124 スティグラー商会2
ノックの音がする。
「入りたまえ」
スティグラーが応じると、ドアが開き、二十名以上の男女がズラズラと部屋に入ってくる。
部屋が広いので、これだけの人数が入ってきても、圧迫感はない。
この為もあっての広い部屋なのか。
「こちらが鑑定書になります」
スティグラーが鑑定書の束を渡してくる。
俺が鑑定書をペラペラとめくる中、ニーシャは真剣に一人ずつを眺めていく。
【鑑定眼】を発動しているのだ。
今回の判定基準は将来性のみだ。
現在の値は気にしない。
こちらで育てていくからだ。
欲しい人材はニーシャのサポート人員。
【商才】や【計算】の成長率がAかSの人材だ。
それがあれば、開店までに一人前に育て上げることが出来る。
そう思って、ニーシャは【鑑定】していくのだが、どうもニーシャの表情は芳しくない。
ひと通り見終わったのか、ニーシャが小さく息を吐く。
「いい人材を揃えているわね」
「それはもう」
確かに、【鑑定】上は文句のない数値が揃っている。
【商才】や【計算】がBの者もちらほらいる。
これで断られるはずがないだろうと、スティグラーは自信に満ちた顔をしている。
確かに、普通だったら、この中から誰かが選ばれるだろう。
しかし、俺たちは普通じゃない。
「皆、いい人材なんだけど、残念ながら、私たちの目的に合った人材ではないわ」
「そっ、そうですか…………」
「ええ、たしかに私たちの商会はまだまだ小さいわ。だけど、これから、私たちは成り上がっていく。それについて来られそうな人はこの中にはいないわ」
「ご期待に添えず、申し訳ございません」
スティグラーが深々と頭を下げる。
「ですが、まだ当商会には奴隷はいます。そちらを見ていただいても?」
「あら、そう。じゃあ、そちらを見せていただいても」
「少々事情がある者たちでして、しかし、ひょっとするとニーシャ様のご期待に応えられる存在というのは、得てしてそういう場所におるやも知れません」
「そうね。面白そうだわ」
「ええ、ご案内いたしましょう。あまり、快適な場所ではないのですが、よろしいでしょうか?」
「ええ、結構よ。肥溜めでも戦場でも、構わないわ」
結局、俺とニーシャの二人で残りの奴隷を見ることになった。
俺とニーシャはスティグラーと付き添いの者に従い、廊下を歩いて行く。
「あのお二人はよろしいので?」
「ええ、彼女たちは今日雇い入れたばかりよ」
「信頼できるのですか?」
「さあ、それはまだ分からないわね。だから、商会の核になる部分は任せないつもり」
「ははあ、そこを任せられる人材を今日はお求めということで」
「そうね」
「ご期待に応えられるといいのですが」
目の笑っていない笑顔で、スティグラーが答える。
彼の後に続き、廊下の突き当りに出る。
そこには鍵付きの扉が会った。
係りの者が鍵を開け、俺たちは進む。
扉の向こうは地下へと続く階段だった。
俺たちは無言で階段を降りていく。
薄暗い空間。手元の明かりだけが頼りだった。
綺麗に取り繕われた上とは異なり、地下はジメジメとした陰鬱な空気が淀んでいた。
うめき声をあげる男。
シクシクと涙をすする女。
この空間を占めているのは絶望と諦観だった。
歩きながら、ひとつひとつ檻の中を覗いていく。
狭い独房に、ベッドとトイレだけの最低限の空間だ。
「ここにいるのは傷病奴隷です」
手足を失った者。
病に伏す者。
顔に大きな傷を負った者。
「買い取られる見込みも少なく。残りの人生をここで終えるばかり」
スティグラーの低い声が闇に響く。
「まあ、物好きな方が買われていく可能性はゼロではないですがね」
それが俺達の事を揶揄しているのか、暗くて表情が分かりづらいので、彼の真意は分からなかった。
「こちらでございます。この奴隷ならば、お二人のお眼鏡にかなうやも」
ひとつの独房の前で、スティグラーが足を止める。
「ねえ、アル、あの子の目」
独房の中に視線を送り、ニーシャの目が止まった。
ベッドに座り込み、ボロ布を頭からかぶり、こちらを見つめる少女。
「ああ、良い目だ。良い目をしている」
他の傷病奴隷たちが諦めきっているのに対して、この少女はまだ諦めていない。強い意志の力が目に感じられた。
スティグラーがこの子を推してきた理由が分かった気がする。
「話してみますか?」
「ええ」
ニーシャが肯定すると、付き添いの者が鍵を開ける。
俺とニーシャは並んで房に入る。
スティグラーは入って来ないようだ。
「私はニーシャ、こっちはアル。あなたのお名前は?」
「…………ルーミィ」
頭から布で隠していて、顔は目だけしか見えない。
布越しのくぐもった声は幼い女の子のものだった。
「ねえ、ルーミィ? あなたは生きたい? それとも、このままここで死んでいく?」
「……………………」
少女は答えず、沈黙が場を支配する。
しばらく沈黙が続いたが、やがて、少女がか細い声を発する。
「…………生きたい」
「そう」
「…………このまま、ここでなにもせずに、死んでいくのはイヤだ」
「ねえ、ルーミィ? あなたは恨んでる?」
「…………恨んでないって言えば、ウソになる。でも…………もうあきらめたの」
「諦める必要はないわ。あなたの思いが分かったって言う気はないわ。でも、私たちはあなたの手助けが出来るわ」
「…………!!!!!」
「ここを出て、あなたの願いを叶える手助けをさせてもらえないかしら?」
「…………でも、わたし…………なにも……できない」
「気にしなくていいわよ。確かに、今のあなたではなにも出来ないわ」
「…………」
「これから出来るようになるのよ。私たちが出来るようにしてあげるわ。だから、なんの心配もいらないのよ」
「……………………ほんと?」
「ええ。一緒に世の中を見返してやりましょうよ」
「でも…………わたし……こんな……姿」
ルーミィが不意に頭からかぶっていた布を片手で払いのける。
その姿に俺は衝撃を受けた。
火傷で顔は醜く焼けただれ、原型を留めていない。
皮膚もただれ、筋肉が露出している部分もある。
そして、片方の腕はプラプラと揺れ、その機能を失っている。
そんな姿のルーミィを目にしたニーシャは、彼女に歩み寄り、そっと頭を優しく抱いた。
「私はそんなの気にしないわ。ねえ、アル、あなたも気にしないわよね?」
「ああ、全く気にならんな」
たとえ、火傷が彼女の姿を醜く変えても、それは表面の話だ。
彼女の精神までは傷つけられなかったようだ。
彼女の目は死んでいなかった。
口ではどう言おうと、諦めていなかった。
彼女の強い心は折れていなかった。
俺は彼女を尊敬する。
「……ほんと…………おにいちゃん?」
「ああ」
「…………わたし…………みにくくない?」
「ああ、可愛いよ」
12歳くらいだろうか。可愛い妹みたいなものだ。
「…………うれしい」
「私が興味があるのは、あなたの頭の中よ。その最高の頭脳がある限り、どんな容姿をしていても構わないわ」
「…………(こくり)」
ニーシャがルーミィに手を伸ばす。
折れそうなほどに細いルーミィの手がその手を掴む。
「では、一緒にここから出ましょう。その布はそのままでいいわ」
ボロ布を頭からかぶり直し、ルーミィはベッドから立ち上がる。
ニーシャの手につられて、ルーミィが歩き出す。
ゆっくりでぎこちない歩き方だ。
動かない方の手がプラプラと揺れている。
ゆっくりだが二人は歩き、牢屋を出た。
スティグラーも付き人も黙って成り行きを見ている。
「さあ、あなたはこれから羽ばたいていけるのよ。どこまでも――」




