13 契約成立
「クラフター志望ってことはどっかの工房に入るの? それとも宮廷勤め? アルならどこでもよりどりみどりね」
「いや。さっきも言ったけど、俺も人に使われるのは好きじゃない。好きなモノを好きなように作れれば、それで満足だ」
下手に他人と関わると、どこで勇者の息子ってバレるかわかんないしな。
「それじゃあ、自分の工房を持つつもりなの?」
「あー……どうするかあんまり考えていなかった」
「なによ、それ」
ニーシャがプッと吹き出した。
「いや、王都に来ることまでしか考えていなかったんだよ。後は、着いてから考えようと思ってた」
「呆れた……。あんた、やっぱりバカでしょ」
やけに嬉しそうに言われたから、怒る気になれなかった。
「しょうがないだろ。ひとりで行動するの初めてなんだよ。やっと自由になって、浮かれてたんだよ」
「勇者に鍛えられてたんだっけ?」
「そうだよっ! 毎日毎日、やりたくもない戦いばっか。モノづくりがしたくて、我慢しきれなくなって、出てきたんだよ」
「あー、大変だったんだね」
「ようやく、好きにモノづくりできるようになったんだ。俺は作りたいものを作る。嫌なことは一切やらない。やりたいように生きるんだ」
「それで、具体的にはどうするつもりなの?」
「…………」
「王都に知り合いは?」
「…………」
「今夜のアテは?」
「…………」
「所持金は?」
「…………」
「他に持ち物は?」
「…………薬草とモンスター素材が少々」
「……ハア。これからどうするつもりよ?」
ニーシャには呆れられたけど、俺自身はそこまで困っているわけではなかった。
宿代くらいは薬草とファング・ウルフから取った素材を売ればどうとでもなる。
さっきのポーション屋みたいなのは論外だけど、多少買い叩かれても構わない。
それに最悪、昨晩みたいに野宿すれば良いだけだ。
食料なら【虚空庫】に食べきれないほどあるし。
でも、今後のことを考えると、手持ちのお金があるに越したことはない。
どうせ誰かに売るんだったら、ニーシャ相手が良いな。
「とりあえず、薬草を買ってくれ。1株20ゴルって言ってたよな。それでいいから10株頼む」
200ゴルあれば、ここの食事代くらいはなんとかなる。
だから、俺はニーシャに頼み込んだ。
「そういうところがダメなのよっ!」
「ん、なんかマズイか?」
「ダメに決まってるでしょ。相手の言い値にすぐに飛びついたりしたら、自分からカモですって紹介しているようなもんよ」
「でも、ニーシャの提示した価格は妥当だろ。あのポーション屋で店主は嘘をついてたし、ニーシャは嘘をついていなかった」
「へー、なかなかやるじゃない」
「ニーシャの鑑定眼ほどじゃないけど、まあ、あれくらいの嘘を見破れないようじゃ生きてこれなかったからな……」
あんなん、カーチャンがつく嘘に比べたら、カワイイもんだ。
「危ないっ、後ろっ!」って言われて振り向いた瞬間に、後頭部に一撃とか当たり前だった。
火属性が弱点のモンスターなのに、水属性が弱点だと教えこまれたり……。
「宝箱があるよー、開けてごらんー」とモンスター大量発生トラップがある部屋に誘い込まれたり……。
嘘を見破るのに命懸けだったから、並大抵の嘘なら見破れるようになった。
ありがたいカーチャンの教育のお陰だ。ちっとも感謝なんかしてない。むしろ、思い出したら、腹が立ってくるレベル。
「……なかなかハードな生き方してんのね」
なんか同情されたみたいだ。
「でも、それとこれは話が別よ。たしかに、私は妥当な価格を提示したわ。20ゴルってのは、私もアルも両方が得する価格よ」
「だったら、それでいいじゃないか。なにが問題なんだ?」
「妥当な価格ってのは、幅があるのよ。20ゴルって言ったけども、私は25ゴルで買い取っても十分利益が出るのよ」
「そうなのか?」
「ええ、そうよ。これだけ高品質なダイコーン草なら、調合ギルドに持っていけば30ゴルで引き取ってくれるわ。手間賃を考えても、25ゴルなら割に合うわ」
「そうなのか……」
「私相手だから良かったけれども、みんながみんな、そうじゃないからね。多少吹っかけてくるなんて、ズルいことでもなんでもなくて、取引する際の当たり前のことなんだからね」
「薬草を買い取ってもいいけど、それよりも提案があるの」
「提案?」
「これからしばらくの間、一緒に行動しない?」
「一緒に?」
「ええ。モノづくりがしたいんでしょ? だったら、なにを作るにしても、それなりのスペースが必要でしょ」
「ああ、そうだな。ちょっと手の込んだものを作ろうとすると、いろいろと設備が必要だからな」
「どうするか考えてた?」
「まったく、考えてなかったな……」
「やっぱり。さっきも言ったけど、私は自分の店が欲しいの。それで、アルは自分の作業スペースが必要でしょ」
「ああ」
「だから――ふたりの家を目指して一緒にお金を貯めようよ。アルが作って、私が売る」
悪くない提案だ。
ニーシャには、俺が知らない常識を教えてもらえる。
それに、煩わしいことを色々と肩代わりしてもらえそうだ。
今日経験してみて思ったけど、やっぱり売ったり買ったりのやり取りは面倒くさい。ニーシャに丸投げできれば楽だ。彼女はそういうことが好きだろうし、俺なんかよりもよっぽど上手くやるだろう。
そういう役割分担するというのは、お互いの益になる。
それに、俺が表に出なくて済むってのは非常に魅力的だ。
後はニーシャという人物――だけど、それも問題ないだろう。
俺とあまり年齢が変わらないのに、しっかりしている。
「文無しだぞ、俺は」
実際、現在お金は一切もっていない。
出立の際に持ってきたのは、王都に入る際に必要な入都料だけ。
それを支払った俺は、すでにスッカラカンの一文無し。ここの食事代すら持ち合わせてないくらいだ。
「まったく問題ないわ。あなたの腕と私の眼があれば、お金なんていくらでも稼げるもの」
ニーシャは胸を張って自信満々に言い張る。
俺は考えるまでもなかった。
右手をそっと差し出す。
「交渉成立ね」
「ああ、成立だ」
俺の右手をニーシャの右手がしっかりと握りしめる。
「よろしくね、アル」
「ああ、よろしく、ニーシャ」
こうして俺とニーシャの関係が始まった――。




