116 イケメン・ジェボン氏
スティラさんに面談が終了したことを伝える。
すぐに部屋へやって来たスティラさんが、労いの言葉をかけてきた。
「お疲れ様でした」
「いえいえ、こちらこそ、わざわざお時間を割いていただき、感謝しております」
「ご要望の人材はおりましたでしょうか?」
「ええ、こちらの二人です。きっと、我がノヴァエラ商会を立派に背負ってくれることでしょう」
スティラがミリアとカーサの二人を見やる。
少し驚いている様子だ。
「我々の予想していたのとは違う人材なのですね」
「ええ、きっと私たちとは違う採用基準なのでしょう。私たちは彼女たちの将来性を買ったのです」
ニーシャの【鑑定眼】のことは公には出来ないので、こうやってお茶を濁すしかない。
「そうですか。どうなっていくのか、非常に興味深いです」
スティラさんもあえて追求はしてこない。
「終わったよ」
ニーシェが戻ってきた。
係りの者と移籍金についてのやり取りをしていたのだ。
移籍金はかなりの額だが、これはしょうがない。
本来、我々に有利すぎる取引だ。高額の移籍金でトントン。これでイーブンな取引ということだ。
ここら辺のビジネス感覚もようやく身に付いてきた。
それに自分たちで探す手間を考えると十分に安いものだ。
「それでは、また、よろしくお願いします。今度はどんな絶対領域に会えるのか、楽しみにしています」
「ええ、アルさんのお眼鏡に叶うよう、頑張ってみます」
小さくガッツポーズをするスティラさんが、普段とのギャップもあって萌える。
「なに、馬鹿なこと言ってるのよ」
ニーシャからツッコミが入る。
「それじゃあ、失礼しますね。また、よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ。いつでも気軽にお越しくださいな」
こうして、新たに2人仲間を得て、ファンドーラ商会を後にした――。
◇◆◇◆◇◆◇
――ファンドーラ商会を離れ、俺たちは次の目的地へ歩いて移動中だ。
『ビスケ、今大丈夫か?』
【通話】でビスケにメッセージを送る。
その数分後、返事がきた。
『はい、ちょうど今手が空いたですぅ』
『こっちで新入りメンバーが2人加わった』
『おお、めでたいですぅ』
『歓迎会は夜にやるとして、それとは別に4人でお昼食べに行くけど、お前も来る?』
『行きたいのは山々なんですけど、今は修行が楽しくてしょうがないですぅ。私はいいので、みなさんで楽しんできてくださいですぅ』
『そうか、分かった。あんまり根を詰め過ぎないようにな』
『はいですぅ』
「ビスケはいいみたいだから、4人で向かおう」
「あら、修行の楽しみに目覚めちゃったの?」
「ああ、そうみたいだ」
クソみたいな前師匠に付いていたビスケだ。
今までロクな修行をさせてもらえなかった。
うちに来て好きに修行できるのが嬉しいのだろう。
【通話】越しの声からもそれが伝わってきた。
やる気がある時は、こちらからとやかく言うべきでない。
好きにやらせてあげよう。
そういうわけで歩き続けて十数分――。
「着いたよ」
「ここですか?」
「高そうなお店ニャ」
赤レンガの立派な一軒家。
初めての2人は腰が引けてるようだ。
「大丈夫、知り合いの店だから。それに支払いは俺が持つから、心配しなくていいよ」
入り口に近づくとドアボーイが扉を開けてくれる。
そして、「少々お待ちください」と厨房へ向かった。
すぐに現れたのは俺の兄弟子であり、この店の総料理長のジェボンさんだ。
今日もスラリとした長身に白いコック服を着こなし、見事なイケメンっぷりだ。
ジェボンさんは俺が師匠の下で修行していた頃からモテモテだった。
特定の相手を作らず、自由に恋愛を楽しむという信条で、常に複数の相手と恋愛中という凄い人だ。
しかも、付き合った相手は不幸にさせない主義で、それをきっちり守っているのだから、尊敬せざるを得ない。
「今日はこっちからだね?」
「ええ、食事させていただこうかと思いまして」
前回の納入の時はちゃんと裏口へ向かった。
今日は正面からの来訪だ。
「しかも、綺麗なご婦人を3人も連れて。アルも片隅に置けないなあ」
「いえ、そういうのじゃないですよ。ただの職場の同僚です」
「ふーん、そういうことにしておこうか」
ニヤニヤと笑うジェボンさん。
この子どものような笑顔に女性は参ってしまうらしい。
ミリアもカーサもポーッと見惚れてる。
ニーシャは慣れたのか、平然としている――ように見える。少なくとも俺が観察する限りは。
ジェボンさんは女性には節操ないとはいえ、知人の彼女や他人の妻には手を出さない。
それに成人したての若い女性にも。
だから、この3人なら、大丈夫だと思ったんだが……。
「ダイジョブ、アルの彼女に手を出したりはしないから」
「そういう関係じゃありませんって」
「ごめん、言い方が悪かった、アルの彼女になりそうな女性には手を出さないから」
そう言って笑うジェボンさん。
同性でも憎めない笑顔だ。
「この時間帯に4人なんですけど大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だよ。非常用にいつもテーブルひとつ空けてるんだ。そこに案内するから心配無用だよ」
「ありがとうございます。それと、ジェボンさん、お願いがあるんですけど」
「うん、いいよ」
「中身も訊かずにうなずかないで下さいよ」
「だって、アルのお願いだろ? そんなの聞くに決まってるよ」
まったく、中身までイケメンだ。
これはモテるはずだ。
でも、これで言質は取った。
「じゃあ、お願い聞いてもらいますよ。今後はちゃんと支払いますからね。受け取って下さいよ」
「うっ…………。アルからお金は受け取れないけど、今、お願い聞くって言っちゃったしなあ」
困ったなあ、と頭をガシガシと掻いている。
「毎度毎度無料じゃ、こっちの気が落ち着かないんです。ちゃんと受け取ってもらいますからね。それに俺は駆け出しだけど職人として仕事をしてます。それだけの稼ぎもありますし、今日はこの新入りの子たちに奢ってあげたいんですよ。だから、お願いします」
「分かった分かった。アルの言う通りだな。それにしても、あのアルがこんなになるとはなあ……。俺も歳を取るわけだ」
「自覚があるんだったら、控えて下さいよ。師匠も『アイツはいつになったら家庭を持って落ち着くんだ』ってボヤいてましたよ」
「いやー、厳しいな。こればっかりは自分でも病気だと思ってるからなあ」
「はあ、まあ、ほどほどにして下さいよ」
「分かった分かった」
ははは、と笑うジェボンさんはやはり、憎めない笑顔だった――。




