142 奉納2
「では、早速礼拝堂へ参りましょう」
「礼拝堂ですか?」
「アル殿の神像はすでに聖別済みでしたが、今回の像はまだ聖別されておりません。ですので、ミサを行い、聖別する必要があるのです」
「そうですか。分かりました」
アンナさんに従い、礼拝堂へ向かう。
向かったのは、この教会に3つある礼拝堂のうち、一番大きな礼拝堂だった。
数百人は入ることが出来る大礼拝堂だ。
ミサがとり行われる際には満員になるこの礼拝堂も、今は俺たち3人だけ。
静けさに包まれた礼拝堂に、俺たちの歩く音がこだまする。
礼拝堂の最前、礼拝台の手前でアンナさんは立ち止まった。
「少し準備がありますので、そのままお待ちください」
しばらくして戻ってきたアンナさんは純白の法衣の上から紫色の衣装をまとい、片手には金色に輝く錫杖が握られていた。
ミサ用の衣装だろう。
だが、一枚衣を纏っただけで、アンナさんは別人の様な雰囲気をかもし出していた。
真摯に神に向かう敬虔な信者。
厳かなオーラが全身から立ち上っていた。
つられて俺も襟を正す。
ビスケもかしこまっている。
「では、これより神像奉納の儀を行います」
ピンと張り詰めた空気の中、アンナさんの張りのある声が伝わってくる。
声を張り上げているわけではないのだが、全身を射抜くような鋭さがある。
「敬愛すべき我らが神セレスよ――」
アンナさんの凛とした聖句が礼拝堂の静寂に響き渡る。
俺とビスケは頭を垂れ、黙祷したまま、アンナさんの聖句に聞き入る――。
やがて、アンナさんの聖句が終わる。
長かったような、短かったような。
最後にアンナさんが錫杖でトンと床を打ち付けると、辺りは眩い光に包まれた――。
やがて、光は収まった。
隣を見ると、ビスケが号泣している。
「どっ、どうした?」
「うわああああああん」
慌てて声をかけるが、返事になっていない。
人目もはばからず大泣きするビスケ。
どうしたものかと、アンナさんの方を見ると、彼女はすべてを見通したかの様な慈愛に満ちた笑みを浮かべるばかり。
俺はどうすることもできず、ビスケが落ち着くのを待つしかなかった。
「ううう、師匠ぅ〜」
「落ち着いたか? 話はできるか?」
「はいですぅ」
涙を拭って、ビスケが語り出す。
「また、セレス様にお会いしてしまいましたですぅ。セレス様は私のことを信徒に命じて下さいましたですぅ」
◇◆◇◆◇◆◇
辺りが眩しい光で包まれた。
とても暖かく優しい光だ。
ビスケはそう思った。
その光の中からひとりの女性が現れる。
それは人間ではなかった。ビスケがよく知り、信仰しているセレス神であった。
以前お告げに現れたときと同じ神々しさに包まれた美しい姿。
ビスケはその姿に、思わずひれ伏した。
身体が勝手に動いたのだ。
「おもてを上げなさい」
頭上から神聖な声がかけられる。
ビスケが顔を上げると、目の前には穏やかな微笑を湛えたセレス神の姿があった。
女神の抱擁に触れたような気がして、ビスケは幸福感に打ち震えた。
「そなたからの捧げ物、確かに受け取りました。そなたの信仰の証はしっかりと私に届きました」
打ち震えるビスケに女神は優しく声をかける。
「今日より、そなたを私の信徒に命じます。今後も信徒アルの下、信仰に励みなさい」
「はっ、かしこまりました」
ビスケがそう答えると、再び光りに包まれる。
光が収まったとき、ビスケは元の礼拝堂に立ち尽くしていた――。
◇◆◇◆◇◆◇
「そういうわけですぅ。師匠、これからもよろしくお願いしますぅ」
「ああ、ともに精進していこうな」
「はいですぅ」
どうやら、ビスケも信徒に命じられたようだ。
アンナさんもそれを把握したようで、話しかけてくる。
「おめでとうございます。彼女も信徒に命じられたようですね」
「ええ」
アンナさんがビスケに視線を向ける。
「信徒ビスケ・ガーネットよ。今日からともに、より一層の信仰を励みましょう」
「はっ」
かしこまったように答えるビスケ。
「では、これにて奉納の儀を終わらせていただきます」
アンナさんは神像をビスケに戻す。
「えっ??」
ビスケはなんで像を戻されたのか分からず困惑している。
「ああ、そうか」
一方、俺はすぐにその理由に思い至った。
「まだやることが残ってるんだよ」
「え? そうなんですかぁ?」
「ああ、ビスケは信徒になれただろ?」
「はい」
「ということは、アイテムにセレス神の加護を付与出来るようになったんだよ」
「えええっ! そうなんですかぁ」
「ああ。だから、早速、その像に加護を付与してみよう」
「加護を付与ですかぁ?」
本当に自分に出来るのかと不安そうなビスケだ。
「一般的な付与魔法は知ってるような?」
「はい。学院時代に習いましたですぅ」
「基本的にはそれと一緒だ」
「そうなんですか?」
「むしろ、細かい技術的な問題がない分、こっちの方が簡単とも言える」
「そうなんですかぁ……」
「ああ、通常の付与魔法だと構成する要素をきっちりとイメージしないとダメだけど、加護を付与する場合はシンプルだ」
「…………」
「セレス様のことを思い浮かべ、一体化するイメージを持ちながら、付与対象に魔力を流し込めばいいだけだ」
「それだけなんですか?」
「ああ、普段の祈りを捧げる場合とそう違いはない。できるだろ?」
「それだったら、なんとか出来そうですぅ」
俺の説明が功を奏したのか、ビスケの表情に自信が浮かぶ。
「じゃあ、早速やってみよう」
「はいですぅ」
ビスケは神像を胸の前に抱くように持ち、目を閉じる。
彼女の静謐な祈りが両の手から魔力を通じて神像に流れ込む。
徐々に神像は光を帯びていく。祈りとともに。
そして、ひときわ強く輝くと、神像は光を失った。
「…………ッ」
ビスケがふらつく。
そうなることを予測していた俺は、ビスケを抱き、倒れるのを防ぐ。
「大丈夫か? ほら、これを飲んで」
ビスケにマナポーションを手渡す。
彼女はうなずくと、マナポーションを口に含んだ。
軽い魔素欠乏だ。
俺もそうだったけど、加護の付与は簡単な見た目の割りに、魔力の消費が激しい。
いくらレベルアップして膨大な魔力を手にしたとは言え、初めての加護付与だ。
加減が分からず、ビスケ本人が思ってた以上に魔力を消費したことだろう。
青ざめていた顔色もマナポーションを摂取してしばらくすると、頬に赤みが戻ってきた。
「どうでしたか? 師匠?」
「ああ、バッチリだ。大成功だよ」
「良かったですぅ」
ビスケが回復したのを見計らって、アンナさんが近寄ってきた。
「無事、付与に成功したようですね」
「ええ、俺の弟子はちゃんとやりましたよ」
「少し像を調べさせていただいても?」
「ええ」
「お願いしますぅ」
ビスケがアンナさんに神像を手渡す。
受け取ったそれを丹念に眺めて、アンナさんが口を開く。
「見事ですね。【女神セレスの加護(小)】が付与されています」
「それってどうなんですか?」
加護の程度が(小)と言われても、どの程度なのかピンと来ないのだろう。
ビスケが不安そうに尋ねる。
「ええ、信徒になりたてとしては滅多にありえないレベルです。まあ、中にはアル殿みたいな例外――神に愛されし子もいますが、普通の基準で考えれば、快挙としか言いようがありません。教会としては、これからもビスケ殿に神像作りをお願いしたいところです」
「ホントですかっ!?」
「ええ、是非ともお願いします」
アンナさんは穏やかに微笑む。
「師匠、私、やったんですね?」
「ああ、ビスケは良くやったよ」
ようやく現実が理解できたようで、ビスケは「やったぁ」と飛び跳ねて喜んでいる。
アンナさんも俺もそれをそっと見守っていた。




