14 デザートタイム
ニーシャと食事をともにした食堂は宿屋備え付けの食堂だった。
もともと、ニーシャは長期間この宿に一人部屋を借りていた。
他に宿のアテもないことだし、俺もここに泊まることになった。
その際に、ニーシャも一緒に二人部屋を借りることになったのだ。
俺は別々の部屋にしようと言ったのだが、ニーシャに却下された。
宿代を支払うのがニーシャである以上、俺は文句も言えなかった。
「私は商人よ。売れるものならなんでも売るし、ケチれるところはケチる。それが私のポリシーよ」
そう言って胸を張るニーシャ。
フードを脱いだせいで、身体のラインがはっきり現れている。
着痩せするタイプなのか、フードの効果なのか、今まではわからなかったけど……胸が大きい。
ゴクリ。
ダメだダメだ。
せっかく仲良くなれたんだ、失礼な目線を向けたりしちゃダメじゃないか。
俺は気を紛らわすために、他のことを考える。
頭にチラつくニーシャの立派な胸を必死にかき消し、一生懸命に思考を巡らせる。
そういえば、今日はまだ甘味を食べていなかったな。
思い出したら、急に食べたくなった。
かーちゃんほどではないが、俺も立派な甘味中毒だな……。
よし、食後のお茶の時間にしよう。
「なっ、なあ、ニーシャ。お茶にしないか?」
「お茶?」
「ああ」
「それは賛成だけど、この部屋にそんな気の利いたものないわよ?」
「大丈夫だから、任せて任せて」
ティーポットに【虚空庫】から取り出した茶葉をセットし、火魔法と水魔法の二重詠唱【創造湯】で少し熱めのお湯を注ぐ。とはいっても、詠唱破棄しているので、長々と呪文を唱えたりするわけじゃなく、起動ワードを呟くだけだ。
「なにその贅沢な魔法の使い方!?」
はたからは、詠唱もなしでとつぜん俺の指先からお湯が出てきたように見える。
ある程度の使い手にとっては、詠唱せずに魔法を使うのは当たり前。
というかカーチャン相手にチンタラ詠唱している暇なんかないから、昔、必死で覚えたんだよな。
だけど、魔法を使えないニーシャにとっては新鮮だったようだ。
「いろいろと便利だぞ。火魔法と風魔法のダブルで熱風を出して、髪を乾かしたりとか」
「はあ……呆れて言葉も出ないわ…………」
茶葉が開くまでの時間を利用して、【虚空庫】からいいものを取り出し、ふたり分を切り分ける。
「ほら、食後のデザート代わりに、こいつでもどうだ?」
「デザートって、貴族じゃないんだから……。クリヨーカン?」
「お、知ってるか?」
「知らないけど、ほらコレ」
ニーシャは自分の目を指差す。
ああ、鑑定眼か。
「美味しい〜。こんなに甘くて美味しいもの初めて食べたわ」
「そうか。一応、俺の自信作なんだ。ほめてもらえると嬉しい」
もとはセレスさんに教わったレシピだけど、俺なりのアレンジを加えた一品だ。
カーチャンやセレスさんにも評判が良かった。
ニーシャも気に入ってくれたようでなによりだ。
丁度いい頃合いを見計らい、お茶を注いでニーシャに渡す。
「お茶もスゴいわね。なに、この豊かな香りは。まるで、森の中にいるみたい」
「これは実家から持ってきたやつ。多めに持ってきたから、飲みたい時はいつでも言ってくれ」
茶葉はセレスさんが家庭菜園で育てていたものだ。
イラ立っているカーチャンの怒りを鎮めるほどの鎮静作用がある。
味も一級品だし、食後のリラックスタイムには欠かせない。
クリヨーカンに続いて、お茶まで褒められた俺はご機嫌だった。
ニーシャも甘味と甘露にご機嫌のようだ。
「あ〜、幸せ〜。このクリヨーカンとお茶だけでも、アルと組んだ甲斐があったわ〜」
ニーシャは「極楽極楽〜」と幸せそうにお茶をすすっている。
目もトロンとして、ずいぶんと気持ちよさそうだ。
セレスさんの茶葉の効果が覿面に効いているな。
俺もお茶をすする。
うん、やっぱり一日の最後はこのお茶だよな。
一日の疲れが取れる。いや、正確には二日か。
昨日は徹夜で薬草採取していたから寝てないもんな。
しょっぱなから行き当りばったりだけど、2日目にして貴重な仲間を得ることができたから、結果オーライかな。
このまま休んでしまうのもいいかもしれないけど、今はそれよりも気になっていることがある。
「なあ、ニーシャ」
「なに?」
「お願いがあるんだ」
「なにかしら? 今だったらどんなお願いでも聞いちゃいそうな気分よ」
心の底からご機嫌そうなニーシャだ。
この調子なら、俺のお願いも聞き入れてくれるだろう。
「今夜、キミを買いたい」
「……へえ。見かけによらず、君って意外と肉食系?」
ニーシャは誘惑するように眼を細める。
その妖艶な仕草にドキッとする。
ニーシャはそっと俺の下へ音もなく歩み寄る。
「私は安くないわよ?」
ニーシャは蠱惑的な笑みを浮かべ、人差し指で俺の頬をそっと撫でる。
ゾワゾワとする感覚が俺の全身を伝う。
あっ、しまった!
女性を買うっていうのが、そういう意味を持つってことをすっかり忘れていた。
つい、ニーシャの商売人っぽい物言いにつられて、とんでもないことを言ってしまった。
早く訂正しないと…………。
「あっ、あのっ、ニーシャさん」
「なあに?」
「ごっ、ごめんなさいッ。いっ、言い間違えですッ」
「言い間違え?」
動揺のあまり俺はしどろもどろだった。
詰め寄るニーシャになんとか言葉を紡ぎ出す。
「ニーシャに教えてもらいたいことがいっぱいあるんだ。言い方が悪かったけど、お金は払うから、いろいろと教えてもらいたいんだ。ほら、俺あんまり常識ないし…………」
「……………………はぁ。確かに、常識はないわね」
ニーシャは呆れた調子で厳しいことを言う。
「まあ、いいわ。私で良ければ教えてあげるわ」
「ホントっ!?」
「ええ。それにお金は不要よ」
「でも――」
「私たちは今日から仲間でしょ。心はひとつ。財布もひとつ。だから、私たちの間でお金のやり取りはナシにしましょう。儲けはすべて折半。いいわね?」
「うん、ありがとう」
嬉しい言葉だった。
胸の中にジンと来る。
俺はやっと気がついた、俺に初めての友人ができたんだって。
無性に嬉しくなった。
ニーシャと一緒に最高の職人を目指すんだって、あらためて決意する。
「それと――」
「うん、なに?」
「本当に私を買いたいんだったら、ちゃんと言ってね?」
「……うっ、うん」
「まあ、安くはないけどね。アルが相手だったらちゃんと考えるわよ」
そう言って、ニーシャはいたずらっぽく微笑んだ――。




