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125 ルーミィ

 牢屋を出るまでは気丈にも自分の足で歩いたルーミィだったが、一歩出ると限界だったのか、崩れるように倒れ込みそうに――俺はギリギリのところで彼女の細すぎる身体を受け止めた。


「大丈夫か?」

「…………あり、がとう」


 これ以上は無理だと判断して、


「失礼するぞ」


 俺は彼女を横抱きに抱え上げた。


 軽すぎる身体だ。

 生命維持に必要な最低限の栄養しか摂取していない、いや、それすらも怪しい水準だ。それくらい、彼女の身体は小さく細く折れそうだった。


「どんな食事を与えても、吐いてしまうんですよ」


 俺の疑問を感じ取ったのか、スティグラーが話しかけてくる。


「うちに来てから約一年。こうやって一命を取り留めるだけで精一杯でした」


 苦しそうに告げるスティグラーだが、どこまでが本音だろうか。


「私も彼女の目に惹かれましてね。どうにか、良い買い手がつかないかと懸念していたのですが、こうして最高の買い手と出会えて、なによりでございます」

「ああ、そろそろ戻ろう」

「ええ、少々お待ちを」


 スティグラーが付き人になにか耳打ちしている。


「はっ、かしこまりました」


と付き人はどこかへ去って行った。


「では戻りましょう」

「そうね」


 ニーシャが落ちた布を再びルーミィの頭からかけてやる。


 それから、スティグラーを先頭に俺たち4人は元の部屋へ向かった。

 腕の中のルーミィがさめざめと涙を流す。


「どうした?」

「こんなに…………やさしく…………されたこと……なかった……から」

「そうか」


 俺は腕の力をぎゅっと込める。

 その隙間から彼女がこぼれ落ちてしまわないように。


 それからは無言で歩き、元の部屋へたどり着いた。

 泣きつかれたのか、部屋に着く頃にはルーミィは寝ついてしまっていた。


「お帰りなさい」

「お帰りニャ」


 ミリアとカーサが出迎えてくれる。


「ああ、ただいま」

「ただいま」

「その子は?」

「誰ニャ?」

「新しい仲間だ」

「ええ、新しい仲間ね」


 頭からすっぽりと布をかぶっているけど、細く折れそうな手足ははみ出している。

 それに纏っているのも奴隷特有のボロ服だ。

 二人ともそれに気づいているだろうに、特になにも言ってこなかった。


 しばらくして、付き人が戻ってきた。

 両手には盆を持ち、その上には首輪と指輪、そして、書類が乗せられていた。


「契約変更の準備が調いました。諸経費諸々込みで100万ゴルとなります」


 死にかけていた幼女ひとりに100万ゴル。奴隷の相場は知らないが、高いのか、安いのか。


 ニーシャは「分かったわ」と小袋から白金貨を取り出す。

 1枚、2枚、3枚、……、10枚


「はい、どうぞ」

「これは?」


 訝しげな顔をするスティグラー。

 そりゃそうだ、ニーシャが積み上げたのは白金貨10枚――1千万ゴルだからだ。


「せっかく会長にわざわざ時間を割いてもらって、傷病奴隷一人買い上げただけじゃあ、申し訳ないでしょう」

「これはこれは」


 驚いたように目を見開く。

 そして、満面の笑みを浮かべて続けた。


「ノヴァエラ商会様とは、これからも良いお付き合いが出来そうですな」

「ええ、また、良い奴隷が手に入ったら、連絡してちょうだい」

「それは、もちろん。第一報でお伝えさせていただきます」

「パレトにも支店があるのよね。落ち着いたら顔出すから、よろしく伝えておいてちょうだい」

「はいっ、かしこまりました」


 ニーシャとスティグラーの会話が一段落したようだ。


「それでは、所有者の契約を変更したします。新しい所有者はどなたが?」

「アルよ」


 てっきり、ニーシャが所有者になると思っていたのだけど、ニーシャは俺を指名してきた。


「俺でいいのか?」

「ええ」


 言葉にはしないが、ニーシャにはなにか考えがあるようだ。目でそう訴えてきた。


「わかった。俺で」

「では、アル殿、この指輪を嵌めて下さい」


 言われた通り、空いている指に指輪を嵌める。


「布を取らせていただきます」


 あまり、晒したくなのだが、火傷だらけのルーミィの姿が露わになる。


 ミリアはそっと顔を背け、カーサは逆に食い入るように見つめている。


 付き人の手がルーミィの首筋――そこに嵌められた首輪に伸び、詠唱とともに首輪がパカッと外れた。


 その拍子に、ルーミィが目を覚ます。


「はっ…………ここは」


 俺の膝の上でキョトンとしているルーミィ。


「このお方がお前の主となるのだ。よいな?」

「……………………(こくり)」

「では、この首輪を嵌めよ」


 差し出された首輪を無言で受け取り、ルーミィは自分の首に嵌める。


「では、血を一滴、指輪に垂らすのだ」


 針を与えられたルーミィは、ためらうことなく、自分の指先に指した。

 そして、血液の一滴が俺の嵌めた指輪にたらされる。


 ルーミィの首輪と俺の首輪が同時に光を放ち――光は一瞬で収まった。


「これで契約変更の手続きは完了です。只今を持ちまして、ルーミィの所有権は当商会からアル殿に譲渡されました。できれば、その子を可愛がってやって下さい」


 一瞬、スティグラーは父親のような顔をした気がした。

 一瞬だったので、俺の見間違えかも知れない。


「ああ、そのつもりだ。末永く可愛がるよ。よろしくな、ルーミィ」

「はい……ご主人様」


 肌を晒しておくのも忍びないので、ルーミィの頭から布をかぶせてやる。


「その他になにかご質問はございませんか?」


 俺は首を横に振る。


「ええ、結構よ」

「お客様のお帰りだ。皆でお送りいたせ」


 スティグラーの声で、館中の従業員が集まってきた。


「彼らの道に祝福を。そして、再び我らと道が交わる日を――」


 万雷の拍手が鳴り響く中、俺たちは屋敷を後にした。

 腕にルーミィを抱き、ニーシャ、ミリア、カーサと並んで。


 こうして、我がノヴァエラ商会も6人目の仲間を得た。

 俺とニーシャがボッタクリ商店でたまたま出会い、弟子のビスケがやってきて、今日新たに3人増えた。

 発足当初に比べれば3倍だ。

 これからも、どんどんと人員は増えていくだろう。

 だけど、この6人が立ち上げメンバーだ。

 この6人で商会をデッカくしていくんだ――。

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