114 採用面接:ミリア
面接をするため26番のミリアを呼び戻してもらう。
彼女はおずおずと自信なさげに部屋に入ってきた。
「失礼します。ミリアと申します」
「手間を取らせて悪いね」
「まあ、座って」
「はい、失礼します」
うながされて、ミリアも席につく。
「いえ」
「俺はノヴァエラ商会のアルだ、よろしく。そして――」
「会頭のニーシャよ、よろしくね」
「よろしくお願いします」
自信がないのか、緊張しているのか。
ミリアはうつむきがちだった。
猫耳もしゅんとうなだれている。
「先程検分させてもらった結果、君にはウチの商会にふさわしい能力を持ってると判断した。後は君の人柄と意志を確認したいと思う。構わないかな?」
「あのぅ……」
「なんだい? 何でも気軽に尋ねていいよ」
「私はファンドーラ商会には相応しくなかったってことですか?」
「ウチをファンドーラ商会より、格下だと思っているなら、考えを改めてもらいたい」
「…………」
「ウチはファンドーラ商会と対等な関係を結んでいるし、これからはファンドーラ商会を超える商会を目指している」
「そうですか……」
今いち信じていない調子だ。
「君の待遇もファンドーラ商会以上を保証する。だから、そんなに心配することないし、自分を卑下する必要もない。君にはそれだけの価値があるのだから」
「……わかりました」
納得しきれてはいないが、とりあえずは、ってとこか。猫耳がひくひくと動いている。
「君は今までどんな職に就いていたんだい?」
「司書です。魔術学院の附属図書館で司書をしていました」
「ほう」
「ミソッカスだと分かってていても、どうしても魔法に関わる仕事に就いていたかったんです」
「なるほど。それほど魔法を愛する君が今回の募集に応えたわけだ」
「最初は疑いました。でも、『魔法職求む! 今まで評価されなかった君も再び輝くことが出来る』、チラシに書かれていた言葉がどうしても頭から離れなくって。それに募集元がファンドーラ商会だったので、信用できるかなって」
「よく頑張って、一歩を踏み出したな。その勇気は評価されるべきだ」
褒めるとしっぽが揺れる。
「仕事内容は理解しているかい?」
「いえ、なんでも画期的な新事業を行うとか」
「ああ、そうだ。そして、その事業の基礎を開発したのは俺だ」
「本当ですか」
ミリアは信じられないという表情を浮かべる。
しっぽがくるくると動きまわっている。
「だから、今回募集した面々の中から、優先的に人材を引き抜かせてもらえてるんだ」
「そうなんですか」
「ああ、信じてもらえるかな?」
「いきなり言われても……。今は理解が追いついていない状況です」
自分より年下の子どもが、天下の大商会であるファンドーラ商会と対等な関係で事業を行い、しかも、それを開発した。
そんなこと到底信じられないだろう。
「正直で結構だ。まあ、それはおいおい信じてもらえば良いとして……そろそろ、本題に入ろうか?」
「本題……ですか?」
「ああ、君の意志と能力について確認したい」
「はい、分かりました」
コクリと頷いた。
「君には秘められた魔法の才能があると言ったら、信じるかい?」
「へっ!?」
「どうだい?」
「いえ、信じられません」
「どうしてだい?」
「鑑定書をご覧になったと思います。魔法に関するどの項目もEランクで、学院でも、ずっとミソッカスだったんです」
「ひとつ聞いていいかい?」
「はい、もちろんです」
「医者に見てもらったことは?」
「ないですけど、どうしてですか?」
その質問には答えず、俺は問い続ける。
「魔力を集めようとしても、全身に散らばっていく感じがして、上手く集められない?」
「どうしてそれを……」
「これは機密事項だよ。外に漏らさないと約束出来るかい?」
「はい、約束します」
「ニーシャの鑑定は優れていてね。他の鑑定者では分からないことが分かるんだ」
「…………はい」
「君は【魔素障害】だよ。だから、上手く魔力を扱えないんだ。それさえ治せば一流の魔法使いだ」
「…………そんな」
自分は才能がないのではなくて、病気だった。
才能に苦しんでいた彼女は今どういう思いだろうか?
「ウチに所属してくれるなら、それを治すことが出来る。もちろん、断って自分で治してもらっても構わない」
「……………………」
「ただ【魔素障害】を治すには『エリクサー』が必要だ。そして、『エリクサー』はとても高価だ」
「……………………」
「ウチに務めた場合の待遇について話をしよう。住み込みの三食付きだ。部屋は10畳の一人部屋。食事も王都の一流店クラスは保証しよう。そして、給与なんだけど、最初の3ヶ月は見習い扱いで月10万ゴル。その後はミリア次第だけど、ミリアならばすぐに昇給するだろう。ミリアには調合をお願いするんだけど、もちろん、材料費などはこちらが持つから心配しなくていい」
「破格の待遇じゃないですか」
「ああ、ファンドーラ商会もここまではしてくれないと思う」
「いつまで勤めればいいんですか?」
「最低三年間。それだけはウチで尽力してほしい。その後は、ミリアの自由だ。病気が治ったミリアなら、宮廷魔術師で筆頭を目指すことも、軍で元帥を目指すことも可能だろう」
「そんなに高く評価してくださっているんですか?」
「ああ、ニーシャの鑑定がそう告げている」
「分かりました。いつまでお役に立てるか分かりませんが、最低三年間はノヴァエラ商会のために役立たせていただきます」
「それじゃ、さっそく契約しようか」
「はい、お願いします」
ニーシャの指導のもと、ミリアが必要書類に書き込みしていく。
最後にいくつかの書類にサインをし、雇用契約は無事締結された。
「これで、ミリアも我がノヴァエラ商会の一員だ」
「ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
「いや、ミリアは期待のエースだよ」
「そんな…………」
「信じてもらうためにも、最初の仕事だ。これを飲んで」
【虚空庫】から『エリクサー』を取り出す。
「これは?」
「『エリクサー』だよ。さあ、飲んで」
「『エリクサー』!? そんな高価なものを」
「さっき言ったはずだ。ミリアの【魔素障害】を治すには『エリクサー』を飲むしかないんだ」
「分かりました」
覚悟を決めたミリアは俺から『エリクサー』を受け取り、口をつける。
そして、一気に流し込み――。
「おいしい〜〜〜」
第一声がそれとは…………。
意外と大物なのかも知れない。
猫耳はピンと立ち、しっぽもグルグルと大回転。
「それより魔力の循環はどうだ?」
「はいっ、やってみます!」
立ち上がり、リラックスした姿勢で、目を閉じる。
魔法の基礎、魔力循環だ。
基本中の基本だ。
しかし、今まで【魔素障害】だったミリアには、これすら困難だっただろう。
それが、今では――。
「すごいです〜。信じられないくらい、魔力の循環を感じられます」
「ためしに、【微風】を唱えてみて。ただし、威力は極限まで抑えて」
「はいっ。やってみます」
目を開けたミリアは右手を前に突き出し――。
「【微風】――」
彼女の手の先から一陣の風が舞う。
「すごいですっ! 魔力を最小限に絞ってもきちんと発動しました」
「だから、言ったろう。ミリアは【魔素障害】という病気だっただけで、才能は抜群なんだ」
「嬉しいですっ!」
「そうだ、ニーシャ、今のミリアを鑑定してあげよう」
「ええ」
治療前と治療後のステータスを比べてみる。
――――――――――――――――――
(治療前)
名前:ミリア
種族:猫人族
レベル:12
MP :35(105)
魔力:E(S)
魔回復:E(A)
魔出力:E(A)
魔操作:E(S)
状態異常:【魔素障害】
――――――――――――――――――
――――――――――――――――――
(治療後)
名前:ミリア
種族:猫人族
レベル:12
MP :105
魔力:E(S)
魔回復:E(A)
魔出力:E(A)
魔操作:E(S)
――――――――――――――――――
状態異常の【魔素障害】がなくなり、MPも本来の値に戻っている。
「なあ、ミリア、各値の後ろに括弧付きの値があるだろう?」
「はい、あります。これは一体?」
「これはその項目の適性。すなわち、成長率を表したものだ。どれも凄い値だろ」
「ええ、自分でも信じられません」
「だから、【魔素障害】が治った今のミリアだったら、魔法関係の能力は修行すればどんどん伸びていくぞ」
「はいっ!」
「ウチでの仕事は魔法を使いまくることだから、嫌でも成長できるぞ」
「はいっ! 頑張ります」
「ということで、あらためて採用おめでとう」
「おめでとう」
ニーシャも祝いの言葉をかける。
「ありがごうございます〜!!!」
嬉しさのあまりか、ミリアは泣き出してしまった――。




