128 ラスボス予習
「じゃあ、俺は明日の準備の為に、ちょっと潜ってくるわ」
「気をつけてね」
「ああ、心配ありがとう」
明日の準備と言ったが、明日なにをするのか?
それは先日と同じく、ダンジョンに潜ってのパワーレベリングだ。
参加メンバーは我が商会全員の6名。
ちょうどボスアタックが出来る上限の6名ぴったしだ。
これは偶然ではない。計算の結果だ。
ファンドーラ商会にしろスティグラー商会にしろ、採ろうと思えば採りたい人材は他にもいた。
しかし、我が商会は高レベルメンバーで固めるつもりだ。
そのためにあえて6名に絞ったのだ。
ポーション作り要員に2人、ニーシャの補佐役に1人。
最初からの予定通りに採用したのだ。
人材は伸ばして使えばいい。
これがウチの方針だ。
だから、ステータスの現在値よりも成長率を基準にした。
3人とも、文句のない成長率だった。
明日の晩には化けてくれることだろう。
というわけで、俺はレベリング場所の選定だ。
今のところ候補は50階層のヒュドラだけど、できれば60階層の方が良い。
深い階層の方が経験値が美味しいからだ。
だけど、それも60階層のボス次第。
俺が一撃で無力化でき、彼女たちに危険がないことが保証されているのが絶対条件。
その上で、素早く効率的に討伐できるか。
それの調査にこれから向かうわけだ。
現在、午後3時過ぎ。
夕方の6時には戻りたい。
なにせ、この後には新メンバー加入の歓迎会が控えているのだ。
ルーミィのことはニーシャとビスケに任せた。
ビスケ一人だと少し不安だが、ニーシャがついていれば問題ないだろう。
出発の準備は特に必要ない。
『旅人の服(国宝級)』はすでに身に着けているし、必要な武器は必要な時に【虚空庫】から取り出せばいい。
ダンジョンに向かった俺は、1階層の転移ゲートで55階層まで飛ぶ。
そしてすぐさまセーフティー・エリアから階段を降り、さっさと56階層に向かう。
前回、56階層は少し探索しただけだ。
ネームド・モンスターであるサウザンド・キリング・ジャイアント『グウォー』がいたからだ。
レベリングとしてグウォーを狩れたら美味しいのだけど、一般的にネームド・モンスターはリポップに時間がかかる。
あれくらい強大なヤツだと、軽く一週間くらいかかったりする。
だから、今回の候補からは除外だ。
56階層は普通の洞窟タイプの階層のようだ。
搦手ではなく、ストレートな強さで冒険者を苦しめるタイプ――ダンジョン終盤でよくあるパターンだ。
とはいえ、こちらがその強さを上回っていれば、なんてことはない。ただのピクニック気分だ。
罠もなくはないが、分かりやすく怪しい場所に設置されているのみ。
【魔力探知】を使用していれば、まず引っかかることはない。
30分ほどで下階層への階段を発見した――。
57、58、59、60階層。
敵は数を増し、強敵になっていくが、それでも俺が瞬殺出来るレベルの敵ばかりだ。
俺は駆け足で進みながら、ダンジョンを踏破していった。
現在、午後5時半。
ボス部屋手前のセーフティー・エリアに到達していた。
ちょうどいい時間だ。
これなら、検証もする時間があるな。
「どうか、狩りやすいタイプのボスでありますように」
そう願いながら、俺はボス部屋の扉に手を触れる。
広さは今までとそう変わらない。
どうやら、このダンジョンは最後まで巨大ボスは出現しないようだ。
壁際の篝火が灯る中、俺は部屋の中央へ向かう。
「さて、単体だといいのだが」
ボスが単体モンスターであること。
それはレベリングのための最低条件だ。
複数モンスターが出るようでは、全員の安全が確保しきれないからだ。
まあ、障壁を張っちゃえば、99パーセント安全なのだが、それでも、100パーセントではない。
ムダなリスクは取りたくない。
30秒が経過。
ボスが顕現する。
2メートルほどの人型モンスターなのだが、顔と手の数が多い。
現れたのは三面六臂のモンスター――阿修羅だった。
阿修羅は6本の手に剣を持ち、それを振りかざしてくると同時に、3つの口から魔法を発する。
俺は聖剣ルヴィンで6本の腕を切り落とし、魔法を斬撃で弾き飛ばす。
そして、無力化した阿修羅にトドメを刺す。
「ダメだな。多少のダメージ覚悟で腕の攻撃は放置して、先に魔法を潰さないとな」
レベリングの際、脅威となるのは後方への遠距離攻撃である。
なにせ、明日連れてくるのは全員素人だ。
ニーシャ以外はステータスも素人そのもの。
ちょっとした流れ弾で死んでしまうのだ。
「よし、魔法から先に潰す方法でやってみよう」
俺はドロップ品を拾う。
「おっ、ヒヒイロカネか。嬉しいな」
刀剣作りの最高素材として名高いヒヒイロカネのインゴットだった。
魔石も大したものだ。それに『カートリッジ』まで複数個ドロップしている。
「ドロップは美味しいボスみたいだな」
ボス部屋を一旦出て、閉まった扉に再度タッチ。
作戦を変更してのリトライだ――。
◇◆◇◆◇◆◇
あれから、20体の阿修羅を倒した。
中々に厄介な敵だった。
魔法を封じれば剣で攻撃され、剣を封じれば魔法が飛んでくる。
このどうしようもない相手を前に、俺は力技で臨むことにした。
要は、相手が攻撃する前にこちらの攻撃を当ててしまえばいいのだ。
俺はボス出現のタイミングを見計らい、剣を振るう。その数10回。
そして、阿修羅が出現すると同時に、3つの顔と6本の腕、そして、心臓の位置に合わせて10の斬撃が襲いかかる。
「うん、タイミングも覚えたし、バッチリだな」
俺がやったことは単純。
阿修羅の出現に合わせて10の斬撃を置いておいたのだ。
それによって、阿修羅は出現と同時に10の斬撃を食らうわけだ。
【麻痺】の効果で痺れて動けないうえに、【不死】の効果で死ぬに死に切れないでいる。
剣聖ヴェスターの奥義に斬撃を飛ばす技がある。
俺がやったのはそれの改良だ。
斬撃を飛ばすのではなく、特定の場所に置いておいたのだ。
いわば設置型斬撃。
これでどんな相手でも先制攻撃を取ることが出きる。
この調子なら、本番も問題なく出来そうだな。
俺はレベリングの目処が立って浮かれていた。
「よしっ、帰るか」
今まで向かっていた入り口とは反対側――ボス部屋の奥を目指す。
60階層最奥の間。すなわち、ダンジョン最奥の間。
狭い小部屋だった。
部屋の中央には30センチほどの巨大な魔石が台の上に安置されていた。
「これ、持って帰れたらいいのにな……」
だが、それは叶わない。
この魔石はダンジョン・コアと呼ばれる、ダンジョンの動力源だ。
破壊するか、放置するか。
その二択しか選択肢はないのだ。
もし、破壊すれば、ダンジョンは一時機能を停止する。
探索中の冒険者はみんな外に排出され、ダンジョンは一週間から一ヶ月程度の休眠状態に入るのだ。
その期間にダンジョン・コアは力を取り戻し、ダンジョンは復活する。
そして、入り口の石碑に討伐者として俺の名前が刻まれ、歴史に名を残すことになる。
だから、俺はダンジョン・コアを放置する。
ここで壊してしまったら、明日のレベリングが出来ないし、なによりも、俺の名が目立ってしまう。
現在、最新の当覇者はカーチャンたちだ。
その下に俺の名前「アルベルト・クラウス」が並んでみろ、どう考えて、勇者の息子がクリアしたってバレバレだ。
それは望む事態ではない。
というか、積極的に回避していきたい。
というわけで、俺はダンジョン・コアはスルー。
壁に設置された例のプレートに近づく。
そう。ちゃんと60階層にも転移ゲートは備わっているのだ。
普通だったら、さっさとダンジョン・コアを破壊するはずなので、なぜ、ここに転移ゲートがわざわざ設置しているのか謎だ。
しかし、ダンジョンのことは考えるだけムダ。
そういうものだと割りきるしかない。
むしろ、転移ゲートがあってラッキーだなくらいに思っておくので丁度いい。
俺は転移ゲートを起動し、1階層へと戻るのだった――。




