ああ、こう見えても神じゃからのう。それに、この匂いは……」
なんだろう?




