110 ネームドモンスター
56階層に降り立った瞬間、俺は不気味な気配を感じた。
即座に【魔力探知】を発動させる。
無数のモンスターの中にとてつもなく禍々しい存在がいる。
この気配は……。
「ネームド・モンスターか?」
ネームド・モンスターとは、名前を持った特別個体であり、通常のダンジョンモンスターとは異なった性質を持つ。
普通のモンスターはひとつの階層に留まり、階層間の移動はできない。
しかし、ネームド・モンスターは階層移動を含め、自由に動きまわる。
普通のモンスターは成長しない。
しかし、ネームド・モンスターは他のモンスターを倒し、その魔石を喰らい成長していく。
普通のモンスターは死んでも時間が経てば同様のモンスターがリポップする。
しかし、ネームド・モンスターは死んでもリポップしない。
あくまで偶発的に発生し、死んだらおしまい。
それがネームド・モンスターという存在なのだ。
成長したネームドは通常モンスターより遥かに強く、下手したらボスモンスターを上回る強さを持つ。
ネームドは時間とともに強くなる。だから、発見即討伐が原則だ。
俺も相手に察知されないように注意しながら、ネームドらしきモンスターの元へ向かう。
5分ほどかけて、ヤツがいるらしき部屋の近くまで接近した。
かなり広い大部屋だ。
部屋の中にはネームド以外にも複数のモンスター反応。
俺は戦闘態勢を整えてから、部屋に近づき目視で観察することにした。
まずは装備だ。
『旅人の服(国宝級)』の上から、全身鎧を装備する。
「【装着】――」
コマンドひと言で自動的に装着できるすぐれものだ。
しかも、自動サイズ調整機能付きなので、小柄なオレでもジャストフィットする。
オリハルコンとアダマンタイトの合金でできているこの鎧の名前は――『神装鎧ミルナス』、神話級の装備だ。
金属製全身鎧なのに、付与魔法のおかげで、重さを感じさせるどころか、むしろ、敏捷性が大幅に増加する優れものだ。
防御力も並大抵ではなく、カーチャンとの訓練でも傷ひとつ付かない優れものだ。
それでも鎧越しにダメージを与えてくるのがカーチャンなんだけど、そんなこと出来るのは世界中を見回しても多分カーチャンだけなので、あの部屋で暴れているのがカーチャンじゃない限りは問題ないだろう。
『神装鎧ミルナス(神話級)』と『旅人の服(国宝級)』。この2つを重ね着をしておけば、防御面の心配は皆無だ。
そして、武器だが、もちろん、ここは『聖剣ルヴィン(神話級)』の一択だろう。
俺が持っている武器の中で最高の一品だ。
この装備なら万全だが、『神装鎧ミルナス(神話級)』は金属鎧で隠密行動に適さない。
あらためて【静音】と【隠密】をかけ直し、隠密行動で部屋に近づく。
巨大な空間だった。
50メートル四方はあるだろうか。
天井も10メートル以上はある。
入り口から中を様子見る。
巨人の周りを取り囲む十数体のフェンリル。
巨人の身長は5メートル以上。3メートルはあるフェンリルが子犬に見えるサイズだ。
巨人もフェンリルもお互いに夢中で俺の接近にはまるで気づいていない。
数では優位なフェンリルだが、戦いを優位に運んでいるのは巨人の方だ。
片手に2メートルはある棍棒を持ち、フェンリルたちを睥睨する巨人。
その上半身はフェンリルの返り血でよごれ、その周囲にはすでに息絶えたフェンリルの姿が数体。
生き残っているフェンリルたちは威嚇するように巨人の周囲をぐるぐると周り、攻撃のタイミングを図っている。
息絶えたフェンリルたちの姿が消え、魔石を後に残す。
巨人はその魔石をボリボリと貪り食う。そして、「ウボオオオオオ」と雄叫びをあげる。
どうやら、あの巨人がネームドで間違いないな。
俺は【虚空庫】から『鑑定球』を取り出す。使い捨ての遺物だ。
『鑑定球』はモンスターやアイテム、遺物の鑑定をしてくれるが、使い捨てで出現率もあまり高くなく、中々にレアな遺物だ。
俺が巨人に向かって『鑑定球』をかざし、魔力を込めると、『鑑定球』は一瞬光を放ち、砂状になって俺の手からこぼれ落ちる。
そして、俺の脳内に情報が浮かぶ。
――――――――――――――――――
名前:グウォー
種族:サウザンド・キリング・ジャイアント
性別:オス
年齢:20
レベル:89
HP :2,421
MP :553
攻撃力:S
防御力:S
魔力 :C
素早さ:A
賢さ :D
器用さ:D
スキル:【咆哮】、【振り回し】
――――――――――――――――――
巨人の鑑定結果だ。
やはり、ネームドだった。
グウォーという名なのか。
年齢は20歳。やはり、カーチャンがクリアした直後に生まれ、これまで狩られずに生きてきたのか。
20年間に渡って、深層の高レベルモンスターを狩り続けてきたのだろう。
そう思える高いステータスだ。
明らかに、ラスボスより強いんじゃないか?
俺が『鑑定球』を使用したことに気づいていないグウォーは大声で吼える。
ヤツのスキルのひとつ【咆哮】だ。
俺は高い耐性を持っているので、ただうるさく感じるだけだが、フェンリルたちにとってはそうでなかった。
【咆哮】におびえ、その場で固まってしまっている。
動きを止めてしまったフェンリルたちを前に、グウォーは棍棒を持ってクルクルと回転を始めた。
奴の得意スキル、【振り回し】だろう。
フェンリルたちは成すすべもなく、その暴威に巻き込まれ、全滅した。
「おー、強えなあ」
久々に出会う強敵だ。
俺はカーチャンみたいなバトルジャンキーではないので、興奮したりはしない。
それより、ドロップ品がなんなのかの方が気になる。
ミノタウロスで多少慣らしたとはいえ、全力運転するのは家を出て以来初めてだ。
でも、大丈夫だろう。ステータス的にも俺の方が上だ。
巨人の倒し方も知っている。
【咆哮】も抵抗できるし、【振り回し】も跳躍して回避すれば良い。
うん。負ける要素はないな。
俺はバフをかけまくり、完全本気状態になる。
グウォーは魔石あさりに夢中で俺に背中を向けている。
丁度いい。
俺は隠密状態を保持したまま、部屋に駆け込む。
これは殺し合いだ、正々堂々もなにもない。
どちらが相手の命を奪うかの勝負だ。
俺はグウォーに向かって駆ける。
ヤツはまだ、俺に気づいていない。
膝をついて魔石を貪っているヤツのかかとに全力の一撃を振り下ろす。
「ウギャアアアアアア」
突然の激痛にグウォーがどデカい叫び声をあげる。
アキレス腱の切断を狙った俺の一撃だった。
しかし、効果はそれ以上で、グウォーの足首をほぼ切断していた。
痛みにこちらを振り向くグウォー。
俺はその動きを予測していた。
両目に向かって――。
「【魔弾】――」
距離は3メートルほど。その大きな目が標的なら外しようがない。
なにが起こっているか、未だに理解していないグウォーは、飛んでくる魔弾に何の反応もできなかった。
俺が放った魔弾はグウォーの両目を貫く。
ヤツの視界を奪った。
「ギャアアアアア」
グウォーは痛みに両手で目を抑える。
その姿は隙だらけだ。
――よしっ、トドメだ。
俺は聖剣ルヴィンに魔力を込め、刀身を包み込む。
その長さは1メートルほど。
これだけあれば、グウォーの首も落とせるだろう。
グウォーの背後に回りこむ。
そこから俺は跳躍し、ヤツの首の高さへ。
そして、横薙ぎに一閃――。
着地した俺とほぼ同時に、グウォーの首もドシンと地に落ちた。
ヤツの首から噴水のように血が飛び出てるので、それを浴びないように距離を取った――。
――しばらくすると、噴水は止み、奴の死体も消え去った。
その後に残ったのは、巨大な魔石に一枚の金属プレートだった。
「これ、王石か?」
そう思うくらいの立派な魔石だった。
魔石にはランクがあり、1番上が神石、2番目が王石、3番目が極石……と続いていく。
グウォーの魔石はその中でも2番目に位置する王石くらいの価値がありそうな、猛烈に濃厚な魔力を秘めているものだった。
「まあ、詳しくはニーシャに見てもらうか」
そして、同じくらい気になるのが金属プレートだ。
ダンジョンの転移ゲート近くにあるプレートによく似た金属プレートだった。
間違いなく遺物だろう。
「これは何なんだ?」
表面を軽く手で触れてみる。
数字がいくつも表示される。
表示されているのが俺が登録している転移ゲートがある階層であることに気づく。
「これはもしかして――いや、慎重に行こう。帰ってニーシャの鑑定を受けてからだ」
もし、俺の予想が当たっているなら、なかなか便利な代物だ。
「よし、今日はこれで帰るか」
俺は55階層の転移ゲート目指してダッシュした――。




