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126 ルーミィ2

 俺はルーミィを胸に抱き、5人揃ってスティグラー商会を辞した。

 一刻も早く我が家に帰りたいのではあるが、ここではマズい。

 平民区へ戻り、人目につかない裏路地からでないと、【転移トランスポーズ】が目立ちすぎるからだ。


 俺たちは足早に歩く。

 この状態のルーミィをできるだけ人目に晒したくない。

 平民区へ至る門にだどり着き、再度誰何を受ける。


「その子は?」

「俺の奴隷だ。指輪と契約書を見せる」

「通れ」


 行きに比べて一人増えているのだが、俺の奴隷だと証明するとあっさりと通された。


 平民区へ戻ってきた。

 やはり、この雑踏の方が、俺には合っている。

 短い滞在時間だったけど、貴族区は別世界だという印象を受けた。


 通りを抜け、裏路地を目指す。

 ちょうど人目につかない場所を見つけ――。


「【転移トランスポーズ】――」


 我が家のリビングへと帰還した。


「うう」

「ううう」


 慣れない【転移トランスポーズ】酔いにミリアとカーサは頭を抱えている。ルーミィも辛そうにしているので、3人まとめてヒールをかける。


「【回復ヒール】――」

「楽になったわ」

「なったニャ」

「……きもち…………いい」


 3人ともヒールが効いて、少しは楽になったようだ。


「師匠、おかえりなさいですぅ…………ってなんか凄い増えてるぅ!!!」


 物音を聞きつけて階下からビスケが上がってくる。


「ああ、詳しい話は後でな。それより今は――」


 と言いかけたところで、ミリアとカーサが悲鳴に近い声を上げる。


「ビスケたん?」

「ビスケたんニャ!?」


 驚いた様子でビスケを見つめる2人組。

 対するビスケも――


「えっ!? カーサちゃんにミリアちゃん?」


 目をまん丸くし、驚愕の声を上げる。


「なんだ、知り合いか?」

「魔術学院の同期ですぅ」

「ほう。そう言えば、ビスケも2年前まで学院に通っていたって言ってたな。知り合いなら話は早い。ビスケは数日前から弟子入りした俺の弟子で、カーサとミリアは今日から雇ったポーション作り要員だ。後は、お前たちですり合わせをしとけ」

「ちょっ、師匠ぅ〜」


 俺の雑な説明にビスケが困惑の声を上げる。


「今はそれより、この子が優先だ」

「師匠、その子は?」

「説明は後だ。ニーシャ付いて来てくれ」


 ビスケの「そんなぁ、師匠ぅ〜」という声を聞き流しながら、俺はルーミィを抱え、ニーシャとともに空いている部屋へ入る。


 扉を閉めるのをニーシャに任せ、俺は静かにルーミィをベッドに横たえる。


「辛いだろ? もう、我慢しなくていいからな。すぐに楽にしてやるから」


 頭を撫でながら、諭すように優しく語りかける。

 ルーミィは重症の火傷を全身に覆っている。

 今も、その身体は苦痛に苛まれているであろう。

 一刻も早く、それを取り除いてやりたい。


「【極大回復エクス・ヒール】――」


 眩い光がルーミィの全身を覆う。


「うゎあぁぁ」


 ルーミィの口から声が漏れる。


 今、ルーミィの全身は物凄い勢いで作り変えられている。

 火傷の傷跡は消え去り、健康な身体を取り戻している。

 その変化に思わず声が出てしまったのだろう。


 そして――光が収まる。


 俺は【虚空庫インベントリ】から手鏡を取り出し、ルーミィに手渡す。

 その拍子に、ルーミィを頭部から覆っていた布がはらりと落ちた。


「うそっ!?!?」


 栄養不良のため髪の毛はくすんだ金髪であるが、それ以外は健康そのものな幼女がそこにいた。

 よく見れば、非常に整った顔立ちをしており、まるでお人形さんのようだ。


「どうだ? 生まれ変わった自分の姿は?」

「これが…………わたし?」


 未だに信じられないでいるようだ。


「ルーミィの火傷は俺がすべて治した。今日から健康に生きていけるぞ」


 鏡を見つめるルーミィの両目に大粒の涙がたまり、決壊したかのように、次から次へと止めどなく溢れ出る。

 顔をクシャクシャにしたルーミィは、手鏡を取り落とすと、俺に抱きついてきた。


「ありがとうございます……ご主人様」

「おう。良かったな」


 ポンポンと頭を軽く叩いてやる。


「この身体、この命、すべてをご主人様に捧げとうございます。なんなりとご命じ下さい」


 今までの口数少ない口調とは違う、流暢な口調で告げるルーミィ。

 きっと、このセリフは奴隷時代に叩きこまれたのだろう。


「俺からの命令はこれだけだ――」


 ルーミィの両目をしっかりと見つめ、はっきりとした口調で告げる。


「誰よりも幸せになれ。それで世間のヤツらを見返してやれ」

「……わたしが…………しあわせに…………なってもいいんですか?」

「それじゃダメだ」


 きつい調子で否定する。

 ルーミィの身体がビクッと震える。


「『なってもいい』じゃダメだ。幸せに『ならなきゃダメ』なんだ。これは命令だ。わかったな」

「……………………」


 俺の言葉の真意を探っているのだろう。

 やや、長い沈黙の後で――。


「…………はい。……ご主人様」

「いいか、絶対に幸せになるんだぞ」

「はい」

「難しかったら、俺を頼れ。俺がルーミィを幸せにするから」

「はい」


 涙を流しながら、ギュッと俺にしがみつくルーミィ。

 しばらくの間、俺は彼女のしたい様にさせておいた。

 やがて、ルーミィも落ち着きを取り戻す。


「そういうわけで、よろしくね、ルーミィちゃん。私はニーシャよ」

「あの……なんて……およびすれば……」

「ああ、そうね。最初に言っておかなきゃね。ルーミィちゃんが奴隷時代にどういう教育を受けてきたか知らないけれど、ウチの商会は貴族だろうと奴隷だろうと、区別はしないから。だから、好きに呼んだらいいわ。呼び捨てでも構わないわよ」

「じゃあ……ニーシャおねえちゃん……でいいですか?」

「いいわよ。可愛いじゃない」


 ニーシャもルーミィをギュッとハグする。


「そんな可愛いルーミィちゃんに、早速だけど最初のお仕事よ」


 仕事という単語にルーミィの身体が強張る。

 やはり、奴隷時代の習性が染み付いているのであろう。


「お風呂に入って、その身体を綺麗にしてくることっ! それが最初のお仕事よ」

「……はい」

「よし、じゃあ、お風呂へゴーよっ!」


 ルーミィの腕を掴んで部屋を出ようとするニーシャ。


「おい、まだ、本調子じゃないんだから、無理させるなよ」

「分かってるわよ」


 ニーシャは歩く速度を落とし、ルーミィに合わせる。

 やはり、まだ十全に身体を動かせるほど調子は戻っていないのだろう。


 そして、俺たち3人はリビングへ戻ってきた。

 リビングでは話が弾んでいた。

 元々仲が良かったのだろう。三人ともいい笑顔で話をしていた。


「ねえ、ビスケ。この子をお風呂に入れてちょうだい。着替えの服は入っている間に見繕っておくわ」

「うわぁ、凄い美幼女ですねぇ。これがさっき師匠に抱えられていた子ですか?」

「え?」

「ニャ?」


 ミリアとカーサはルーミィの火傷姿を目撃している。

だから、あまりの変貌ぶりに驚愕している。


「アルの魔法よ」

「え?」

「ニャ?」

「ははっ、二人とも師匠のやることにいちいち驚いていたら、ここでは生活していけないですよ」


 短い生活の中でビスケは悟ったようだ。

 俺としては不本意なのだが……。


「じゃあ、この子をお風呂に入れてくるですぅ。あっ、そういえば、まだこの子の名前聞いてないですぅ」

「……ルーミィ」

「ルーミィちゃんですかぁ。名前まで可愛いですぅ。私のことはビスケたんって呼んでいいですぅ」


 そんなやり取りをしながら、ルーミィはビスケに連れて行かれた。

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