132 ビスケとカーサ
ルーミィとニーシャの下を離れた俺は、一角で話し込むビスケとカーサのところへ向かった。
ルーミィに言い当てられたように、今回の歓迎会の俺の役目はみんなが上手く打ち解けられているか、話して回ることだ。
最後になってしまったけど、二人はテーブルに向い合って座り、その傍らには竜の泪の酒樽が置かれていた。
すっかり、二人とも出来上がっているようだ。
ビスケの強さはこの前確認したけど、カーサは未知数だ。
結構早いペースで飲んでたみたいだけど、大丈夫だろうか?
「かなり飲んでるみたいだけど、大丈夫か?」
「大丈夫ですよ〜」
「ですぅ」
陽気な雰囲気でカーサが応える。
もっと落ち着いた感じだと思ったのだが、酔っ払っているせいだろうか。
ビスケは平常運転みたいだ、多分大丈夫だろう。
「これ、本当に美味しいですね」
グラスを傾けながら、カーサが言う。
「そんなに気に入ったのか?」
俺も美味しいとは思うが……。
「ええ、この味を知っちゃったら、もう他のお酒は飲めないです〜」
高価なわりに、奪い合いになるほどの人気らしいからな。
「だったら、自分でこれを飲めるくらい、頑張って稼がないとな」
「はい〜。頑張って稼ぎます〜」
「楽しそうだし、俺も混ぜてもらおうかな」
今まではみんなを気にかけていたので、お酒は控え目にしていた。
だけど、それもこのグループで最後だ。
俺も気を抜いて、お酒を味わってもいい頃合いだろう。
「どうぞどうぞ」
「やった、師匠と一緒に飲めるですぅ」
ビスケはカーサの隣に移動し、俺が二人と向き合うように座る。
俺が腰を下ろすと早速グラスにカーサが酌をしてくれる。
「おお、済まないな」
注がれた竜の泪をグビッと呷る。
喉は焼けるように熱いのに、えも言われぬ清涼感が鼻腔を通り抜ける。
やはり、旨い酒だ。
俺はカーサに返杯をする。
カーサは喜んでグラスを傾ける。
頬を紅潮させ、目をトロンとさせている。
ぬめらかに光る口唇が妙に艶めかしかった。
「でも、驚きだったな。まさか、3人が知り合いだったとはな」
「はい、驚きですぅ」
「私も驚きました〜」
「3人は学院時代は仲良かったのか?」
「高出力魔法が使えない私たちは、ミソッカス扱いですぅ。自然とそういう子たちで固まるようになったんですぅ」
「そうね、やっぱり邪魔者って扱いでした〜」
あっけらかんと言うカーサ。
これも酔っ払っているからだろうか?
「ミリアちゃんは一人で本を読んでいることが多かったですぅ。でも、カーサちゃんとはその頃から仲良しですぅ」
「そうだったよね〜」
「カーサちゃんが初級魔法で色々遊んで見せてくれたり、私が変なものを作って見せたりで、辛い学院時代だったけど、それなりに楽しかったですぅ」
「カーサはその頃から、魔法操作が好きだったんだ?」
「はい〜。出力は低くて苦手ですけど、魔法操作自体は大好きで、時間があればいろいろやってました〜」
「ビスケもその頃から物づくりは好きだったと」
「ええ。ガラクタばかり作って呆れられてましたぁ」
「だったら、二人とも適職だな」
「えっ?」
「えっ?」
自信のない二人。適職と言われ驚きの表情をする。
「これから、ビスケには物づくりの、カーサには魔法操作のスペシャリストになってもらう。二人とも、自分の好きな分野で活躍してもらうぞ。好きなだけ好きなことをやればいい」
「でも、本当に出来るんですか〜?」
「私も不安ですぅ」
「大丈夫だ。明日の今頃にはそんな不安吹き飛んでいるから」
「さっきから、明日明日と言ってますが、明日一体なにがあるんですか?」
「ですかぁ?」
「それは明日のお楽しみさ」
俺は勿体つけた言い方をする。
「明日は今までに体験したことがないような、生まれ変わる体験が出来る。楽しみにしてな」
「そんな言い方されたら余計に気になります〜」
「ですぅ」
「まあ、楽しみにしてなよ」
俺は話題を切り替える。
「それより二人は学生時代どんなだったんだ?」
「ビスケたんは真面目でしたよ〜」
「そうなんだ」
「ええ、無理な課題を出されても、諦めずに最後まで頑張っていたのがビスケたんです〜」
「まあ、根性はあるもんな」
「ですぅ」
まだビスケの修行は少ししかやっていないけど、根性がありそうなことは伝わってきた。
その点は俺もビスケに期待している。
明日レベリングをして、その後適切な指導をしたら、ビスケはあっという間に一流の職人に成れるだろう。
その点は俺はなんの心配もしていない。
「カーサはどうだったんだ?」
「私は不真面目な学生だしたよ〜」
「へ〜、意外だな。真面目そうなのに」
「私は途中で見切りをつけちゃいましたから」
「そうか」
「だから、学校の課題なんかは最低限しかこなしてませんでした〜」
「なるほど。その分好きな魔法操作に打ち込んでいたのか」
「ええ、そうですね〜。まったく評価されませんでしたけど〜」
現行の魔術学院の制度だと、どれだけ魔法操作が上手でも評価されないのか。
評価されるのは大出力魔法のみ。
魔法操作の重要性を知っている俺からしたら、考えられない評価制度だ。
俺達やファンドーラ商会がポーション生産を皮切りにこの国の生産体制を変革していくつもりだ。
そうすれば、魔術学院も変わるのだろうか。
カーサたちみたいな優秀な学生が埋もれていくのはもったいなさ過ぎる。
是非とも、変わっていってもらいたいものだ。
「大丈夫。ウチの商会では、ちゃんと評価されるから」
「本当ですか〜?」
「ああ、本当だ。2、3日中にもそれは実感できるはずだ」
「…………」
カーサは黙りこんでしまった。
なにを考えているのか?
なみなみと注がれたグラスを一気に呷る。
「うりぇしゅいでぇすう〜〜〜」
「おい、大丈夫か?ろれつが回ってないぞ」
「へぇえきでぇしゅよぅ〜〜〜〜」
明らかに呂律が回っていない。
竜の泪の酔いが急に回ってきたのだろう。
グラスをテーブルに置いたカーサは、そのまま隣のミリアにもたれかかってしまう。
「カーサちゃん、大丈夫ですかぁ?」
「大丈夫じゃなさそうだな」
目を閉じたカーサはむにゃむにゃと呟いていたが、すぐにすーすーと寝息を立て始めた。
「寝ちゃったですぅ」
「はあ、しょうがないな」
ちょうど良い頃合いかも知れない、俺は解散の合図をみんなに伝えた。
テキパキと料理の後片付けをする。
と言っても今は【虚空庫】に片っ端から突っ込んでいくだけだ。
ちゃんとした片付けは後で、解散してからやろう。
「おい、ミリア、下りるぞ」
「後、ちょっと〜」
「自分の部屋で読めばいいだろ」
ミリアは『錬金大全』にすっかり夢中だ。
座り込んだミリアを引き剥がすように、立ち上がらせる。
「はーい」
諦めたようで、小脇に抱えた『錬金大全』を大事そうにしている。
「明日は朝早いんだから、夜ふかしするなよ」
「はーい」
返事はいいのだが、ちゃんと伝わっているんだろうか?
「ニーシャ、ルーミィは任せた。まだ、気持ちが落ち着いていないだろうから、今夜は一緒に寝てやってもらえるか?」
「ええ、いいわよ」
「……………………」
ルーミィは黙り込んでいるけど、納得してくれたのだろうか。
「ビスケも、一応カーサが心配だから、お前のとこで面倒見てやってくれ」
「はいですぅ、師匠ぅ」
各部屋に備え付けられているベッドは大きい。
小柄な女性二人なら、難なく寝れるだろう。
「じゃあ、俺は戻るぞ。ちなみに明日は午前5時出発だ遅れるなよ」
俺は酔いつぶれたカーサを背負い、皆とともに階段を下りる。
ビスケの部屋のベッドにカーサを寝かせる。
「師匠も一緒に寝て行きませんかぁ?」
「バカ言え」
ビスケの戯れ言を一蹴する。
「じゃあ、よろしく頼むな。おやすみ」
「おやすみなさいですぅ」
ビスケも竜の泪をしこたま飲んでいたはずだが、意識はしっかりしている。カーサを任せても問題ないだろう。
ビスケの部屋を出た俺は自室へ向かった――。




