119 4人でジェボンの店3
「いや〜、本当に美味かったニャ」
「そうね、これだけでもうノヴァエラ商会に所属して良かったと思えるわ」
「そうね。私もアルと出会ってから食事情がガラッと改良されたわ。もう、アル抜きじゃ生きていけないかも」
「女を掴むには、まず、胃袋からニャ」
「ホントにそうね」
「私もそう思う。こんなに美味しい料理は初めて食べた」
みんな、思い思いの感想を述べる。
だが、安心しろ。これからも美味いものをたらふく食わせてあげるからな。
帰ったらハチミパウダーも自作もするしな。
あっ、カーチャンにもハチミパウダー届けないとな。
「そういえば、カーサ」
「なにかしら?」
「食べ方とか上品だったし、高級料理にも造詣が深そうだったし、もしかして良いところのお嬢さん?」
俺の質問にカーサはピタリと固まった。
マズい質問だったかな。
「聞いちゃマズかった? 無理に答えなくていいよ」
「……………………」
しばし葛藤があったが、やがて、カーサは口を開いてくれた。
「いえ、いい機会なので、最初のうちに伝えておくわ」
「そう、ありがとう」
「私の実家は王都でそこそこの商家を営んでたの。しかし、5年前――『ベッカーの変』の煽りを喰らって倒産してしまったの。学院には授業料を支払い済みだったので、なんとか通うことが出来たけど、実家はそれで没落してしまったの。だから、私は学院卒業後も実家にも帰れず、皿洗いの日々を送っていたのよ」
『ベッカーの変』――俺はそれがどんな事件なのか知らない。
しかし、多くの人を巻き込む、大事件だったのだろう。
今は聞ける雰囲気じゃない。後で調べてみよう。
気になったのは、『ベッカーの変』の言葉が出た瞬間、ニーシャがピクリと反応したことだ。
ニーシャの過去にはなにかあると思っているが、ひょっとするとこの『ベッカーの変』が関係しているのかも知れない。
だけど、これまた、聞ける雰囲気じゃない。
「私の過去で語れることはこれくらいよ」
「そうか、辛かっただろうに、語ってくれてありがとう」
「いえ、今はもう割り切っているから」
「カーサは実家を復興させたい?」
「うーん、難しいところだわ。今日、いろいろと話を聞いて、この商会を大きくするのに貢献したいなと思ったの。だから、実家の名前でなくても、この商会が大きくなってくれれば、それでいいかな、ってのが今の気持ちよ」
「そうか、そう思ってくれて嬉しいよ」
「でも、今は不安が大きいわ」
「そう。どうして?」
俺に代わって、ニーシャが問いかける。
こういうのはやはり、同性同士の方が良いのかも知れない。
「なんか、話が大きすぎちゃって。私なんかがやっていけるのかなって、正直、ちょっと怖気づいちゃってるわ」
「MPの件も含めて、それは大丈夫よ。明日の晩にはカーサは生まれ変わっているから。今の悩みなんかきっと吹っ飛んでるわよ。なにを些細なことに悩んでたんだろうって、きっとそう思うわよ」
「本当にそうかしら?」
「ええ、そうよ。だって私もそうだったから」
「ニーシャもなの?」
「ええ、私もそうだったから。一日で生まれ変わったから」
「本当? 明日、なにがあるのかしら?」
「ふふふっ、それは明日までのお楽しみよ」
「期待半分、不安半分だわ」
「大丈夫。私を、そして、アルを信じてあげて」
「わかったわ。ありがとう。少し気が楽になったわ」
さすがはニーシャだ。
カーサの疑問に答え、安心感を与えられたようだ。
俺じゃ、こうはいかなかっただろう。
やっぱり、頼りになる相方だ。
話が一段落した段階で、コースの締め、最後のデザートが運ばれてきた。
透明なガラスの器に入った白く透き通るようなアニーンドゥフ。
その上に紅一点、ゴジベリの実が赤くチョコンと乗っかっている。
満腹なはずなのに、白く柔らかいアニーンがするすると入っていく。
暖かいザスミン茶ともよく合う。
女子の面々も気に入ったようで無言でスプーンを傾けている。
そして、最初に食べ終わったミリアが口を開いた。
「私も不安ニャ」
「不安?」
「ミソッカスと呼ばれてた私が本当に役に立つのか、不安ニャ」
「さっき【微風】の魔法使えただろ?」
「うんニャ」
「その調子で他の魔法も使えるようになっているぞ」
「本当かニャ?」
「ああ、ミリアはもう治ったから大丈夫だ。帰ったら魔法の練習してみるか? ビックリするぞ」
「そうかニャ。じゃあ、楽しみニャ」
「治った? あなた病気だったの?」
カーサが話に割り込んできた。
「ミリア、話していいか?」
「うん、いいニャ」
「ミリアは病気だったんだ」
俺はカーサに【魔素障害】について説明する。
「――そう、ミリア、大変だったのね」
「だったニャ。でも、アルが直してくれたから平気ニャ」
「たしか【魔素障害】って、『エリクサー』じゃなきゃ治らないんじゃ?」
「うん。そうニャ。アルがポーンとプレゼントしてくれたニャ。だから、アルにはとっても感謝してるニャ。頭が上がらないニャ」
カーサがポカーンとした顔をしている。
「必要だったから、使っただけだ。それに気にする必要はない。二人とも一年後には『エリクサー』くらい余裕で買えるくらいになってるんだから」
「そうなの?」
「ああ、お前たちを見下してた高出力のエリート組の何倍も稼がせてやる。思いっきり見返してやればいい」
「高出力組を……見返す……」
「そうニャ。にっくきヤツらを見返すニャ」
「うん。私も頑張るわ」
二人ともやる気になってくれたようだ。
ある程度打ち解けることも出来た。
初めての交流会としては大成功だな。
やっぱり、美味しいものは正義だ。
「ちょっと商談があるから席を外す。みんなはお茶を楽しんでくれ。食べ足りなかったら、追加注文してもいいから」
そう言い残して、俺は場を後にした――。




