131 指切り
「どうだ、調子は?」
「どうって、最高ニャ」
長椅子にぐでぇーとなったミリアに声をかけた。
あれからみんな思い思いに食べて、飲んだ。
思ったより交流はできなかったけど、美味しいという経験を共有できたし、みんな幸せな顔をしているから、良しとしよう。
「ミノ肉とハチミパウダーの組み合わせは犯罪ニャ。食べてるだけで危険な脳内物質が出まくりニャ」
「そうか、それは良かったな」
実際、ミリアの言う通りだと思う。
俺はみんなの串作りを優先させたため、みんなより出遅れて食べたのだが、皆が驚嘆している理由が理解できた。
ウルフ肉の串焼きでも十分に美味かったし、昼間のウヌ重も異次元の美味しさだった。
しかし、ミノ肉はさらにその上を行く美味さだった。
あの美味さを言葉では説明できない。
身体中を幸せが駆け巡るとしか、表現出来なかった。
一口、それを口にした瞬間、なにも考えられなくなった。
全ての感覚を美味しいが上書きしていった。
元の世界に帰ってくるのに、しばらく時間を必要としたほどだった。
「それにエールとの相性も抜群ニャ」
「そうか」
「冷たいエールがこんなに美味しいとは知らなかったニャ」
幸せそうな表情で、片手に持ったエールを傾ける。
「どうだ? この商会で上手くやっていけそうか?」
「当たり前ニャ。初日からこんなにしてもらえたら、頑張るしかないニャ。ミノ肉がご褒美なら、いくらでも働けるニャ」
「そうか、あまり無理しないでくれよ」
「はいニャ」
「でも、明日からの働き、期待しているからな」
「頑張るニャ」
「ミリアなら大丈夫。そう思ったから採用したんだ」
「本当かニャ?」
「ああ、俺を信じて頑張ってくれ」
「分かったニャ」
そう言うと、ミリアは残ったエールを飲み干した。
「お代わりニャ」
「はいはい。あまり飲み過ぎるなよ」
「分かっているニャ」
そう言いつつも、グビグビと喉を鳴らす。
「そういえば、ノヴァエラ商会っていい名前だニャ」
「分かるのか?」
「新時代っていう意味ニャ」
「おお、凄いな」
「アルがつけたのかニャ?」
「ああ」
「センスいいニャ」
「ミリアはワコク語がわかるのか?」
「司書をやっていたから、大抵の言語は分かるニャ。ワコク語もひと通りはマスターしたニャ」
「じゃあ、いいものをプレゼントするよ」
ふと思い立った俺は『錬金大全』を彼女に手渡す。
さっき趣味は読書って言ってたな。
「こっ、これは、幻の『錬金大全』ニャ。魔術学院の附属図書館にもなかったニャ」
さすがの博識、『錬金大全』も知っているようだ。
「レプリカだけどな」
オリジナルはどっかの国の宝物庫に保管されているとか。
俺はレプリカだけど、3冊の『錬金大全』を持っている。
1冊は俺が使うので誰にも貸せないけど、予備の2冊のうちの1冊なら、ミリアに貸し与えても問題ない。
「これで頑張って、色々作ってくれよ」
「やる気出てきたニャ」
嬉しそうに『錬金大全』に頬ずりしている。
「飲むのに邪魔だったら、今は預かっておこうか?」
そういえば、ミリアとカーサにはまだ【共有虚空庫】を共有していなかった。
大判の書籍である『錬金大全』は、今渡しても邪魔になるかと思ったが、本人は気にしていないようだ。
「いい酒の肴が入ったニャ。これで美味しいお酒がもっと美味しくなるニャ」
どうやら、『錬金大全』を読みながら、エールを傾けるらしい。
やはり、ミリアは中々の大物なのかもしれない。
「じゃあ、また、お代わりが必要になったら、声かけてくれよ」
「はいニャ」
返事をするミリアの意識はすでに『錬金大全』にとらわれていた――。
次に向かったのはニーシャとルーミィのところだった。
ニーシャがルーミィの面倒を見ていてくれたようだ。
「ありがとな、ニーシャ」
「いえ、ルーミィちゃん、可愛いから」
「そうだな」
今も大きな串焼きを小さなお口でハムハムとやっている。
その姿は保護欲を掻き立てられる可愛さだった。
「ほら、口の周り汚れてるぞ」
俺はナプキンで汚れを落としてあげる。
「はっ」
「どうした?」
「私、奴隷なのに、ご主人様にそんなことを……」
「あー、そういうの禁止な」
「へっ?」
「俺はルーミィのことを奴隷とは思っていない。大切な仲間の一人だ。だから、自分を奴隷だと卑下するような真似はやめてくれ」
「……わかりました」
頷いたきり、下を向いて俯いてしまった。
やばい、キツく言い過ぎたか?
ルーミィは俯いてもじもじしている。
「どうした?」
「あのー、お願いがあるんです」
「なんだい、ルーミィのお願いなら出来る限り叶えてやるぞ」
「ご主人様のお膝の上に座って食べたいです」
俺が想像していたよりも、遥かに謙虚なお願いだった。
「なんだ、そんなことなら、お安い御用だ」
俺はルーミィを抱きかかえ、膝の上に乗せる。
「えへへへ」
「こんなので良かったのか?」
「はい、えへへへ」
ゴキゲンなのか、両足をプラプラと前後に揺すっている。
なにが楽しいのか分からないが、本人が喜んでいるんなら、それでいいだろう。
「あのー、ご主人様?」
伺うように尋ねてきた。
「今度はなんだい?」
「あのー、『あ〜ん』ってしてもらっていいですか?」
「ああ、構わないけど」
俺もカーチャンによくやられた。
俺がルーミィの年頃には、気恥ずかしくて嫌がっていた記憶があるが、ルーミィは違うのだろうか。
ともあれ、頼まれたからにはやるだけだ。
ルーミィの願いはできるだけ叶えたい。
ルーミィには幸せになってもらいたいのだ。
いや、ルーミィは今まで不幸だった分、これから幸せにならなきゃいけないのだ。
俺はルーミィから串を受け取り、彼女の小さな口に近づける。
「ほら、あ〜ん」
「あ〜ん」
ニーシャの「完全に親バカね」と言う声が聞こえてきたが、俺は気にしない。
ルーミィの笑顔のためだったら、周囲にどう思われても構わない。
その後も「あ〜ん」を続け、ルーミィは一本を食べ終えた。
「捨ててきます」
そう言い残すと、俺の膝からぴょこんと飛び降り、ゴミ箱に串を捨てに行った。
トトトと軽い足取りで俺の元へ戻ってくる。
「ご主人様、ありがとうございました」
「ん? もういいのか? まだ膝の上に乗ってていいんだぞ?」
「ご主人様はまだ、他の人たちともお話するんですよね?」
「そうだけど?」
よく観察してるな。
「だったら、私はもういいです。今日はもうご主人様からいっぱいの幸せを頂きました。だから、私のことは気にせずに、他の人と会話して下さい」
「ああ、そうか。わかったよ」
ルーミィは俺の2歳年下。それも、ロクな教育は受けていない。
それなのに、この気の回しよう……。
「その代わり、お願いがあります」
「なんだ?」
「今度また、膝に乗せて下さいね」
かと思えば、子どもらしいお願い。
「ああ、俺の膝の上はルーミィ専用だ。いつでも空けておくからね」
他に俺の膝に乗りたがる人がいるわけでもない。
「約束ですよ」
「ああ、約束だ」
約束の指切りを交わす。
「えへへへ」
この笑顔を守るためなら、なんだってやってやる。
そう、俺は思った。




