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11 ニーシャ

 ボッタクリのポーション屋で出会った少女――ニーシャと向い合って食事中だ。

 そう。フードを目深に被った小柄な人物は俺とたいして年の変わらない女の子だったのだ。


 簡素な内装の小奇麗な店だった。

 店内は柔らかい魔石灯の明かりが溢れ、長年の歳月が染みこんだ調度品が大切に使われた味わいを醸し出している。


 料理に関しても文句なしだった。

 彼女がオススメするだけはあって、その味付けも庶民向けの素朴なものであったが、中々に美味しかった。素材の良さを引き出すシンプルな味付け――料理人のスキルの高さが伺えた。

 食事が一段落したので、俺は気になっていたことをニーシャに尋ねてみた。


「どうやって、声を変えてたんだ?」

「ああ、それはね、この魔道具よ。ほら、こうすると――」


 ニーシャが右手に嵌められた指輪を軽く擦る。


「声が低くなるんだ。そして、もう一度触ると――ほら、もと通り」

「なるほど。風魔法の応用か?」

「よくわかるわね」


 初めて見る品だけど、興味深い品だ。

 頭の中で術式を組み立てる。

 2種類の風魔法を組み込めば、この指輪の効果は得られそうだ。

 指輪サイズにコンパクト化するため省略術式も組み込む必要があるから、ひと工夫必要だけど、まあ、俺でも作れるだろう。

 魔道具とは知恵さえあれば、こんな面白いものも作れるんだ。

 創作意欲が刺激され、思考に没頭しているとニーシャが声をかけてきた。


「アルはなんであんな店に入ったのよ?」

「手持ちの金がないからな。採取した薬草でも売ろうと思ってな」


 実際、現在の俺は1ゴルも持っていない。

 【虚空庫インベントリ】の中には、家から持ってきたものがいっぱい入っているが、それらを売って金をつくる気はない。

 家を出るときに決めたことだ。

 持ってきたものは、あくまで自分で使うだけ。

 他人に売るのは、自分で作ったモノだけだ。

 本来なら、採取した素材も売りたくないくらいだ。

 背に腹は代えられないから、今回の薬草については諦めるけど、できるだけ俺が作った完成品以外は売りたくない。


「それにしたって、わざわざあの店を選ぶことないでしょ」

「その前に何軒か商会に行ってみたんだけど、ことごとく門前払いくらっちゃってな……」

「はあ……。いきなりやって来たアンタみたいな若造を商会が相手にするわけないでしょ。貴族や豪商のドラ息子ならともかく」

「そうみたいだな。なにせ、売り買いするのは初めての経験だから……勝手がわかんないんだよ」


 欲しいものはカーチャン経由で手に入ったし、カーチャンの場合は、「アレが欲しいから用意しといてねー」とか、「コレいらないから引き取ってねー」とか言うだけですんでしまう。現金のやり取りとか一切なし。

 俺がもらったお小遣いとかも、出入りの商会に預けて、俺が買い物したら、そっから引いておいてもらうだけだったし……。

 そんな環境で育ったから、ものの値段とか、普通の買い物の仕方とか、全然知らん。

 金貨より下の貨幣があるってことも、今回旅立つ直前まで知らなかったくらいだからな。


「初めてって……どんな田舎に住んでたのよ!?」

「ほとんど人がいない山奥だ。そこで、師匠みたいな人に鍛えられながら育ったんだ。だから、常識が欠けていることは自覚してる」


 遠い目をする俺を、ニーシャが呆れ顔で見つめる。


「まあ、アルの事情はわかったわ。でも、それにしたってポーション屋くらい表通りにもあるわよ。わざわざ裏通りにまで入ってくることないじゃない」

「ああ、いくつかそれっぽいのあったな。後でそっちも覗こうかと思ってた。なんか、あの店の胡散臭さに惹かれたからかな。初めての買い物で、実はけっこうワクワクしてたんだ」

「…………。あんたバカなの?」


 ニーシャがジト目で俺を見つめる。


「あんな店、まともな住人は入らないわよ。あそこで扱ってるのは、無認定ポーションやら出処のはっきりしない盗品や潰れた工房から借金のカタに流れたきたものばっか。それか非合法の禁制品よ。出入りするのもまっとうな店にはいけないようなヤツらだけよ」

「へー、そうなのか。たしかに、ロクなものは置いてなかったな」

「よくわかったわね」

「これでも、ちょっとはモノづくりをかじってるからな。あそこに置いてあったものからは、作り手の愛情が感じられなかった」

「そこまでわかってたんだ……。じゃあ、いらないお節介かもしれないけど、ああいう店に入るならその格好は止めた方が良いよ」

「変か?」

「いかにもオノボリさん丸出しの旅人ですって言ってるようなもんよ――」


 ニーシャが指摘するように、俺が身に着けているのは地味な布の服だ。

 あまり目立たないようにと思い、どこにでもいそうな旅人に見えるような格好をしていたのだけど、王都だと逆にナメられてしまうのか……。逆効果だったな。

 商会でもこの格好で見くびられて門前払いだったし、適当に別な服に着替えたほうが良さそうだな。

 ただ、この服ほど高性能で快適な服は持ってないんだよな。

 うーん、悩みどころだ。

 いっそ、自分で作るか?


「そんな格好していたら、見くびられてボッタクられるの当たり前じゃない。さっきみたいなモノの価値も知らないオッサン相手だったらね――」

「……ほう。なんか気になるような言い方だな」

「それ、とんでもなくイイものでしょ」

「……よくわかったな」


 正直、俺はとても驚いていた。

 一見、安い旅人服にしかみえないこの服だが、その糸一本ずつに強い魔力が込められている魔具なのだ。ニーシャの言うとおり『国宝級』のシロモノだ。

 製作者曰く「これを売るだけで一生遊んで暮らせる」そうだ。売る気はこれっぽっちもないけど。

 カーチャンとの訓練時に装備していた『神話級』とは比べるまでもないが、並大抵の攻撃や魔法だったら無効化するし、汚れ知らずの一品だ。

 さらには、高い認識阻害も込められている――そうとうな魔力感知能力がなければ、込められた魔力に気づけないはずなのだが……。


 さては、ニーシャが俺に近づいてきた狙いはこの服か…………。


 この服を着ていることから普通に考えれば、俺がそんな容易い相手ではことに気づける筈だ。

 だが、欲に目が眩んで、そんな簡単なことすら忘れてしまうということは往々にしてありうる。

 ニーシャがそんな愚かな者でなければ良いのだが……。


 ニーシャの戦闘力は皆無だ。向こうが力づくで奪おうとしても、俺は軽くあしらえる。

 それに、たとえ俺を騙そうとしても、そう簡単に騙されることもない。

 だから、俺としてはなんの心配もしていない。

 心配はしていないが、ニーシャがそのつもりだとしたら……あまり良い気はしないな。


「あー、そんな怖い顔しないでよ。それをどうこうしようなんて気はさらさらないからね」

「…………」

「か弱い乙女よ。荒事はゴメンだわ」


 ニーシャは慌てるように否定した。

 彼女の目を凝視する――嘘はついていない。

 だが、まだ疑問は残っている。

 彼女の魔力感知能力では見破れるはずはないのだ。


「どうしてわかった?」

「これよ、これ」


 彼女は自分の目を指差した。


「鑑定眼か――」


 俺の言葉に、彼女はうなずいて同意する。


 【鑑定眼】――魔眼のひとつだ。

 修練を積むことによって習得できる魔法と違って、魔眼は生得のものだ。

 持っている者は極めて少なく、それ以外の者がどのような努力をしても身につけることができない。

 そのなかでも、【鑑定眼】はものの質や生物の能力を知ることができる能力だ。


 彼女の鑑定は中々のようだ。

 それこそ、大商会や高級官僚など、職には困らないはず。

 そんな彼女が、どうしてあんな店にいたのか。

 本来の身分を隠しているのだろうか。


 まあ気にしなくてもいいか。

 疑問は残るが、彼女は悪意を抱いていない。

 隠したいことがあるのはお互い様だ。

 元勇者の息子だとか、絶対に知られたくない。


「疑ってすまなかったな」

「いいえ、当然のことよ。あやまらないで」

「それに、魔眼のことを教えてくれてありがとう」

「どういたしまして。あなたには信頼してもらいたいから、嘘は付かないわ」

「そうか。じゃあ、俺もニーシャには嘘をつかないようにする」

「ええ、よろしくね」

「そういえば、そっちこそ、なんであの店にいたんだ? まともなヤツなら行かないんだろ?」

「こっちも、まともとは言えない商売してるからね」


 ニーシャはいたずらっ子のような笑みを浮かべる。

 今までのやり取りからすると、人を騙したり、平気で罪を犯したりするようには見えないのだが……。


「セドリよ」

「セドリ?」


 聞き慣れない単語だ。


「転売。安く買って高く売る。その差額が私のものになるってわけ。私としては、まっとうな経済活動だと思っているけど、世間一般ではあまり良く思われていない行為ね」

「でも、あそこにはロクなものは置いてないだろ?」

「作り手側の立場からみたら、そうでしょうね。確かに、品質という意味ではロクなものは置いてないわ。でも、ものの値段はそれだけじゃ決まらないのよ」

「どういうこと?」


 良い品質のモノは、素材を手に入れるのも困難だし、作成するのにも高度なスキルが必要だ。

 だから、良い物ほど高い値がつく――とそう思っていたのだけど、ニーシャの口ぶりではどうやら違うみたいだ。


「エリス王女の髪飾り」


 ニーシャは一言そう呟いた。

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