140 指導:ビスケ
しばらくの間ミリアとカーサに指導してやり、その後ビスケの様子を見に向かった。
「どうだ、調子は?」
「師匠ぅ、スゴいですぅ!!!」
ビスケはやたらと興奮していた。
「自分でも信じられないほど、上手にできるんですぅ。【空圧】も【空斬】も自在に使いこなせますぅ。頭の中のイメージ通りに像が作れるんですぅ」
「そうか、良かったな。それがビスケの実力なんだよ」
俺は並んでいる完成品を眺める。
全部で10数体。
10センチほどのセレス像が並んでいる。
この短時間でよくこれだけ作り上げたものだ。
しかも、どれも精巧に出来ている。
初日のかろうじて人型と認識できるレベルから比べたら驚くほどの成長だ。
レベルアップの効果がここまであるとは……。
「よくやったな」
ビスケを褒めてやると、子犬のように喜んでいる。
「師匠がレベルアップさせてくれたおかげですぅ。ここまでスゴいとは思ってなかったですぅ」
「それにしても、よく出来ているな」
俺は一体を手に取り、じっくりと観察する。
精巧さでは文句なし、その上、ポージングなんかは俺よりセンスがあるように思える。
これだったら……。
「よし、じゃあ、次は渾身の一品を仕上げてみよう」
「渾身の一品ですか?」
「ああ、ここに並んでいるのも、手抜きせずに一生懸命に作ったことは分かっている。だけど、次に作る一体が最後の一体。それくらいの気持ちで、本気を出し切るつもりでやってみるんだ」
「…………(ゴクリ)」
「今のビスケの全力を出し切った作品を作ってみてくれ」
「…………分かりました」
ビスケの目に炎が灯った。
「大きさも形も自由でいい、ビスケが思う最高傑作を作ってくれ」
ビスケはコクリと頷いた。
炉に向かって座るビスケ。
静かに目を閉じる。
最初は小刻みに震えていた両手が、深呼吸を数回するうちに、ピタリと止まった。
大きく目を見開いたビスケは作業を開始する。
混ぜ合わさった材料と炉にくべて捏ねる。
その手に迷いはないようだ。
炉の炎がひときわ大きく燃え上がる。
炉の中には、ドロドロに溶けて赤熱したガラス塊。
「【飛翔】――」
頃合いを見計らい、ビスケがそれを取り出す。
大きなガラス塊だ。
この量だと20センチくらいの神像が出来るだろうか。
今までは10センチほどの小さいものばかり作っていたが、今回は大物に挑戦するようだ。
手彫りの場合は小さい方が難しい。
繊細な手先の動きが要求されるからだ。
しかし、魔力を用いた彫像の場合、一概に小さい方が難しいとは限らない。
なぜなら、大きくなるとそれだけ操作する魔力の量も多くなるからだ。
多量の魔力操作に慣れていない今のビスケにとっては、大きい像を作る方が難しいくらいだろう。
だけど、ビスケはそれに挑戦した。
今までの作業からなんらかの手応えを感じたのだろう。
自分の能力ギリギリの大きさを見極め、それに挑戦することを選んだのだろう。
そのチャレンジ精神だけでも評価したい。
是非、上手くいってくれ。
応援する気持ちで俺は後ろから眺める。
【飛翔】の魔法で空中に浮かぶ赤熱したガラス塊。
先日まではフラフラと安定感がなかったけど、今日はバッチリ安定している。
レベルアップにより、魔力操作が上昇したおかげだろう。
「【空斬】――」
「【空圧】――」
【空斬】と【空圧】。
2つの魔法を駆使して、形を整えていく。
魔法の使い方には迷いがなかった。
ただの塊だったガラスが段々と人型をとっていく。
「ほう」
なかなかやるじゃないか。
さすがは【ガラス工芸】スキルがAなだけはある。
ちゃんとした工房で修行を積んでいたなら、ここに来ることなくガラス職人として大成していただろう。
こんな優秀な原石がそこら辺に眠っているとは。
ビスケには申し訳ないが、前の工房の親方に感謝したいくらいだ。
いや、ビスケみたいな例はいっぱい存在するのだろう。
能力はあるが、環境に恵まれず、その力を発揮できずにいる人たち。
俺たちが商会を大きくするためには、そういう人たちをどんどん取り込んでいかないとな。
そんなことを考えているうちに、ビスケの神像作りも終盤に差し掛かっていた。
低出力の【空斬】で細部を整えていくビスケ。
真剣な目をしている。
良い職人の表情だ。
これなら、きっと素晴らしい一品が仕上がることだろう。
俺はそう確信できた。
「出来ました〜」
ビスケは仕上げに【硬質化】をかけ、ガラスを硬質化させる。
そして、【飛翔】でゆっくりと完成品を地面に下ろした。
「どうですか、師匠ぅ?」
真剣だった表情が緩み、いつものビスケに戻ったようだ。
「ああ、素晴らしい出来だな。文句なしの一品だ」
「えへへ。師匠に褒められたですぅ〜」
「お世辞抜きに良い作品だと思う。これなら問題ないだろう」
「そうですか。えへへへ」
「よし、これを持って教会に行こう」
「教会?」
「ああ、この像を奉納するんだよ」
「ええっ!?」




