136 ブリーフィング
「よしっ、全員揃ったな」
俺はテーブルに座る5人を見渡して告げる。
朝から少しバタバタしたけど、なんとか全員時間には間に合った。
これからなにを話されるのか、みんな興味津々にこちらを見つめる。
「今日これからなにをするのか。みんなには内緒にしてきたけど、今、発表する」
俺の発言にゴクリと息を飲む声が聞こえる。
「その前に、ルーミィ以外のみんなはちゃんと冒険者カードを用意しているな」
ルーミィを除く全員が頷く。
他の3人は魔術学院時代にダンジョン実習があり、すでにカードは取得済みだった。
実は、ルーミィの冒険者カードのことは完全に失念していて、思い出したのは昨日の宴会の最中だった。
まあ、ルーミィは昨日はまだ調子も戻っていなかったので、無理して取りに行かせるほどでもなかったから、それは構わない。
後で、一番に登録に行けばいいだけだ。
「今日はダンジョンに潜って、レベリングをする」
ハッと息を飲む音がし、シーンと静まり返る。
「といっても、危険な戦闘をさせるつもりはない。俺が弱らせたボス・モンスターにコイツでトドメを刺せばいいだけだ」
俺は魔銃パラベラム(改)をテーブルに乗せる。
「指一本で引き金を引けばいいだけだ。簡単だろ?」
銃を構え、引き金を引く動作を実演してみせる。
「でも、私たち、パレトのダンジョンは初めてニャ。ボス部屋まで行くのも一苦労ニャ」
ミリア、カーサ、ビスケともに魔術学院出ではあるが、高出力魔法が使えず、戦闘向きではない。
一応、学院時代の実習でダンジョンに潜った経験はアルらしいが、それでも浅層をちょろっと探索したことがあるくらいの経歴だった。
「大丈夫。ちょっとした裏ワザがあるから」
例の遺物、『転移カード』だ。
「これがあれば、みんなを未到達階層まで連れていくことが出きる」
「ホントですか?」
「ホントかニャ?」
「ああ、ニーシャの鑑定で問題ないことが分かっている」
俺はカードをみんなに見せつける。
「ということで、今日は大物喰いだ」
まだ状況を把握しきれていないのだろう。みな、不安げな表情を浮かべている。
「念の為にこれを渡しておく」
俺は『護身のアミュレット』を3つ、テーブルの上に置く。
ニーシャとビスケにはすでに渡してあるから、残りの3人の分だ。
「これは『護身のアミュレット』だ。これさえ身につけておけば、大抵の危機は回避できる。今日、出番が来るとは思っていないけど、念の為に身につけておいてくれ」
俺は一人ずつ順番にアミュレットを手渡していく。
各人の魔力に反応して動作するようにしてあるので、他人のアミュレットでは効果を発揮しないからだ。
各自、手渡されたアミュレットを首にはめる。
ルーミィが手間取っていたので、助けてあげる。
それにしても、細い首だ。
「ありがとう、ご主人様」
「うむ」
ルーミィの御礼の言葉に頷いて返す。
「それと指輪も渡しておく。アミュレットと指輪についての説明は、空いている時間にニーシャから聞いておいてくれ。ニーシャ、よろしく頼む」
「ええ、分かったわ」
今日のレベリングは俺以外の5人は1人ずつのローテーションだ。つまり、俺以外は全時間のうち5分の4は待機時間だ。
この時間を利用して、親睦を深めるとともに、商会の仕事などについての情報伝達もニーシャにはお願いしてある。
空き時間もムダにするつもりはないのだ。
「さて、準備は調ったな。詳しいことは現地で話す。よしっ、出発だ」
◇◆◇◆◇◆◇
「うわっ、すごいっ」
家を出て、最初にソレに気がついたのは、ルーミィだった。
玄関脇に置かれていた、小柄なルーミィの胸ほどの高さもある、ガラス製のセレス様の神像だ。
「すごいニャ」
「すごいですね、これは」
ミリアとカーサも驚いている。
3人とも昨日は【転移】で王都から直接リビングルームへ飛んできたから、家の外に出るのはこれが初めてだ。
だから、初めて見る巨大セレス像に驚いているのだろう。
「すごいでしょっ! 師匠が作ったんですぅ」
ビスケが我がことのように胸を張る。
「アルさんが?」
「ニャ?」
「ああ、そうだ。店の看板に持って来いだろ?」
「恐れ多いですよ」
「ニャ」
「大丈夫。ちゃんと許可は取ってあるから」
「そうですか。たしかに、客寄せにはいいかもしれませんね」
「こんな目立つ店は他にないニャ」
みんなで神像を拝んでからの出発となった。
ちなみに、幾重にも防御結界を張っているから、防犯対策はバッチリだ。
家を出てしばらく歩き、ダンジョン入口前で他のメンバーと別れる。
「じゃあ、俺とルーミィは冒険者登録に行ってくるから、ちょっと待っててくれ」
俺とルーミィは隣の冒険者ギルドの建物へ向かう。
さすがに、この時間はまだ閑散としていた。
俺はルーミィを連れて、受付窓口へ向かう」
「この子は俺の奴隷だ。この子の冒険者登録を頼む」
説明などは不要であることを伝え、最速での登録をお願いした。
トラブルもなく、5分ほどでルーミィの冒険者登録は完了し、冒険者カードが発行された。
「さあ、みんなのところに戻ろう」
「はい、ご主人様」
心なしか、嬉しそうな表情のルーミィだった。
「嬉しいのか?」
「はいっ。冒険者には憧れてました」
「そうか、じゃあ、今日は頑張れよ」
そんなことを話しているうちに、みんなの元へ戻る。
「待たせたな、さあ、行こう。転移酔いは大丈夫か?」
「あれ、苦手ですぅ」
「ミリアは平気ニャ」
「私は大丈夫だと思います」
学院組はまあ、なんとか大丈夫だろ。
ニーシャももう慣れているし、問題は……。
「ルーミィ、ダンジョンに入るときや転移ゲートを使う時にはな――」
転移酔いについて、説明してやる。
「慣れないとちょっとキツいかもしれないけど、我慢してくれよ」
「はい。我慢します。でも……、ご主人様」
「ん? なんだ?」
「よろしければ、手を繋いでもらえませんか?」
「ああ、いいよ」
ルーミィの小さい手を握る。
「ありがとうございます。ご主人様」
手を繋いだだけで、嬉しそうな笑顔を向けてくる。
これくらいなら、安いものだ。
いくらでもやってやる。
「さあ、行くぞ」
俺たちはダンジョンに入って行った――。
――転移酔いが治まる。
「クラクラするですぅ」
「久々の感覚ニャ」
「こんなにキツかったでしたっけ」
「ルーミィは大丈夫か?」
「ええ、平気です。我慢できます」
辛そうな表情に反して、ルーミィ強気な返答をする。
まるで、今までもっと酷い体験をしてきたから、これくらいはなんでもないと言っているように感じられた。
「辛かったら、我慢しなくていいんだからな」
「??」
俺はよく分かっていない様子のルーミィの頭を撫でる。
「ニーシャはどうだ?」
「ええ、もう慣れたわ」
「よし、じゃあ、もう1回頑張ってもらおうか」
俺は【虚空庫】から『転移カード』を取り出した――。




