122 両腕に
個室に戻るなり、ミリアが問い詰めてきた。
「アル、今までなにしてたニャ?」
「なにしてたって、シドーさんと話してたんだよ。ほら、俺抜きで女性だけの方が、話が盛り上がるかと思って」
詰問口調だったけれど、なんら疚しい気持ちがない俺は、正直に答える。
すると、俺に向けられていた視線が隣のシドーさんへ向かう。
三人のシドーさんを見つめる視線が厳しい気がするのは気のせいだろうか?
「これは完全に恋する乙女の顔だね」
「そうニャ」
「ライバル出現ね」
三人は小声でなにか話してる。
「でも、まだ一線は超えてないみたい」
「そうね、安心したわ」
「でも、油断できないニャ」
輪になってぶつぶつと呟く三人組。
シドーさんは取り残されてキョトンとしている。
「ここはしばらく様子見ニャ」
「ええ、そうね」
「それがいいわね」
さすがにそろそろ無礼かと思って、俺は声をかける。
「そろそろいいかい、三人とも?」
俺の声に一斉にこちらを向く三人。
「長い間話していたのね?」
「ああ、ニーシャ。そっちはどうだった?」
「ええ、二人とも大分打ち解けることが出来たわ」
「そう。それは良かった」
俺の作戦が成功だったようだ。
しかし、満足しているとは言いがたい視線だ。
「そちらもずいぶんとお楽しみだったみたいね?」
「お楽しみ? ああ、シドーさんと楽しく話をさせてもらったよ」
「へえ〜、それは良かったわね」
なんか普段と違いツンツンしているニーシャだ。
「すみません、なんかアルさんをお借りしてしまったみたいで」
シドーさんが謝るようなことじゃないと思うんだが、彼女は律儀に謝罪していた。
「いえいえ、これからもウチのアルをよろしく頼みますね」
「はいっ。今度も約束したので、その時はまたお借りさせていただきますね」
「今度?」
「ええ、その約束をしましたので」
「ふ〜ん」
ニーシャはシドーさんの全身を舐めるように見る。
「そういえば、アルはセレス様の熱心な信徒ですので。そのことをお忘れなく」
「セレス様の……ですか。はい、心に留めておきます」
俺がセレスさんの信徒であることが、なんの関係があるのだろう?
だが、二人の間でなんらかの合意に達したのだろう。
これで会話は終わったようだ。
「じゃあ、アル遅くなったし、そろそろ行きましょう」
「行きましょう」
「行くニャ」
三人息がビッタリだ。
どうやら、打ちとけられたみたいだな。
「じゃあ、シドーさん、お世話になりました。また、来週よろしくお願いします」
「はい、こちらも楽しみにお待ちしてますね」
やっぱり、ウルフ肉は期待されてるみたいだ。
ハチミパウダーの脅威を知るには、ウルフ肉の串焼きは持って来いだもんな。
こうして、シドーさんに別れを告げ、俺たちは次の場所へ向かって歩き出した――のだが、すぐに両腕を奪われた。
右腕をカーサ、左腕をミリアにがっしりとホールドされた。柔らかいものがギュウギュウと押し付けられているんですけど…………。
ニーシャはニーシャで「う〜、出遅れた」と残念そうにしているし。
「あの〜、一体これはどういう状況?」
とりあえず素直な疑問を口にしてみた。
「護衛です」
「ニャ」
カーサは生真面目な顔で言い張るし、ミリアは敬礼している…………。
「俺ってそんなに弱そうに見える、っていうか、明らかに護衛って言うより俺の戦闘力奪っているよね」
「護衛です」
「ニャ」
はあ。これはあれだ、なにを言っても無駄ってヤツだな。
「ねえ、アル?」
今度はニーシャだ。
なんだろう、一体?
「どうした?」
「疲れちゃった。おんぶして?」
ここは人目の集まる街中だ。
両腕に二人ぶら下げた上でおんぶとか、どれだけ衆目を集めるつもりだ。
俺は大道芸人じゃないんだぞっ!
つーか、人目につかないダンジョンでだって、おんぶを恥ずかしがっていたあのニーシャがどういう変貌ぶりだ?
他の二人もさっきまでは、そんなに積極的ではなかったはず。
この短時間に彼女たちに一体なにが起こったんだ?
これ以上は気にしてもしょうがないと割り切っていこう。
そして、分かったことがひとつ。
ミリアは見た目通りほっそりとしたスタイルだが、問題はカーサだった。
服の上から見た感じだとミリアと大差ないのだが、実は凶悪なタイプというか、腕に押し付けられている凶器は犯罪級としかいいようがなかった。
二人に連行されるまま、なすがままの状態で目的地を目指す。
ジェボンさんのお店は富裕層の集う区画にあるのだがが、そこは貴族区と隣接する商業区だ。
俺たちの目的は隣の貴族区にあるわけで、両区を分ける門を通らなければならない。
さすがに門が近づくと二人は腕から離れてくれたので安心した。
「何用だ」
門に近づく俺たちに衛兵が誰何してくる。
俺達のような平民は、特別な理由がないと貴族区には入れないのだ。
「これを」
スティラさんから頂いた紹介状はここでも効き目抜群だった。
「通ってよし」
と身体検査もなしに、貴族区へ入ることが出来た。
まあ、武器なんかは全部【虚空庫】に仕舞い込んでいるので、身体検査されたところで困らないのではあるが、無駄な時間を食わずに済んだのは助かった。
「凄い、あっさりと通れたね」
「カーサは王都の育ちだよね?」
「はいっ」
「貴族区に来たことは?」
「いえ、初めてよ。ちょっとドキドキしているわ」
再びくっついて来たカーサが胸を腕に押し付けてくる。
負けじと「私もドキドキニャ」とミリアも押し付けてくる。
こちらもカーサほどの弾力はないけど、押し付けられるとやっぱり気持ちいい。
「ほら、さっさと行くわよ」
ニーシャが少し険しい声を出す。
いかん、鼻の下が伸びていただろうか。
さっきから、この二人にペースを乱されっぱなしだ。
威厳を持つとまではいかないにしろ、それなりに節度を持った関係でありたい。
少なくとも、街中で腕を組んでデレデレといった状態は避けたい。
次から厳しく言おう。
そんな俺の気配を察したのか、それともニーシャのセリフが効いたのか、二人はすぐに俺の腕から離れた。
貴族区はやはり、平民区とは趣が異なっていた。
一軒一軒の敷地が広く、丁寧に手入れをされた庭木が風情を醸し出している。
もちろん、建物も豪奢な作りのものが多く、それだけで威圧感を出している。
馬車がすれ違えるように道も広く、石畳も綺麗に整備されている。
平民区でもジェボンさんのお店がある辺りは、富裕層向けといった区画で、それなりに整った町並みをしているのだが、貴族街と比べるとその違いは一目瞭然だった。
「やはり、貴族はお金持っているんだなあ」
貴族に権威を感じない俺としては、建物や庭園にかけられているお金のことが気になった。
「そうね。お金の使い方に関して、平民と貴族は桁違いね」
「学院でも貴族は派手だったわ。広い個室にお付きの者を何人も侍らしてたわ」
「そうニャ。我が物顔で取り仕切っていたニャ」
「いくら優秀でも…………その分、私たちは肩身が狭かったわ」
「そうだったニャ」
魔術は血筋によるところが大きい。
それゆえ、貴族には優秀な者が多かったのだが、彼らが徒党を組んで幅を利かせている状況は、そうではない者にとっては、大変居心地が悪かったらしい。
二人とも学院にはあまり良い思い出がなさそうだ。
そんなことを話しているうちに――。
「着いたわね」
「ああ」
俺たちは目的地にたどり着いた。




