133 伽
カーサをビスケの部屋に寝かしつけ、俺は自室に戻る。
良い感じで酔いが回って、このまま眠りについてしまいたいところだが、まだ片付けが残っている。
【虚空庫】の中で、廃棄するゴミと再利用する食器類で分別する。
ゴミ類はそのまま、大きな袋にぶち込み、食器類はまとめて【清潔】の魔法で汚れを落とす。
ゴミ袋は明日出発前に玄関脇に置いておけばいい。
この辺りは富裕層地区なので、定期的なゴミ収集が巡回しているのだ。
外にゴミを出しておけば、勝手に持って行ってくれる。
便利なシステムだ。
さて、5分ほどで片付けも完了した。
後は風呂だけど――今日はナシでいいかな。
夕食前に軽く汗は流したし、色々あって、今日は疲れている。
肉体的な疲れはそれほどでもないけど、精神的に疲れた。
大人数の面接をこなした上、新たに仲間になった3人とも話しあったりした。特に、ルーミィの過去には俺は大きなショックを受けた。
再度、自分が恵まれた生まれであると認識したのだ。
それとともに、ルーミィを幸せにしてやらないという使命感も生まれた。
それが、奴隷の所有者の責務だろう。
人ひとりの全てを預かるのだ。俺の肩にルーミィの人生が乗っていると言っても過言ではないだろう。
なにはともあれ、すべては明日からだ。
今日は夜ふかしせずに、明日からに備えよう。
「【清潔】――」
クリーンを自分自身にかける。身体と服の汚れはさっぱりと落ちた。
汚れを落とし、最低限のリラックスを得るならこれで十分だ。
「明日も早い、とっとと寝てしまおう」
俺はベッドに横になり、目を閉じた――。
――トントントントン。
目を閉じて5分後くらいだろうか、うつらうつら仕掛けていた俺は、ノックの音に目を覚ました。
「誰だ?」
「……ルーミィです」
俺はガバッと飛び起き、扉に向かう。
扉を開けながら、声をかける。
「どうした? どっか調子が悪いのか?」
「…………(ふるふる)」
俺の問いかけにルーミィは首を小さく横に振る。
「じゃあ、どうした?」
「ご主人様と一緒に寝たいです」
「だそうよ」
ルーミィの後ろにはニーシャが困ったような表情を浮かべている。
なんだ、そんなことか……。
こんな時間帯にやってきたから、何事かと心配したが、何でもなくて安心した。
「よし、じゃあ、一緒に寝よう。入った入った」
「はい、失礼します」
「いいの?」
「ああ、別に構わないよ。ベッドも広いし、ルーミィ一人くらいどうってことない」
「…………そう」
「ああ、安心して、ニーシャもぐっすり休んでくれ。明日も早いからな」
「分かった。任せたわ。それじゃあ、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
ニーシャが去り、ルーミィが部屋にぽつんと立ち尽くしていた。
「さあ、寝ようか」
「…………はい」
「ほら、先にベッドに入っていいぞ」
「…………はい」
ルーミィが先にベッドに入る。
「ご主人様の匂いがします」
5分くらいしか寝ていなかったはずだが、やっぱり風呂に入ってなかったのがマズかったか?
「臭うか、ゴメンな」
「いえ、良い匂いです。心が落ち着きます」
「そうか、なら良かった。俺も入るぞ」
「はい」
広めのベッドに俺も入る。
小柄なルーミィと俺ならば、ゆったりと離れて眠れるはずなのだが…………なぜか、ルーミィは俺に密着してきた。
ちょうど俺の胸に頭を乗せるようにして。
「どうした、ベッドは広いだろ? わざわざくっつかなくても――」
「こうしていたいんです。ダメですか?」
「ダメじゃないけど…………うん。ルーミィがそうしたいなら、そうすればいい」
「ありがとうございます」
その言葉とともに、ルーミィは目を閉じた。
俺は空いている手でルーミィの頭をなでる。
理由は特にない、なんとなくそうしたかったからだ。
しばらくそのままにしていた。
ルーミィが気持ちよさそうにしていたのもあるし、俺自身が幸せな気持ちを感じていたからだ。
しかし、ルーミィが唐突に口を開いた。
「あのー、ご主人様、伽はよろしいので?」
「伽ぃ?」
幼いルーミィから似合わない言葉が飛び出したので、驚いて聞き返してしまった。
「はい。ご主人様のご寝所ではそうするものだと教わりました」
「ルーミィはどういう意味だか分かっているのか?」
「…………はい。なんとなくは」
そう言うルーミィーは小さく震えていた。
俺は彼女の身体をぎゅっと抱きしめる。
「大丈夫だよ。そういうことは大きくなってから考えればいい」
「やはり、私の身体がみすぼらしいので、相手をしてもらえないのですか?」
「いや、そういう意味じゃないよ」
潤んだような悲しげな瞳で俺を見つめてくる。
「俺もルーミィもまだ成人してない子どもだ。そういうことはお互い大人になって、二人の気持ちが通じあっていたらにしよう」
「わかりました」
ルーミィは頷き――急に身体を伸ばして、俺の顔に接近してきた。
「ちゅっ」
俺はとっさのことに驚き、あっけにとられる。
ルーミィが俺の唇に自分の唇を重ねてきたのだ。
「えっ!?」
「じゃあ、予約するです」
「!?!?」
「私が大人になったら、伽をさせて下さい」
「でっ、でも…………」
「お願いします」
「でも、大人になる頃には、ルーミィの気持ちが変わってるかもしれないだろ」
「ありえません。この命とこの身体はご主人様に頂いたものだと思っています。だから、私はこの命とこの身体はご主人様に捧げると誓ったのです。だから、心変わりすることはありえません」
真剣な表情のルーミィを見ていると、子どものたわ言だと言って、切って捨てることは出来なかった。
「ご主人様はどうなんですか? 私が大人になったら、ちゃんと伽の相手として、認めて下さいますか?」
「……………………」
思わず黙りこんでしまった。
火傷を治したルーミィは「絶世の」と付くほどの美少女だった。
今は痩せっぽちでガリガリだが、健康になって肉付きがよくなったら、とてつもなく魅力的な女性になるだろう。
それに、年下でまともな教育を受けていないとはとても思えないほど、知的な瞳。
済んだその瞳には、思わず吸い込まれそうな魅力があった。
俺はゴクリと生唾を飲み込んだ。
それほど、懇願するルーミィは魅力的で蠱惑的だった。
「ああ、勿論だ。ルーミィが大人になっても、その気持ちが変わりないのなら、俺は必ずその気持ちに答えよう。約束だ」
俺が差し出した小指にルーミィが細く短い小指を絡ませてくる。
「約束ですからね」
「ああ」
俺はルーミィを奴隷とするときに決心していた。
ルーミィを必ず幸せにすると。
そのためには、どんなことだってやってやると。
だから、ルーミィが望むなら、俺はその期待に応えよう。
ただ、今はまだそのタイミングじゃあない。
まだ、ルーミィも突然の立場の変化に困惑しているだろう。
だから、すべては彼女が成人してから。
先延ばしかも知れない。
でも、今はそうするのがベストだろう。
「ありがとうございます」
ルーミィは約束を交わした小指をそっと口に這わせる。
「楽しみに待っていますね」
そう言うとルーミィは俺の首に両腕を回してきた。
ルーミィの身体が密着する。
痩せっぽちでゴツゴツしていると思ったその身体だが、しっかりと女の子らしい柔らかい部分を持っていた。
「ああ」
俺が答えるとルーミィは腕に力を込める。
ますます、二人の身体は密着する。
「まずは健康になることだ。しっかり食べて、しっかり休むんだぞ」
「はい、ご主人様」
「じゃあ、寝るぞ」
「はい、ご主人様」
俺は魔石に魔力を飛ばし、部屋の明かりを落とす。
ルーミィに抱きつかれたまま、眠りにつこうと努力するのだった――。




