141 奉納
「ねえ、本当に大丈夫なんですか?」
セレス教会パレト本部へと向かう道すがら、不安そうにビスケが尋ねてくる。
俺たちは先程ビスケが作り上げた神像を教会に奉納しに行く途中だ。
いざ、自分の作ったものを教会に奉納すると聞いて、ビスケは不安に感じているのだろう。
「ああ、さっきもいった通り、この像はどこに出しても恥ずかしくない一品だ。教会に奉納するのにも十分だよ」
ビスケが心を込めて作り上げた渾身の一品。
単に技巧に優れているだけではなく、その細部までセレスさんへの信仰心が宿っていた。
俺は信仰というものがなんなのか、きちんと理解できているわけではない。
そういう意味では、不真面目な信徒なのかもしれない。
しかし、セレスさんへの敬愛の気持ちなら、誰にも負けないと自負している。
なにせ、生まれてからずっと実際にお世話になってきたのだ。
実際の生活を共にし、幾度となく救われて来たのだ。
その俺から見ても、ビスケの思いが十分に伝わってくる像だった。
俺の像を見て涙を流すほどの信仰心を持った司祭長のアンナさんだったら、ちゃんとこの像の価値を理解してくれることだろう。
「師匠はそう言ってくれますが、やっぱり不安ですぅ」
「まあ、ここまで来て、そんなこと言ってても始まらないだろ」
「でもぉ……」
教会もご近所だ。
こんな会話をやり取りしているうちに到着してしまった。
「教会になにか御用ですか?」
近くのシスターが声をかけてきた。
「ノヴァエラ商会のアルと申します。司祭長のアンナさんに取り次いでいただきたいのですが」
「まあっ、あの!」
シスターが驚いたように口を大きく開ける。
「コホン。取り乱してしまい、失礼致しました。もちろん、取り次がせていだだきます。では、こちらに」
シスターが先導し、教会内部を進んでいく。
この間案内された応接室とは違う方向だ。
「スゴいですね、師匠。顔パスですね」
ビスケが小声で囁く。
「この時間でしたら、司祭長は執務室におりますので」
俺の疑問に答えるかのように、シスターが教えてくれる。
シスターはどこかソワソワした様子だ。
なにかあるんだろうか?
その後も少し歩き、とある一室の前でシスターが立ち止まった。
「あのっ、アル殿」
「なんでしょう?」
いきなり呼びかけられたので、それに応える。
シスターと目が合う。
シスターはなにか思いつめた様子だ。
しばらくためらった後、シスターは口を開いた。
「あのっ、私、アル殿、いえ、アル先生の神像のファンなのです。この間納めていただいた神像も素晴らしいですし、なにより先生の店先に飾られた神像はとても神々しく、言葉に表わせないほどのものだと思っています」
俺の神像を気に入ってくれたのか。それに店先のやつも知っているとは。
「アル先生の神像に祈りを捧げると、本当にセレス様とひとつに結ばれたような一体感を感じることが出来るのです。これが信仰の幸福なのかと教えられました」
シスターは饒舌に語る。
「以来、神像を崇拝する気持ちと同時に、先生を敬愛する気持ちが生まれたのです」
陶酔したように語るシスター。
頬は上気し、瞳は潤んでいる。
そんな様子をビスケが少し引いた顔で伺っている。
「よろしかったら、握手して頂けますか」
「ええ、私でよければ」
「ありがとうございます」
差し出した右手をシスターは両手で握りしめ、うっとりとした表情を浮かべている。
「ありがとうございました」
しばらく、俺の右手をギュッと握りしめた後、シスターは手を離した。
「同僚に自慢できます」
「ははは、そうですか。良かったです」
「失礼しました。こちらが司祭長の執務室になります」
シスターは一息ついてから、執務室をノックした。
「はい」
部屋の中からくぐもった声が聞こえる。
「司祭長、ノヴァエラ商会のアル殿をお連れ致しました」
「入って下さい」
「失礼します」
シスターに続いて部屋に入る。
ビスケは少し緊張しているようだ。
普段はおちゃらけているように見えるが、ビスケは信心深く、俺と違ってセレスさんへの信仰は本物だ。
司祭長といえば、ここの教会のトップだ。
そんな人物と会うということもあって、緊張しているのだろう。
部屋の片隅には大きなデスクが置かれ、デスクに向かう司祭長は書類仕事の最中だったのだろう。
長い黒髪を上品に結い上げ、純白の法衣を身にまとった司祭長アンナ・カレットさん。
相変わらず十代といっても通用する若々しさだ。
「二週間ぶりほどでしょうか、今日はどういった御用で?」
微笑を浮かべるアンナさんに対面のソファーを勧められ、彼女と向き合うように座る。もちろん、ビスケは俺の隣だ。
「では、これで失礼します」
案内してくれたシスターが静かに退室して行った。
「今日は弟子を紹介したくてやってまいりました」
「まあ」
「アル師匠の下で神像作りを学ばせてもらっているビスケ・ガーネットと申します」
自己紹介するビスケはやはり少し堅かった。
「セレス教会パレト本部司祭長を務めておりますアンナ・カレットです。今後とも、よろしくお願いしますね」
こちらは淀みなく流麗なアンナさん。
「アンナさんに是非ビスケの作品を見ていただきたくて」
「まあ、それは楽しみですわ」
俺がうながすと、ビスケは【共有虚空庫】から神像を取り出し、ソファーの間のローテーブルにそっと置いた。
「まぁ!」
そう言ったきり、アンナさんは真剣な眼差しで神像を凝視する。
「触って拝見させていただいても?」
「ええ、もちろんです」
アンナさんはそっと神像を手に取り、色々な角度から神像を確認している。
やがて、もとあったように静かにテーブルに戻された。
「今回も素晴らしい作品ですね」
その言葉にビスケのこわばりが少し取れたようだ。
安心したため息が彼女の口から漏れる。
「ええ、ですので、教会に奉納させていただこうと」
「分かりました。ただし、今回もお代は支払わせていただきますよ」
「ええ」
これはセレスさんの神託だからしょうがない。
俺たちが固辞しても、向こうは折れないだろう。
「では、早速礼拝堂へ参りましょう」
アンナさんがそう切り出した。




