123 スティーグラー商会
俺たちは目的地に着いた。
スティーグラー商会――ファンドーラ商会に紹介してもらった奴隷商だ。
「ようこそ、スティーグラー商会へ。ウチでは傭兵から夜伽の出来るメイドまで、各種取り揃えておりますよ」
俺たちを出迎えたのは貴族と言っても遜色ない、見事な着こなしをした中年の男だった。
笑顔を貼り付けているが、その目は笑っていない。
俺たちが若輩だからといって、見下す雰囲気は感じらない。
「これを」
「拝見させていただきます」
ファンドーラ商会からの紹介状を見せる。
「ほう。これはこれは。お若いのに優秀なのですな。改めてご挨拶を。当商会の支配人をしております、フランコ・スティーグラーと申します。どうぞ、末永きお付き合いを」
さすがはファンドーラ商会の紹介状。
今までは様子見だったスティグラーも紹介状を見るなり、上客を相手にする態度にコロッと切り替わった。
「立ち話もなんでしょう。あちらでお話を」
そう言って、俺たちは応接室に通された。
立派で豪奢な調度品に囲まれた広い応接室だ。
きっと最上級の応接室に違いない。
それにふさわしい相手だと、向こうに認識されたのだろう。
俺とニーシャは慣れているのでどうということはないが、新人ふたり組は落ち着かない様子でキョロキョロと辺りを見回している。
「お飲み物でも」
言うやいなや、メイドが俺たち4人分のお茶を淹れてくる。
絶妙のタイミングだ。
新入り組はそれにも驚いていた。
俺はカップを手に取り、茶葉の香りを味わう。
立ち上る馥郁たる香り。
一口含むと、酸味の中にある清涼感。
「ニギール産の早摘みですか?」
「ほう。これはこれは」
スティグラーが感心した様子を示す。
「失礼ですが、ご貴族さまでしたか?」
「いえ、ただの平民ですよ」
カップを揺らしながら、俺は答える。
スティグラーは「フランコ・スティーグラー」と姓付きで名乗った。
これは彼が貴族の一員であることを表す。
しかし、末端の末端であろう。
そういう貴族は騎士になるか、こうやって商売に身をやつすか、それくらいしか生きる道がない。
中には商売は下賤と見下す貴族も存在するが、スティグラーはそういう偏見は持っていないのだろう。
でなければ、奴隷商のトップなんて出来る訳がない。
そのスティグラーが腰を低くして尋ねてきた。
そして、俺の返答に、今日初めて感情を表し、目を大きく見開いた。
「ただの平民のあなたが、あの紹介状を持ち、奴隷商を訪れるとは……。今日は一体どういったご用件でしょうか?」
「ああ、今日用件ががあるのは俺じゃなくて、彼女でね」
俺はニーシャにバトンタッチ。
俺の役目は、相手に見くびられず、対等の相手と思わせること。
その役目は果たしたので、ここからはニーシャにお任せだ。
「失礼。申し遅れました。私はノヴァエラ商会の会頭を勤めているニーシャと申します。今まで話していたのが共同経営者のアルです」
「ほう。そうですか」
スティグラーが今度はニーシャを舐め回すように観察する。
しかし、それくらいで動ずるニーシャではない。
眉ひとつ動かさずに、スティグラーの視線を受け止める。
スティグラーは「ほう」と感心した目でニーシャを見る。
「今日、ここへ来たのは経理が出来る人間が欲しいからよ」
「経理ですか?」
一瞬だけだったけど、スティグラーは落胆の色を見せる。
ほんの一瞬だったので、俺以外は気づいていないだろう。
「それでしたら、わざわざ奴隷を求める必要はないのでは?」
スティグラーの疑問はもっともだ。
奴隷に求めるものは、普通の雇用では満たせないもの。
経理が出来る人間が欲しいなら、普通に雇用すれば良い話だ。
だが、ニーシャは続ける――。
「ウチの商会はいろいろと事情を抱えていてね。必要なのは、絶対の忠誠が保証された経理の出来る人間なのよ」
「ははあ」
そう。俺たちは俺絡みであまり公開したくない情報を抱えすぎている。ミリアとカーサにどこまで打ち明けるかは別として、もう一人絶対の信頼をおける人間が欲しいのだ。
そのために一番確実な手段が奴隷だった。
奴隷であれば、契約で縛ることで、秘密を順守されられる。
俺もニーシャも奴隷に対して偏見も忌避感もない。
単に、必要な仲間が奴隷だった。ただそれだけだ。
スティグラーが「ははあ」と言ったきり、黙りこむ。
現在、必死で計算を巡らせているのだろう。
どの選択肢が一番儲けがおおきくなるのか。
そして、彼の中で答えが出たようだ――。
「分かりました。そういう事情でしたら、当店自慢の人材をご紹介させて頂きたいと思います。それでは、早速人材を見繕わせますので、少々お待ちください」
スティグラーは控えていた男に申し付ける。
男は恭しい態度で礼をし、部屋から出て行った。
「奴隷をお求めになるのは初めてですか?」
「ええ、そうですね」
ニーシャが相槌を打つ。
「我々は人間を商品としております。それゆえ、人間を見る目はシビアなつもりです」
「ええ」
「長年、多くの人間を見てきました。売られる方。そして、買っていく方――」
もったいぶったように、スティグラーは間を取る。
「ですが、あなた達ほど底の見えないお二方は初めてです」
新入り2人組は眼中にないようだ。
たしかに、2人は縮こまって黙り込んでいるだけだ。
会話を導いてきたのは俺とニーシャ。
良い意味か、悪い意味か。
俺たち2人は彼の琴線に触れたようだ。
「どのようなお商売を?」
「まだ、商会を立ち上げて2週間。まだ、開店もしていない段階なのですが、迷宮都市パレトで遺物を取り扱って行くつもりです」
「ほぅ。パレトですか。パレトにはウチの支店もございます。もし、今日の商談でご満足いただけたら、そちらもご贔屓いただければ」
「ええ、そうね。今日は期待しているわ」
「それにしても、まだ商会を立ち上げたばかりだというのに、ファンドーラ商会からあれだけの信任を得ているとは……」
「あまり詳しいことは言えないのだけど、今度ファンドーラ商会が革新的な事業を立ち上げるわ」
「ええ、そのようですね。私も詳しくは知りませんが、今の王都はそういった噂で持ちきりですよ」
「さすが、耳が早いのね」
「ええ、この商売、信用と情報がなによりですので」
「一見の私たちに良くしてくれるみたいだから、私からもサービスよ。その新事業、私たちも一枚噛んでいるのよ」
「!?!?」
さすがのスティグラーも動揺を隠せないようだ。
それにしても、ニーシャは凄い。
なにひとつ具体的な情報を漏らさず、それでいて俺たちが凄いってことだけを相手に伝えてる。
「だから、今日は優秀な奴隷が欲しいわ。私たちの成功をより確実なものにするために」
「そっ、そうですな。ウチとしても、是非ともご協力させていただきたい所ですな」
「期待しているわ」
ウフフと微笑み、紅茶を傾けるニーシャ。
どうやら、この舌戦、軍配はニーシャに挙がったようだ。




