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12 エリス王女の髪飾り

「エリス王女の髪飾り」

「???」


 ニーシャが一言そう呟いた。

 俺には聞き覚えのない言葉だった。


「ちょっと昔の話だけど、とある国に国民から広く愛されていた王女様がいたの――」


 ニーシャが語りだした。


 ――王女の名前はエリス。

 その美しさと優しい人がらに、異性だけでなく同性からも好かれる存在であった。

 貴族の娘達は王女に憧れ、王女が身につけたものを真似するようにこぞって取り入れた。

 王女が赤いドレスを着れば皆が赤いドレスをまとい、王女が幅広の帽子を被れば、皆がそれを被る。

 そんな王女がお忍びで城下を訪れた際に、ふらっと立ち寄った名も無き工房でひとつ髪飾りを買い求めた。

 庶民向けのありふれた髪飾りである。

 取り立てて特徴があるわけでもなく、際立って品質が良いわけでもなかった。王女がそれを手に取ったのは単なる気まぐれだったのかもしれない。

 だが、王女がそれを着けて晩餐会に臨んだことによる影響は凄まじいものだった。

 貴族の娘たちは、王女と同じ髪飾りを、と我先に求めた。

 それにより、それまで銀貨1枚の値だった価格が高騰し、金貨数枚で取引されるまでになったほどに――。


「――良い品だから高い値がつくわけじゃないのよ。その値段で欲しがる人がいるから、高い値段がつくのよ」


 ニーシャのわかりやすい説明で、ようやく腑に落ちた。

 そういえば、カーチャンが使った武器はトンでもない高値で取引される、ってカーチャンが言ってたな。

 なんでも、勇者が使用したアリガタイものらしく、蒐集家にとっては、いくら払ってでも手に入れたいものだそうだ。本人が言うには、「ちょっと良く斬れる、ただの棒なのにねー」だそうだけど。

 勇者に使ってもらえることは、作る側にとってもアリガタイことだそうだ。

 各国の名匠・工房が「是非使ってください」と自慢の一品を献上してきたな。

 でも、カーチャンは知人の鍛冶職人のつくったモノしか基本的に使わないから、そういった献上品は実家の物置で埃を被っていた……。


「あの手のいかがわしい店は店主の目利きも大したことがないのよ。良い品ではなくても、出すトコロに出せばそれなりの値がつくものが転がっているのよ」


 ニーシャが言うには、品物の価値が分かるくらいじゃ目利きとして半人前。

 誰がいくらの値段をつけるかまで分かって、ようやく一人前だそうだ。

 極端な話、思い出の一品とか、行方不明になった家族の遺品とか、他人には価値がなくても、当事者にとってはいくら支払ってでも手に入れたいだろう。

 ニーシャが探していたのはそういった品々だそうだ。


「正体を知られるとヤりづらくなるから、バレないように工夫してるのよ」


 フードと指輪のことを言っているのだろう。


「なんか商売の邪魔しちゃったようだな。悪かった」

「気にすることないよ。私だって、商人の端くれよ。自分の損になることをするつもりはないわ」


 そう言いつつも、困っている人を見たら捨ておけない人の良さが伝わってくるのは、俺の気のせいだろうか。


「ああ、薬草か。1株20ゴルだっけ。ニーシャが相手だったら、こっちも喜んで売るけど……それで元を取れるほどなのか?」


 俺があの店で出した薬草は10株だ。

 ニーシャがあそこでなにを買うつもりだったかは知らないが、それに見合うほどだとは思えない。


「そうね。たしかにアルが持っていた薬草はとても上質だから、それなりの儲けになるわ。それでも、あそこで儲けるはずだった2,000ゴルには及ばないわ」

「じゃあなんで?」

「これよ、これ」


 彼女は再び自分の【鑑定眼】を指差して微笑んだ。


「それ以上の掘り出し物を見つけたからよ。あのオッサンは、本当に見る目がないわ」

「ん?」


 彼女がなにを言いたいのか掴みかねる。


「アルの服にも薬草にもビックリしたわ。国宝級の服を着て、私が今まで見たどんな薬草よりも上質な薬草を持っていて――そんな人があんないかがわしい店に入ってくるんだもの。それで、ボッタクリ価格を提示されても反論もしないし」

「つまり?」

「あなたの価値に比べたら、薬草での儲けもあの店の掘り出し物も、賤貨と同じよ。あなた一体、何者なの?」

「…………」


 ニーシャの言葉に思わず絶句する。


「ああ、ゴメンね。別に、詮索するつもりはないわ。ただ、あなたとの出会いを見逃しちゃちゃいけないって、この眼と商人のカンが教えてくれたのよ」

「なるほどな……」


 まさか、自分がそこまで高く評価されているとは思わなかった。

 今まで俺を見る人は皆、勇者の息子として俺を扱った。

 こうやって、俺自身のことを評価してくれる人なんかいなかった。

 素直に嬉しかった。

 だから、俺も彼女を信頼して、正直に話すことにする。


「あまり言いふらさないで欲しいんだけど……」

「大丈夫よ。口の硬さは商人には必須だからね」

「ニーシャのことは信頼したいと思う。ニーシャは俺に真摯に接してくれるし、悪い人間だとは思わない。だから、正直に言うよ」

「うん……」


 周りに聞かれてるとは思わないけど、小さな声で俺は告白する。


「実は俺……勇者リリア・クラウスの息子なんだ」

「へー、そうなんだ」


 軽く流された。

 いや、軽く流してくれた。

 それが嬉しかった。


「それじゃ、今まで大変だったでしょ?」

「まあね。だから、俺はあまり正体を知られたくない。ただのアルとして生きたいから、家を飛び出してきたんだ」

「若いのに大変ねえ」

「ニーシャもだろ」

「まあねえ」


 ニーシャも俺とそう年は変わらないはずだ。

 それなのに、彼女もこの王都で一人で頑張っている。

 そんな彼女だからなのか、俺が勇者の息子だと知っても態度が変わらなかった。

 そのことが、俺は死ぬほど嬉しかった。

 ほっと安心した俺は会話を続ける。


「ニーシャは王都の生まれ?」

「ううん。元々は西にある国の生まれよ。商人として一旗あげようと思ってね」

「だったら、商会で雇ってもらったほうが良いんじゃないか? 鑑定眼持ちなら、大歓迎だろ」

「自分の力でどこまでやれるか試してみたいの。それに、人に使われるのは好きじゃないから」

「あ、それ、俺も一緒だ。俺も人に使われるのは絶対に嫌だ」

「あはは、気が合うわね」

「だね」

「でも、まあ、ツテも先立つものもないから、こうやってセドリで日々小銭を稼いでる毎日よ。いつか自分の店を出すことを夢見てね」


 嘘はついていない――けど、なにか隠しているな。

 まあ、詮索するつもりもない。

 時が来たら、教えてくれるだろう。


「アルの方は、なにをしに王都へ?」

「モノづくりがしたくてな」

「へー、そうなんだ。ああ、そういえば、さっきの店でポーション容器を買おうとしてたわね。じゃあ、調合師を目指しているとか?」

「いや。べつに調合だけってわけじゃない。自分が作りたいものなら、なんでも作るつもりだ」

「なんでもって……。普通の人だったら、ちゃんと現実見たらって思うけど、アルなら本当になんでも作っちゃいそうね」

「今までも色々作ってきたしな。難しいモノじゃなきゃ、大体作れるぞ。作ったことはないけど、その指輪くらいなら簡単だ」


 ニーシャが嵌めている指輪を差すと、驚いた顔をしていた。


「コレ、結構な魔道具なのよ……」

「でも2種類の風魔法を省略術式で付与するだけだし、魔力も少ない量ですむし、素材だって銀で十分だろ」

「……わかったわ」

「なにがわかったんだ?」

「私が思っていた以上にアルが非常識だってこと」

「…………」

「他の人には、その調子で話さない方が良いわよ」

「……ああ、わかった」


 自覚はしていたが、自分で思っている以上に非常識だったようだ。

 非常識のカタマリに育てられたからだ。俺が悪いわけじゃない。


「ひょっとして、その服もアルが自分で作ったの?」

「いや。これは貰いものだ。旅に出るときにカーチャンの知人から貰った」

「勇者の知人……」


 旅立ちを決めた日にカーチャンが俺に「どんな服が欲しい」って聞いてきた。

 だから、俺は「高性能で着心地が良いけど、その性能を隠蔽できて、普通の旅人が着るような服に見えるヤツ」とリクエストしたんだ。

 それを聞いたカーチャンは知人の職人に「こんなヤツを作っておいてねー。3日以内でー。お願いー」と頼んでいた。

 それを聞いて俺はアホかと思った。


 「いい年して母親に服を用意してもらうなんて格好悪い。自分の服くらい自分で作るわ」と思っていた俺が出した要求は相当に無茶なものだったからだ。

 俺のリクエストは、重量がほぼゼロ、体温調節機能、防塵、防汚、自動修復、発動式迷彩、魔力隠蔽などをつけた高い防御力をもつ旅人の服だ。

 作ろうと思ったら、素材集めだけでもかなりの期間が必要なはず。到底、俺の出発に間に合うわけがない。

 そう思っていたんだが、カーチャンのオネガイがもつ強制力は恐ろしいものだ。

 2日後に俺の要求を遥かに超える一品が届けられていた。

 さすがにこれだけのモノを用意されたら拒むこともできない。カーチャンから貰ったってのは気に食わないが、モノ自体はとても良いものだし。


「そんなものをポンとくれる知人がいるだなんて、さすがは勇者リリア・クラウスね」

「カーチャンやその知人がいろいろおかしいだけだ。俺が凄いわけじゃない」


 類は友を呼ぶというか、カーチャンの周りには凄い人がいっぱい集まる。師として仰ぎたいような人もたくさんいる。

 そのうちの誰かに師事することも、実は選択肢にあった。

 だけど、カーチャンの息子ではなく、ただのアルとしてやっていこうと思い、一人でやっていくって、俺は決めたんだ――。

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