135 朝のバタバタ
「ううっ」
いつもと違う感覚に俺は目を覚ました。
時間は午前4時半過ぎ。【警報】をセットした時間よりも少し早く目が覚めてしまった。
俺はベッドに視線をやり、違う感覚の理由に思い至った。
ベッドの中には、気持ち良さそうに眠っているルーミィがいた。
「そういえば、一緒に寝ちゃったんだったな」
二人で横になったまま会話をした後、頭を撫でているうちにルーミィはすぐにすやすやと寝息を立て、それを聞いているうちに俺も眠りに落ちてしまったのだった。
ベッドから起き上がった俺は、身支度を整える。
とはいっても、服を普段着から『旅人の服(国宝級)』に着替え、【清潔】で清めるだけだ。
すぐに終わってしまった。
俺の準備はこんなものだけど、ルーミィは女の子だし、色々支度もあるだろう。
気持ちよさそうに寝ているのを起こすのは忍びないが、今日は早朝から出発予定だ。
心を鬼にして、ルーミィに声をかける。
最初は反応なかったが、やがて、ルーミィが目を覚ます。
「おはようございます。ご主人様」
「ああ、おはよう」
眠そうに目をこすっている。
「今日は早いからな。すぐに起きて支度だ」
「はい、ご主人様」
ルーミィはぴょこんとベッドから飛び降りる。
その姿は発育不良で、12歳とは思えないほど細く小さい。痛ましいほどであった。
しかし、足取りはしっかりとしていた。
この調子なら、大変かも知れないけど、今日を乗り越えられそうだな。
「よし、じゃあ、行こう」
「はい、ご主人様」
ドアを開け、廊下に出たところで、ビスケと遭遇した。
「師匠、おはようですぅ…………って、はっ!?」
「おはよう、どうした?」
「どうして師匠の部屋から、ルーミィちゃんがぁ…………」
「一緒に寝たからだ。それがどうした?」
「がーーーーーーーん」
「本当にどうしたんだ?」
「師匠があんなに小さい子と。まさか、師匠がそんな趣味だったとは…………」
俺はようやくビスケがなにを邪推しているのか悟った。
ビスケに近づいて、脳天にチョップを落とす。
「いてっ」
「アホか。普通に寝ただけだ」
「あっ、そうだったんですかぁ?」
「ああ」
ビスケは目をぱちくりさせている。
「良かったですぅ。安心しましたぁ」
「そうか、よかったな」
他人事のように言い放つ。
「あっ、でも、もしそういう必要があるなら、是非私に声をかけて下さいですぅ。そのときは私がお相手いたしますですぅ」
「アホっ」
「いてっ」
俺は再度チョップを落とし、ビスケの提案を一蹴する。
「これが師匠なりの愛情ってヤツなんですね」
頭をさすりながら、戯けたことを抜かすビスケ。
「バカなこと言ってないで、さっさと行くぞ」
今朝は出発が早いのだ。
こんなとこでのんびりビスケと漫才を繰り広げている暇はない。
「はいですぅ」
「はい、ご主人様」
俺の横に並ぶビスケと、後ろをちょこちょこと付いて来るルーミィ。
3人揃ってリビングへ向かった。
そこにはニーシャが待っていた。
「あら、おはよう」
「ああ、おはよう」
「おはようですぅ」
「おはようございます。ニーシャおねえちゃん」
ニーシャは出発準備万端のようだ。
余裕を持って、お茶を飲んでいた。
「ミリアとカーサがまだか…………」
現在4時45分。約束の時間の15分前だ。
ミリアは『錬金大全』に夢中で夜ふかしした可能性があるし、カーサは竜の泪に酔いつぶれてダウンしている可能性がある。
「ったく、しょうがないな。ニーシャはミリアを見てきてもらえるか? 多分、ただの寝坊だから叩き起こしていい」
「ええ、分かったわ」
「ビスケは俺と一緒にカーサのところだ」
「はいですぅ」
「ルーミィは自分で支度できるか」
「はい、ご主人様」
「じゃあ、5時までに済ませてくるんだ。いいな?」
「はい、ご主人様」
俺とビスケはカーサの部屋へ向かう。
「いきなり、俺が入るのも問題あるだろう。ビスケ、どんな様子か見てきてくれ」
「はいですぅ」
ビスケがカーサの部屋に入っていく。
しばらく、ガサゴソという音と二人の話し声が聞こえてくる。
やがて、ドアが開く。
「師匠ぅ。やっぱカーサちゃんは二日酔いでダメみたいですぅ」
「仕方がないな。俺が入っても大丈夫な状況か?」
「はい、大丈夫ですぅ」
それを確認してから、俺は部屋へ入る。
視界に入ってきたのは、かろうじてベッドに上体を起こしているが、気分悪そうにうつむくカーサの姿だった。
「【解毒】――」
「【回復】――」
解毒魔法と回復魔法をカーサに放つ。
解毒魔法はアルコールを分解し、無毒化する効果もある。
ヒールと合わせれば、二日酔いくらぶっ飛ぶだろう。
「えっ、うそ!?」
さっきまでダルそうにしていたのとは打って変わって、スッキリとした表情のカーサ。
「どうだ、楽になったか?」
「はいっ、凄い楽になりましたっ!」
眼の色まで変わっている。
これなら大丈夫だろう。
「今のは【解毒】と【回復】ですよね?」
「ああ」
「凄い効果です。信じられない」
「師匠、すごいですぅ」
「ん? ただの【解毒】と【回復】だぞ?」
「普通はここまで劇的な効果はないですよ」
「ですぅ」
魔術学院に通っていた二人。
その二人からすると、どうやら、俺の魔法の効果は凄すぎるらしい。
俺の周りにいたのは参考になる普通の人ではなく、普通から足を踏み外した人外ばっかりだった。だから、俺は人並みってのが分からない。
どうやら、俺の魔法も非常識みたいだ。
こういう時は――。
「修行だ修行。修行すれば、誰でも出来るようになる」
と修行のせいにしておいた。
おかしいのは俺じゃない。
俺が受けてきた修行が非常識なだけだ。
俺は悪くない。
「できませんよ〜」
「ですぅ〜」
そろって否定してくる二人組。
「まあ、それは置いといて、もう時間がない。カーサ、急いで支度してくれ」
「あっ、はい」
「俺たちはリビングに戻っているから、5分以内にリビングに集合な」
「はっ、はい」
慌てて支度を始めるカーサを尻目に、俺とビスケはリビングに向かう。
そこには、すでにミリアの姿もあった――のだが、机に突っ伏し、まだ半分寝ている状態だった。
「【雷撃】――」
「ひぇ〜〜〜〜」
俺がミリアに放ったのは最弱に調整した【雷撃】。
ちょっとビリッとくるくらいで、身体に害はない。
むしろ、血行が良くなるとも言われる。
だが、寝ぼけていたミリアには効果覿面だった。
「ひどいニャ〜」
「おかげで目が覚めただろう」
「はいニャ。でも……」
「夜ふかしするなって言ったろ。約束を守れないなら、『錬金大全』を没収するぞ」
「それだけは勘弁ニャ〜」
「だったら、次から夜ふかしするなよ」
「はいニャ」
落ち込んで猫耳もペタンとしているが、ここは甘やかすわけにはいかない。
俺はミリアに厳しく接した。
そうこうしているうちに、バタバタとカーサがやってくる。
時間は4時58分。
ギリギリ時間内に全員集合できたな――。




